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悪役令嬢らしいけど

 

「あー、これはよく見るやつかなあ」



 いわゆる、転生ってやつ。

 けれどよりにもよって、わたしは乙女ゲームの悪役令嬢になってしまったらしい。

 前世も平々凡々だったうえに事故死で早死にだというのに、今世でも寿命を全うできないかもしれない。


 姿見に映るわたし、アイリス・ヴィオレットはとても綺麗な少女だった。金髪のセットいらずのウェーブがかった髪に菫色の瞳。色白で細い身体。これから抜群のスタイルに成長していくことは間違いない。



「よりにもよって、なんで一番興味ないゲームなの……」



 長すぎるため息とともにベッドに倒れ込んだ。ゲーム名も思い出せないほど興味のないゲームなのだ。推しキャラはいないし、ストーリーも微妙で、クリアはしたもののそれ以降は全く手をつけずにいた。


 アイリスは当然のごとくヒロインをいじめる王道の悪役令嬢として登場する。公爵令嬢で王子の婚約者。権力を振りかざして散財し、ヒロインをいじめて結局は魔法学園から追放されてしまう。


 シナリオで死ぬ心配はなさそうだからいいか。追放だけなら、上手く生きていけるかもしれないし。


 そう楽観的に捉えることにした。

 もしも大好きなゲームだったら、ストーリー通りに行動したかもしれないけれど、興味ないから関わることすら面倒だ。


 今は8歳なので乙女ゲームが始まるまであと10年くらいある。

 わたしの不安はあっという間にそこへ傾いていた。

 圧倒的暇。

 乙女ゲームでのアイリスはショッピングが大好き、美容オタクという感じだったけれど。



「お嬢様、旦那様が今月のお小遣いはいくらほしいかと尋ねておいでです」



 現れたわたし付きのメイド、サリーがそう告げる。表情のない彼女と小遣いの有無を聞く父親を不意に思い出しげんなりした。


 公爵家はずっと殺伐とした雰囲気だった。当主である父親とは滅多に会うことがない。小遣いで娘の機嫌をとろうとする、いや、とった気になっている愛情の欠如した男なのだ。


 そんな家で育ったアイリスも当然周りの人間を同じように扱った。関わるのは必要最低限だけで干渉はしない。長年わたしに付いてくれているサリーのことも、わたしは全く知らない。



「……先月と同じでいいわ」



 先月の額がすごい桁数ということは分かってはいるけれど、貰えるものは貰っておこうと思う。



「それからサリー。一緒にお茶にしましょう」



 勇気を出して誘うとサリーの能面のような顔が一瞬緩んだ。断ろうとしたので催促した。




 少しして、サリーは大量の金貨が入った麻袋を抱えて戻ってきた。そのままお茶の用意をして、おずおずとわたしを見ながら向かいの椅子に腰掛ける。



「わたしね、ずっと家で寂しかったの。お父様はあんな感じでしょ。だから、誰でもいいからこんな風にお茶をしたりお話できるお友達がほしくて」

「お嬢様……」

「だから、たまにでいいの。わたしとお話してくれる?」



 8歳の幼女ならではのきらきらお目目を駆使してお願いする。サリーの能面フェイスをじっと見つめた。

 すると突然サリーの目からぶわわっと涙があふれだした。それはさながら洪水のようで。



「お嬢様がそのような辛いお気持ちを抱えていたとはつゆ知らず。このサリー、どうお詫びをしたらよいのか……!」



 すっかり面食らってわたしはおろおろとハンカチを差し出す。どうやらサリーはずいぶん感情的らしかった。けれど、この屋敷に味方になってくれそうなひとがいて良かった。



「気にしないで。お友達になってくれる、ということでいいのかな?」

「はい、もちろんでございます。必ずやお嬢様の望む“お友達”になってみせます!」



 うーん、やっぱりちょっと不安だ。

 わたしは少し苦笑しつつも、サリーとお茶をすることにしたのだった。





 サリーとお茶やお話をするようになって少し経った頃。わたしは本格的に暇を持て余し始めていた。

 屋敷内を出歩くようになってずいぶん使用人たちとは仲良くなった。庭の手入れのお手伝いや読書、お菓子作りをしたり、前世の趣味みたいなこともやってはみたけれど。それでも暇なものは暇なのだ。


 サリーに以前までのお金の使い方を尋ねてみたけれど、やはりドレスやアクセサリーなどに費やしていたらしい。記憶にも留めていないほど毎月豪遊していたようだった。同じようにショッピングをしてみようかとも思ったけれど、クローゼットの中はすでに新品のドレスでいっぱいだった。


 追放後の資金として貯めておくことにはしたけれど、それでも貰った麻袋の中身だけで1人の平民の一生分くらいはあった。



「サリー、このお金、有効的に使うとしたらどうやって使う?」

「有効的、ですか」

「そう。ドレスもアクセサリーも十分持っているし。貯めておくには多すぎるし」



 サリーはわたしの髪を梳かしながら少し考える素振りを見せた。



「寄付などはいかがでしょうか」

「寄付?」

「はい。修道院や孤児院に寄付をするのです。貴族の中には少数ではいらっしゃいますが、そういう慈善活動を行っている方もいると聞きます」



 なるほど、とわたしは思わず頷いた。前世では年の離れた妹と弟がいたからよく世話をしていたな。だからなのか、孤児や虐待などの話に敏感でお金に余裕があればいつか、と考えていたのだった。



「この国にはどのくらいそういう施設があるの?」

「すべては把握しきれておりませんが……戦争もありましたし、以前よりも数は増えているかと」

「……全部回りきれるかな」



 ぼそりと呟いて、麻袋の中身を覗き込む。それから全く趣味じゃないドレスやアクセサリーなんかを取り出してベッドの上に並べてみた。その様子にサリーが困惑気味に尋ねてきた。



「お嬢様、急にどうしたのです?」

「これ全部換金してしまおうと思って。とりあえず近いうちに領地内にある施設は回りたいから話を通しておいてくれると助かるわ」



 サリーはしばらく呆然としていたが、ぶわっと涙を噴き出して大きく頷いた。

 明日から忙しくなりそうだ。


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