「闇の魔法を研究している者とは結婚できない」と婚約破棄を言い渡されましたが、あなたが新しいパートナーに選んだ娘こそ闇の勢力に属していて、私は彼女からあなたを守るために研究していたんですが……。
石造りの空間内に並べられた長机には、隙間なく生徒たちが座っており……。
普段は天井部で彫像として固まっているガーゴイルたちが、給仕役としてせわしなく料理の乗った皿を運び、宙を舞っている……。
食事時の大食堂は、まさしく戦場そのものといった有様で、ここでは国の未来を担う魔法使いの卵たちが、たっぷりと滋養を取り、勉学への活力を養っているのだ。
「ミヤ……。
君との婚約、破棄させてもらう」
その声が響き渡ったのは、そんな憩いの時間におけることだった。
声の主は、金髪碧眼の少年――アルフォートである。
――金髪の貴公子。
女子生徒の間でそんなあだ名を付けられているこの国の王子は、一人の女子生徒に向けてびしりと指を突き出していた。
その目は険しく、さながら魔法決闘に挑むかのようである。
「はあ……。
一応ですが、理由をお尋ねしても?」
対して、指を突き出された方……。
婚約破棄を宣言された女子生徒は、極めて平坦な表情であった。
腰まで伸ばされた黒髪は、癖の無いストレートであり……。
ただでさえ細身で小柄な上に、大きな丸眼鏡を着用しているため、よりいっそう幼い印象を受ける。
一見すれば地味なこの女子生徒を、しかし、知らない生徒はいない。
――ミヤ・フォーマー。
アルフォートの婚約者であり、学年首席の地位にいる才女であった。
家柄も申し分なく、成績も優秀……。
婚約者としては一切の不足がないと思える女子だけに、アルフォートの言葉を聞いた周囲がざわめく。
いつの間にか、皆が食事の手を止め……。
給仕のガーゴイルたちですら、空中で静止して、食堂の入り口近くに立つ二人へ視線を注いでいた。
「理由か……。
理由は、これだ」
問いかけられた王子が、懐から一冊の本を取り出す。
どうやら、それは紙を紐で束ねた手製のノートであった。
王子が、それをぱらりとめくりながら続ける。
「目にするのもおぞましき内容のため、最初の数ページを斜め読みしただけだが……。
これは、闇の攻撃魔法を研究した覚え書きだ。
先生たちに鑑定してもらえば、すぐに分かるだろう」
言い終わると、ノートを閉じて再び鋭い目をミヤに向けた。
「問題は、ミヤ……。
これが、君の自室から見つかったということだ。
正直に告白してほしい。
君は、闇の魔法を研究していたね?」
――学年首席が、闇の攻撃魔法を独自に研究。
その事実に、固唾を飲んで見守っていた生徒たちが、一斉にざわめき始める。
しかし、当のミヤ本人ばかりは、落ち着いたものであり……。
「はい、それは私のノートです。
そして、殿下の推測通り、私は独自に闇の攻撃魔法を研究していました」
ばかりか、平然とそう言い放ったのだ。
生徒たちのざわめきが、ますます大きくなり……。
給仕のガーゴイルたちも、どうしたものか分からず、空中で慌てふためき始めた。
たった今、明らかになったのは、それほどの大事であるのだ。
「ミヤ……。
君は、犯した罪の大きさを理解してないのか?」
苦々しい……。
あるいは、痛恨そのものといった表情で、アルフォートが言い放つ。
「魔法大戦の反省から、魔法使いが習得するのは光の防衛魔法に限られている。
君は、その禁を破ったんだぞ?」
「光や闇と呼んでいるのは人間の都合で、闇だから恐ろしいというものでもありません。
包丁で人が殺せるのと同じく、魔法は単なる技術であり、道具です。
無闇に遠ざけていては、それこそ、いざそれを使う輩が現れた際、遅れを取ります」
理路整然と言い放つミヤであったが、それは逆に王子の不興を買った。
「君は、伝統あるわが校の規則を破ったんだ。
その言い訳が、それか」
「規則とおっしゃいましたが、そもそも、それはどのようにして手に入れたのですか?
部屋に鍵などはかけていませんが、女子寮は男子禁制です」
ノートを指差しながら告げられたミヤの言葉に、アルフォートは少しばかりバツが悪そうな顔をする。
そして、食堂の入り口を見ながらこう言ったのだ。
「……彼女に、取ってきてもらった。
付け加えるならば、夜中に森へ素材を集めに行ったりなど、君の不審な行動を見かけて闇魔法を研究していると見抜いたのも彼女だ」
王子が告げると、同時に入り口から一人の女子生徒が姿を現す。
亜麻色の髪は、ふわりと空気を含んでおり……。
きらめかんばかりの美しさはないが、誰にも知られず咲く花のような、おだやかな優しさを感じる少女である。
「ああ、マリアさんが取ってきたんですね」
ミヤが、少女――マリアに向けて軽く会釈した。
「……君には及ばないが、彼女は平民出身ながら、成績も非常に優秀だ。
それもこれも、眠る時間すら削って勉学と修行に打ち込んでいるからこそ。
だから、君の密かな研究にも気づけたんだろう」
アルフォートの言葉は、どこか熱っぽい。
それで、彼がマリアという女子生徒に対し、どのような感情を抱いているのか推し量れた。
そんなマリアは、しばらくおどおどしながら考え込んでいたが……。
「ミヤさん。
あなたはわたしの……いいえ、全生徒の憧れです。
ですが……いえ、だからこそ、どうかご自分の罪を認めて下さい」
やがて、意を決してアルフォートの隣へ立つと、ミヤに向かってそう言い放った。
「罪……罪ですか……」
アゴに手を当てながら、ミヤが考え込んでいたその時である。
「――どうも、さっきから見ていれば、一方的な言い分ですね」
一人の男子生徒が、他の生徒をかき分けながら姿を現す。
その姿は、アルフォートと瓜二つ。
あえて髪型を変えていなければ、見分けがつかぬほどである。
この男子生徒を知らぬ者もまた、存在しない。
「イルナート……。
下がれ。今はお前の出る幕ではない」
双子の弟に向けて、アルフォートがそう宣言した。
「そういうわけには参りません。
何しろ、僕もまた、ミヤと志を同じくする同士なんですから」
「何だと!?」
同じ顔の弟王子から放たれた言葉に、双子の兄が狼狽する。
「イルナート……。
嘘だと言ってくれ。
生まれる前から一緒だった双子の弟もまた、闇の攻撃魔法を研究していたというのか?
俺の婚約者……いや、婚約者だった娘と一緒に……」
「いかにも、その通りです」
兄の言葉に、イルナートは何でもないことのようの答えた。
それでまた、周囲の生徒たちがざわめく。
何しろ、王族自らが禁忌へ手を染めていたというのである。
あまりにも……前代未聞の出来事であった。
「付け加えるならば、もう一人、闇の魔法を使う生徒には心当たりがありますよ」
「何っ!?」
衝撃の言葉を受けたアルフォートが、周囲を見回す。
だが、そんなことをする必要はなかった。
イルナートが指差したのは、彼の隣に立つ少女だったからだ。
「わたし……ですか?」
マリアが、きょとんとした顔で首をかしげる。
それを見て、イルナートが肩をすくめた。
「いや、驚きの演技力だね。
さすが、我が兄を籠絡しただけのことはあるよ」
「イルナート!
どういうことだ! 説明しろ!
いや、その前に、彼女への無礼と言いがかりを詫びろ!」
マリアをかばうように、兄王子が一歩前へ出た。
そんな兄を見て、イルナートがあきれるような仕草をしてみせる。
「大体、おかしいって思いませんでした?
知識もないのに、どうしてミヤの行動が闇の魔法を研究するためのものだと分かったのか」
「そ、それは……何だか、怪しく思えたからです。
じ、実際に、ミヤさんが研究していたという証拠も出てきましたし」
「そ、そうだ!
対して、マリアがそんなことをしているという証拠は何もないじゃないか!」
アルフォートがマリアへ追随すると、イルナートがミヤに目配せをした。
それで、やや蚊帳の外に置かれていた黒髪の少女が、前に出たのである。
「ウッディ、エイガー、オリアナ、カチュア……。
これらの名前に、覚えはありませんか?」
ミヤが口にした四つの名前……。
それがマリアに与えた変化は、絶大なものであった。
「な……あ……」
少女は、驚愕に目を見開きながら、一歩、二歩と後ずさったのである。
「全員、すでに私やイルナート様の仲間が捕縛しているはずです。
きっと、素直にあなたとの関係を語ってくれることでしょう」
「ちいいっ!」
それを聞いたマリアが、右手を突き出す。
開かれた手から放たれたのは、漆黒の稲妻……。
そして、それが向かったのは――アルフォートだ!
――バヂイイイイイ!
不協和音が、食堂内に響き渡る。
果たして、マリアの放った魔法が王子を穿つことはなかった。
彼の周囲に展開された漆黒の障壁が、これを見事に防いだのである。
「無駄です」
淡々と、ミヤが告げた。
少女の右手は術行使のために印を結んでおり、稲妻を防いだ障壁は彼女が生み出したのだとうかがえる。
「ば、馬鹿な!
既存の防衛魔法で、この魔法が防げるはずが……!」
魔法を防がれたマリアが、くやしげにそううめく。
「闇の帝王と呼ばれた恐るべき魔法使い……。
その残党が、密かに暗躍しようとしていることを父上は掴んでいた。
だから、僕やミヤのような選ばれた魔法使いが密かに闇の攻撃魔法を研究し、対抗策を用意してたんだよね。
まあ、やったのはほとんどミヤだけど」
イルナートが解説すると、ミヤが一歩前に踏み出す。
「もう、あなたに打つ手はありません。
お仲間と同じく、大人しく捕まってください」
またもや、淡々と告げられた言葉……。
しかし、それがお願いではなく命令であるのは、誰の目にも明らかだ。
「ちっ……くしょう!」
こうして、マリアは捕縛され……。
王子を籠絡し、国の中枢に食い込もうという恐るべき企みは、未然に防がれたのである。
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「ミヤ……。
君には、どう詫びたらいいのか」
教師たちにより、何重にも魔法をかけられ連れ去られたマリアを見送った後、アルフォートはそう言ってミヤに頭を下げた。
「どうか、先の言葉を撤回――」
「――ああ、兄上。
それは駄目なのです」
言葉を遮ったのは、イルナートである。
「何……?」
「そもそも、王子の婚約を破棄するなどという重大事、どうして父上が簡単に許可したのだと思います?
兄上は、試されていたのです。
どうも、融通が利かないというか機転の利かない兄上が、自力で真相を解く……のは難しいとしても、せめて、怪しめるかを」
「い、いや……それは……」
狼狽するアルフォートに、他ならぬミヤ自身も口を開く。
「それに、闇の残党は、マリアたち一派だけではありません。
私はイルナート殿下と共に、学外でその対処へ当たるよう命じられています」
「まあ、有能な人材を嫁として飼い殺しにできるほど、現状に余裕はないんだよね。
兄上が、ここで才覚を見せていれば、あるいはミヤの負担を請け負ってもらおうと父上は考えていたんだけど……」
「そ、そんな……」
立ち尽くす兄王子に、ミヤがペコリと頭を下げる。
「それでは、殿下……ご機嫌よう」
そう言って、彼女は歩き出し……。
その隣を歩くイルナート共々、振り返ることはしないのだった。
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※連載版も開始しました。
↓の部分にリンクを張ってありますので、そちらから飛んでいただければと思います。
あらすじや第一話の前書きでも書きましたが、連載にあたり、話の構成やキャラの立ち位置などを変化させています。
が、ストーリーの構造に違いはありません。純粋なボリュームアップ版だとお思い下さい。