悪役令嬢は怒る
わたしは大きく溜息をついていた。呆れとうんざりとが入り混じった溜息だ。
予想通り、馬車はかつて暮らしていた王国へと向かっていた。馬車は裏門から王宮内へと入っていく。
王宮内の客室に通された。紅茶が目の前にあるが、ここで出てくるものには一切口をつけないと固く誓っている。
デュークやサリー、子供たちには悪いことをしてしまった。ただ、余計に事態を大きくしないためにも、これが一番の解決策だったとは思う。おそらく、デュークは事態を大方把握したうえでどうすべきか考えていたのだろう。彼は帝国の第4皇子であり、むやみに行動するのは得策ではない。きっと上手く対処できたはずだろうに、わたしが事を面倒にしてしまった。
それもこれも、抑えていた怒りが沸点を越えてしまったからだ。ここまでされているのだから、もう我慢なんてしなくていい。
大義名分を得たようなもので、わたしは少しにやついていた。
「まあ、シアンが黙ってないだろうなあ……」
これに関しては今からその後を想像して身震いするばかりだ。おそらく、サリーが大慌てでシアンに伝えに行くだろうし、デュークが冷静に説明をする様子が目に浮かぶ。とにかく、こっぴどく怒られることだけは確実だった。
気が重いが、仕方ない。心の中でシアンに土下座をかましていると、ドアが勢いよく開いた。
「お久しぶりです、アイリス様」
「……お久しぶりね、ウェンディさん」
名前を呼ばれると気持ちが悪くて吐きそうだ。けれど、ここは鉄壁スマイルを装備してやり過ごした。
ウェンディの目元には大きな隈ができていた。ヒロインだというのに、不摂生をしたのかニキビが点在している。魔性の花が無くなって焦っているのか、格好も見た目も気を遣えていないのが見てわかる。
わたしは気持ち、はしたないという侮蔑の色を浮かべてみせる。
「今日は一体どうしたのですか? わたしたち、王宮内でお話をするほど仲良くないと思うのですけれど」
「分かってるくせに! 私、今、大変なんですよ!」
「さあ、知らないです。そんなこと」
忙しさならわたしの方が数倍上だろう。しかも、わたしは仕事中に無理矢理連れられてきているのだ。ふいっと白々しく顔を背ける。
「私、今日は交渉がしたくてここにアイリス様を呼びました」
「あんな手荒な方法で?」
「だって、私が呼んだところで素直になんて来てくださらないから!」
「それはそうでしょう、わたし、あなたのこと嫌いだもの。婚約者を取られて、罪を丁稚上げられて。おまけにわたしの大事な子供たちに手を出そうとするなんて、許せないわ」
睨みつけるとウェンディは小さく悲鳴を上げた。やはり、わたしのことは怖いらしい。溺死寸前までされていれば怖いのも当然かもしれないけれど。
「大人しくして、わたしにもう関わらないでくれればこっちも何もしなかったのに。交渉? どの立場で頼んでるの?」
「だから、もう関わらないから交渉しようって言ってるんです!」
まあ、ごめんなさいね、と笑ってみせた。完全にわたしの手のひらで転がされている感じが、なんとも無様というか。一応、立場は王太子妃であるウェンディの方が上なのだから、もっと職権乱用すればいいのに、頭が回っていないらしい。
ひとしきり笑った後、「交渉って?」と尋ねてみた。ウェンディはようやく話ができると安堵したのか、すごい剣幕で口火を切った。
「私、あなたのこと殺そうとしてたんですよ」
「してたってことは、今は違うの?」
平静を装って聞き返す。まさか、殺されそうになっていたとは思いもよらなかった。
「でも、暗殺者のレイノードがなぜかいなくて、魔塔主は知らない人になってて」
「王太子妃が暗殺者と関わりがあるだなんて!」
「え!? ち、違うんです。でも、あなただって……」
転生者でしょ、そう言いたかったのだろうか。肝心なところで自信を無くしてしまったのか、根拠がなかったのか、ウェンディは口をつぐんだ。
「それで?」
「あ、えっと、私、昔からずっとウィリアム様のことが大好きで。でも、私のことを好きになってくれないから……」
「ああ、魔性の花ね。それを使って無理矢理好きにさせていたのに、無いから困ってる」
うだうだと長引きそうだったので、簡潔に説明してやればウェンディは頷いた。
「あなたが魔性の花を無くしたんでしょう!? 私、それでどんなに困ったか!」
「知らないわよ。あなたに魅力がないからいけないんでしょ?」
ふん、と呆れかえって言い捨てると、ウェンディは逆上しながら「そんなこと分かってる!」と叫んだ。あまりにも大きな声だったので思わず驚いてしまった。
「ウィリアム様はアイリス様のことが好きなんです。だから、ずっと私を見てくれない。あなたがいなくなればこっちを見てくれると思ったのに、そうならない。もうどうしたらいいか分からないの!」
えぐえぐと泣き始めたウェンディを見て、声が出なかった。声をかける気にはならないが、彼女はおそらく、転生してくる前からずっとウィリアムだけを想ってきたのだろう。好きな人が自分を好きになってくれない辛さは理解できる。
「魔性の花を使えばこっちを見てくれるの! あと結婚式までの辛抱だと思ってた。正式に式を挙げてしまえば無下にはされないから。なのに、魔性の花を無くすなんて、どれだけ私を傷つければ気が済むの!?」
「魔性の花は毒素が含まれてた。研究とその結果を知って各国家がそれを認めたの。遅かれ早かれこうなっていたでしょうね。あなただって、使っていることが露見すれば……」
ウェンディは押し黙った。表情は苦しそうで、思いつめたような切迫感があった。根が全くの悪か、と聞かれるとおそらく違うのだと思う。彼女は純粋にウィリアムを愛して、暴走している。けれど、彼女にとってウィリアムもわたしも、そのほか全ての人々が「乙女ゲームのキャラクター」であり、「舞台装置」の域を超えていない。
そう、諭してあげるべきか迷ったが、わたしは何も言わなかった。
「貴重な残りはあなたを連れてくる衛兵に使ってしまって、香水しか残っていないの。だから私、考えたの」
「ここからが交渉の内容ね」
「……あなた、今どんな状況か分かってるの? 王宮内にいるあなたは私を害して魔法学園を追放されてるっていう悪人の立場なの。みんな私の味方だし、人質なの。あなたを殺すことだってできるんですよ」
色々論破するべきか迷ったけれど、変に逆上されては面倒なので大人しく頷くだけにした。
むしろ禁止された毒物を人に盛っていて、今、その証拠の香水を魔塔主の秘書であるわたしの目の前でちらつかせたウェンディの方がよっぽどピンチだろう。それに、わたしを殺せば、シアンが何をするか分からない。
「魔塔に魔性の花の研究用の苗があることは聞きました」
「……誰から?」
「以前会った方からです。これ以上は教えません。それで、その魔性の花の苗をいくつか私にください。それから、あなたからデューク様に能力を発動するようお願いしてください。そうしたらあなたや子供たちには危害は加えません」
「はあ……あなたと金輪際関わりたくない場合はどうしたらいいの?」
そう言うと、ウェンディは分かりやすく不快感を顔に出した。
「本当に、嫌な人。悪役令嬢って感じですね。なんであなたなんかのことをウィリアム様が好きなのか分からないです」
「そういう人が好きなのかもしれないわ。もしそうなら、良かったじゃない。あなたの方が好かれるかもしれないわ!」
パチパチと手を叩くと「好かれる」というワードだけ拾い上げたウェンディは一瞬ぽっと顔を赤くした。ものすごい皮肉だったのに、伝わらないことに愕然とする。もう、取り合うのも面倒になってきた。
「じゃあ、そういうことで――」
ウェンディが勝手に話を取りまとめようとすると、ドアが蹴破られた。
瞠目するウェンディと違って、わたしは思ったよりも早かったな、と思いながらそちらに目を向けた。
しかしながら、そこにはわたしが予想していた人物以外にももう一人、久方ぶりに見る金髪の王子の姿もあった。




