失踪 1
「え、引き取られた……?」
あまりにも驚くわたしに、司祭様は「彼から、聞いていなかったのですか」とおろおろしながら尋ねた。
シアンはわたしと最後に会った次の日に、バーク子爵家に引き取られたのだという。
「シアン君はヴィオレット様に直接伝えるつもりだから、と私に固く言わないように、と言ったのですよ。私も彼の意思を尊重しようと思った次第なのですが……」
司祭様はとても申し訳なさそうにそう告げる。もちろん司祭様に非などあるはずもなく、わたしは「すみません、責めているわけではないのです」と謝った。
シアンが子爵家に引き取られることはずいぶん前に決まっていたことのようだった。だとすると、彼が意図的にわたしにだけそれを伝えなかったことになる。わたしが信頼に値しないと思ったのか、はたまた全く違う理由なのかは分からなかった。けれど、急にいなくなってしまったのは、とても苦しい。
「あの、バーク子爵はどのような方でしたか……?」
元々のアイリスの記憶を探ってみても、バーク子爵という名に聞き覚えはなかった。公爵令嬢であるアイリスが子爵家の名前をいちいち覚えていないのは仕方がないことかもしれないけれど。
「とても柔らかい雰囲気の男性でしたよ、ええ。子供たちにも1人1人話しかけてくださっていて、とても優しい方だと思いました」
「なぜ子供を引き取ろうと思ったのか、理由は言っていましたか?」
「はい。残念なことではありますが、先日お子様が亡くなってしまわれたようで……それで、バーク子爵夫人とご相談なさって養子を迎え入れることにしたのだとおっしゃっていました」
「そうなのですね……」
それ以上のことはあまり聞く気にはなれなかった。バーク子爵はとても良い人なのだと思う。きっと司祭様に彼のことを聞いたところで、このもやもやは消えてはくれない。
里親が見つかることは幸せなことで、心の底から喜ぶべきことなのだと思う。そう、わかってはいるのに。
素直に喜べないなんて、本当、最低だ。
***
「バーク子爵ですか。最近陞爵された方ですね」
翌日、ウィリアム王子に尋ねてみるとそう返答された。ただし、司祭様とは違って少し苦い反応だった。
「何か、問題があるのですか? とても良い方だとお聞きしたのですが」
「……バーク家は代々下位貴族の中では魔法に優れた一族です。上位貴族が多く占める魔法省の高官を下位貴族の中で唯一務めているくらいですからね。だから、おそらくシアン君はその魔力を見込まれて引き取られたのだと思います」
「えっと、それは良いことだと思うのですが……」
それだけ聞けば、バーク子爵は素晴らしい魔法使いで、シアンはその能力を見込まれて、良い環境で魔法を学ぶことができる、というすごく耳障りの良い話に思える。
ウィリアム王子は言葉を選ぶように慎重に告げる。
「彼のお子さんが亡くなるのは、これで5回目です。いや、もしくは司祭様に言った話は嘘でしょう」
「え? どういうことですか」
彼の話をよく理解できず、わたしは詰め寄るように説明を促した。ウィリアム王子は少しだけ声を潜める。
「彼がバーク子爵になってから、子爵夫人との間には6人の子供が生まれているそうです。僕自身、全員とお会いしたことはないのですが、彼と親戚関係にある使用人が話しているのを何度か聞いたことがありますから、子供が何人か生まれているのは事実なのだと思います」
「待ってください、それの何が嘘という話に繋がるのか、さっぱり――」
「短期間に5人も亡くなっているなんて、どう考えても不自然だと思いませんか。しかも、その子供たちの葬儀に立ち会ったひとは僕の知る限りではいません」
話しぶりから、ウィリアム王子がかなりバーク子爵に懐疑心を抱いていることが窺えた。
つまり、バーク子爵は子供の人数や死亡を偽っている、ということなのだろうか。偽っていないにせよ、5人も子供が亡くなっているのは少しおかしい。けれど、何のためにそんなことをする必要があるのか、真意が読めない。
「いずれにせよ、シアン君がバーク子爵家で無事に過ごしているのかは早急に確認を取った方が良いと思います」
ウィリアム王子があまりにも深刻そうな顔で言うので、わたしはすぐさまバーク子爵家に連絡を取ることにしたのだった。
***
1週間もたたないうちに、バーク子爵家から手紙が返ってきた。
子爵家に伺いたいという話は、夫人の身体の具合が良くないという理由でやんわりと断られていた。ウィリアム王子の深刻な表情が頭を掠めていき、嫌な汗が流れる。
いっそのこと乗り込んででも確認しようか――そう思っていた矢先に、もう1通手紙が同封されていることに気が付いた。
「シアンからだ……」
1枚しかなかったけれど、それは確かにシアンの筆跡で書かれたものだった。幼い頃、字の練習をしたときに彼の字を何度も見ていた。彼の字は独特なはねる癖があるのだ、見間違えるはずはない。
内容は非常に淡白なものだった。彼らしいといえば、彼らしい。けれど、すっかり不安に駆られているわたしは、その内容にすら警鐘をならしてしまう。
わたしをからかうような文章が1つでもあれば信用できたのかもしれない。その手紙はどうしても彼の書いたものに思えなかった。
「シアン、無事でいてね……」
わたしは手紙を握りしめると寮の自室から飛び出していた。




