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婚約者とご対面

 

 10歳になったころ、わたしのもとには王家から婚約の打診が来ていた。

 ウィリアム・フィル・アスカルト王子。乙女ゲームの主要キャラであり、悪役令嬢アイリス・ヴィオレットの婚約者だ。


 やっぱりここは乙女ゲームの世界で、わたしは悪役令嬢の運命からは逃れられないのだと実感する。

 けれど、この大嫌いな父親がいる家を出ていくためには、王子からの婚約破棄と学園追放という名分が必要だと考えた。要は、開き直ったのである。


 開き直った、のだけれど――


 わたしは長く重たい溜息をついていた。

 顔合わせのために王城へやってきたものの、向かいはまだ空席だ。政務やら勉強やらが長引いているらしいけれど、どう考えても嫌われているだけな気がする。

 何が悲しくて、これから確実に自分を嫌いになる相手と会わなければいけないのだろう。待ちぼうけをくらうくらいなら、いつもみたいに子供たちに会いに行けばよかった。


 そんな風に徐々に不快感を募らせているところへ、扉が開いた。



「お待たせしてしまったことお詫びします」



 ウィリアム王子は眉を下げてこちらを見る。美少年の顔を歪ませているわたしの方が悪いことをしたみたいですぐに「お気になさらないでください」と返答した。


 乙女ゲームの主要キャラというだけあって、非常に目を惹く容姿だ。わたしよりも明るい金髪、ワインレッドの瞳。10歳だというのに、ゲームで見た姿とほぼ瓜二つだった。


 まじまじと王子を観察しながら、堅苦しい挨拶を終えた。

 ウィリアム王子は遅れてきたことを気にしているのか、こちらの顔色を窺いながら紅茶やお菓子を勧めてくる。



「そういえば、アイリスさんは慈善活動をよく行っているとお聞きしました」



 話題が続かず沈黙していると、ふいにウィリアム王子がそう言った。やはり公爵令嬢のすることは話題になってしまうのだろう。



「そうですね。子供たちが大好きなので」

「普段、どのようなことをされているのですか?」

「勉強を教えたり、一緒に遊んだり……」

「一緒に遊ぶとは、どうやって?」



 やけに詳しく聞いてくるな、とティーカップ越しにウィリアム王子を窺う。てっきり社交辞令か何かだと思っていたわたしは、ウィリアム王子のやけに熱心な表情に呆気に取られてしまった。



「ごっこ遊びとか、鬼ごっことか、ですね」

「へえ! 楽しそうですね……!」



 その後もどんなごっこ遊びをするのか、とか根掘り葉掘り聞かれすぎて困惑していると。



「よろしければ、ぜひ今度ご一緒させてもらえませんか?」



 と、なぜか一緒にエルレア修道院に行く約束を取り付けられてしまったのだった。




 ***




 翌々日、わたしとウィリアム王子はエルレア修道院に向かった。

 司祭様は公爵令嬢に引き続き王子まで、と当惑気味だったけれど、お忍びでの訪問のためにウィリアム王子の素性は子供たちには内緒だ。今日はわたしのお手伝いに来たお友達ということになっている。


 ウィリアム王子は予想以上に子供たちに馴染んだ。泥んこになって遊び、ごっこ遊びではお父さん役をやったり恥ずかしそうに弟役をやったりしている。


 なんだか、意外にも無邪気だ。


 そんなふうにぼうっとウィリアム王子を見つめていると、ウィリアム王子がこちらにやってきた。原っぱにすとんと腰を下ろす。



「今日はありがとうございます、アイリスさん」

「いえいえ、こちらこそ。大人気でしたね」

「ふふ、そうだといいのですが」



 ウィリアム王子は照れくさそうに笑う。まるでヒロインに向けるような笑顔をわたしに向けてくる。



「ずっと、知りたいと思っていたんです。町の様子やそこで暮らす人々の様子。戦争に巻き込まれた子供たちがどのように過ごしているのか……」



 ウィリアム王子は少しだけ悲しそうな表情を浮かべていた。きっと彼は彼なりに国を想っているのだと思う。ゲーム内の彼も優しいひとだった。



「尊敬します。わたしは、そんなに色々考えていませんでしたから……」

「アイリスさんがいなければ僕はずっと行動できていなかったと思うんです。だから、僕の方こそ、尊敬しますよ」



 あまりにも真っ直ぐ見つめられるものだから、わたしは少し気恥ずかしくなって変なふうに笑ってしまった。

 その直後、子供たちのウィリアム王子を呼ぶ声が聞こえてきた。ウィリアム王子は立ち上がって、その声の方を向く。



「これから、よろしくお願いします。アイリスさん」



 振り返った彼の頬はうっすら赤くなっていて。

 生返事をして、すぐさまわたしはうつむいた。


 もし、わたしがこのまま悪役になんてならなければ。

 彼とこうやって一緒に国を支えていくことができる道もあるのだとしたら。


 ちらりとウィリアム王子を見つめる。



「ねえねえ、アイリスお姉ちゃん! ウィリアムお兄ちゃんはアイリスお姉ちゃんの恋人なの!?」

「ふえっ!?」



 意識外から唐突に尋ねられて、声がひっくり返ってしまった。

 子供たちはこういう話にやたら敏感だ。わたしの反応を見てすぐに「そうなんだあ!」と揶揄う声が上がった。



「いや、ちがう、ちがわないけどっ……ね、シアン、みんなに何とか言ってくれないかな!?」



 恋人コールに焦ったわたしはみんなを鎮めてくれそうなシアンに助けを求めた。木の幹の方向へと振り返る。



「シアン……?」



 なぜか、彼の目は酷く冷たくウィリアム王子を射抜いていたように見えた。もう一度呼びかけると「うるせ」と一蹴されてしまう。

 さらには立ち上がってその場から離れていってしまった。


 周りの子供は「相変わらずつれないやつだなあ」なんて言っていたけれど。


 この時のシアンに酷くゾッとしてしまったのはどうしてだろう。


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