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慈善活動、はじめました

 

 修道院、孤児院で子供たちとたくさん関わるようになった。それは殺伐としたお屋敷にいるよりも、堅苦しいパーティに参加することよりもはるかに楽しかった。寄付をしたことで子供たちのお洋服や遊ぶ遊具、勉強道具などが増えているのは本当に嬉しくて、子供たちと遊ぶことに一日費やすのはざらになっていく。


 けれど、1人だけ気にかかる子供がいた。


 彼はエルレア修道院にいる子供だった。きっとわたしより3つほど年下だと思うけれど、それにしてはひどく痩せていて、いつもひとを射殺すような目で見ている男の子だった。



「今日も1人で読書をしているの?」



 彼は1人子供たちから離れた場所で木に寄りかかって本を開いていた。かなり分厚い本で物語などではなさそうだった。もちろん彼の視線がこちらへ向くことはなく、彼はわたしなど眼中にない様子でページをめくっていく。 


 司祭様に話を聞いたところ、彼は名前すら分からないのだという。名付けられることも、他人と関わるのも嫌な様子で司祭様ですら口をきいたのは数回ほどらしい。しかもかなりの偏食で肉や魚などは一切食べないと困っていた。そんな彼がとても心配だった。



「読書をしているとき小腹が空いたりするでしょ。だからね、今日はサンドウィッチを作ってきてみたの」



 わたしは無遠慮に彼の隣に腰かける。彼は一瞬うざったそうに身を離したけれどお気に入りの場所を譲るのは癪だったらしく、わたしから少し身体を離しただけだった。



「食べないと元気も出ないし大きくなれないよ。すごくおいしくできたの。だから――」

「いらない」

「でも、苦手なものは使ってないよ」

「いらないっつってんだろ」



 手に持っていたサンドウィッチは彼に振り払われたはずみで落としてしまった。地面には食パンからはみ出た炒り卵が飛び散る。彼の青い目がそれをとらえたように見えたけれど、すぐに視線は本へと戻ってしまった。わたしはそれを拾い上げると籠を持って立ち上がった。



「邪魔してしまってごめんね。わたしはもう行くよ」




 そんなやり取りを何度もしたけれど、だからといってわたしが折れることはなく。

 毎日、というわけにはいかなかったけれど週に何度かは顔を出した。相変わらず彼だけは冷たい対応をとるけれど、徐々にわたしを見てうげ、と顔を歪ませるという変化が出てきた。


 それはつまり、わたしの顔を覚えてくれたということだ。それだけでもだいぶ嬉しくてわたしはさらに彼に関わっていくようになった。たぶん、彼からしたらウザ絡み以外の何物でもないだろうけれど。


 ある日、いつものように彼のお気に入りの木がある場所へと向かうと、彼はすうすうと寝息を立てて眠っていた。可愛いな、なんて思いながら覗き込むと彼の読んでいた本が手から滑り落ちた。ぱたんと閉じた表紙には『魔法について』と題名が刻まれていた。


 この世界には一定数魔法が使える人間がいる。乙女ゲームあるあるなのかは知らないけれど、使えるのは貴族ばかりだ。ヒロインは魔法が使える平民として学園に入学するのだけど。まさか、彼も魔法が使えるのだろうか。



「見るな」



 気が付けば彼が目を開けていて、例のごとくわたしを睨みつけていた。



「あなた、魔法が使えるの?」

「だったらなんだよ。蔑む? 見下す? 勝手にしろ。俺はお前みたいなお貴族様が嫌いなんだよ。お前みたいな偽善者は特にな」

「たしかに、わたしは偽善者かもしれないね」



 お金が有り余っているから寄付をする。暇を持て余しているから子供たちと過ごしている。

 よくよく考えれば、とんだ自惚れ女だ。

 彼がどんなふうに生きてきたかは分からなかったけれど、きっと彼の眼にはわたしはお高くとまった貴族にしか見えないことだろう。



「じゃあ、そうだね、こうしようか――わたしがこの修道院に寄付した額に見合う態度をとりなさい。わたしとしっかり話すこと。子供たちと一緒に遊ぶこと。きちんとご飯は食べること。いいわね?」

「いきなりなんだよ」

「わたしは貴族。あなたの嫌いなお高くとまった、ね」



 暗に、逆らうなという意味を込めてわたしは笑った。

 そのまま、ずいっとサンドウィッチを突き出した。いつかのような炒り卵入りのサンドウィッチだ。彼はわたしの行動の意味を悟ったらしく、しばらくは顔を背けていたけれど小さく口を開けてサンドウィッチを一かじりした。ゆっくり咀嚼しては飲み込むのを見守る。


 彼が食べきってキッとこちらを睨んだところで、わたしはまたにっこりと笑った。



「じゃあ、次はあっちにいる子供たちと遊んできて」



 彼は露骨に嫌がったけれど、有無を言わせない表情でもう一度笑って見せるとしぶしぶ立ち上がった。鬼ごっこをしている子供たちのもとへと近づいて行って、仲間に入れてもらっている様子をじっと見つめた。


 日が沈みはじめ、わたしがそろそろ帰宅すると司祭様と挨拶をし終えたところへ、彼はふくれっ面をしてわたしのもとへと駆け寄ってきた。服がかなり泥だらけになっていて汗もかいている。ずいぶんと楽しく遊んできたらしい。



「……満足かよ」



 やっぱり、可愛らしいなあとほっこりした気持ちは隠しつつ、わたしはまた笑顔を浮かべた。

 それから木でできた杖を取り出してこっそりと呪文を唱える。



「このくらいはできるようにならないと、ね?」



 杖の先端には氷でできた花が咲いていた。さすが悪役令嬢。これくらいは容易い。

 彼は顔を沸騰するかの如く真っ赤にしていた。どうやら、プライドはうまく刺激できたらしい。


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