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忘れられたら

 

「明日は休日ですが、アイリスは何をするご予定で?」



 1日の秘書業務の終わりかけにシアンが尋ねてきた。

 そうか、ホワイト企業の魔塔にはきっちり週休2日制が設けられていたな、と思い明日について考えを巡らせる。



「王国に一旦戻ってみようかな」

「え、なんでです」

「なんでって、残してきている子供たちや司祭様に会いたいから」



 椅子から立ち上がって食い気味に聞いてくるシアンに若干押されつつ返答した。

 わたしが追われたのは魔法学園であって、国を追われたわけではないのだ。自主的に逃亡しているわけだからわたしは今「行方不明」扱いになっているはずだ。



「子供たちから、たくさん手紙を預かっているんだよね。帝国から平民のそれぞれの家宛に送るのは少し難しいみたいで。だからわたしが直接手渡しした方が早いかなって思ったの」

「手紙はいいんですが……危険ではありませんか?」



 危険? と反射的に問いかけてしまった。追放した悪役令嬢のことなど誰も気に留めないのではないだろうか。



「アイリスは不用心ですね。父親に万が一見つかった場合は? 王族側の人間に見られた場合は? あの王子が、あの小娘がアイリスを捕えようとしていたら?」

「たしかに、そうだね……そこまで考えられてなかった」

「僕は、それも含めてアイリスをここにかくまっているんです。危険な目にあってほしくないから」



 切なげにそう言われてしまい、わたしは俯く。迷惑をかけてしまっているし、自分の軽率な行動が多くの人を巻き込む可能性を考えられていなかった。

 手紙のことはまた落ち着いてからにしよう。そう思いなおして顔を上げる。


 シアンは考える素振りをしたまま呟いた。



「でもまあ、僕と一緒なら考えないこともないですが」






 なんだかんだ、わたしはシアンと一緒に王国に戻ってきている。

 変装をしたり、存在感が薄くなる魔法をかけたり万全に対策をしているし、何よりシアンがいてくれるのでとても心強い。


 エルレア修道院は領地内ということもあり、司祭様に挨拶をするだけにとどめた。

 シアンが帝国での貴人になっていたことに司祭様はひっくり返るレベルで驚いていた。その上シアンが多額の寄付をその場で行ったせいで、さらに腰も抜かした。


 わたしが創った学校は、王国から逃げる時にたたんでしまった。ウィリアムにはとても任せられる状態ではなかったから、悲しいけれどそうしないといけなかった。王国に残る、と選択した子供たちの大半は家族がいる平民の子供たちだ。1人1人家を訪問してお手紙や魔導書を渡したりした。



「みんな元気そうでよかった」



 例のごとく涙腺がやられきっているわたしは最後の1人に会ったころには顔面が酷いことになっていた。目頭は熱いし鼻は真っ赤なトナカイのごとく赤くなっていることだろう。

 シアンはハンカチでわたしの涙を拭ってくれた。恥ずかしいけれど、両手は子供たちからの贈り物でふさがっていて、ただただお礼を言うしかなかった。



「アイリスがこんなにも大事にしていたものを奪うなんて、やっぱり許せませんね」



 がらんとしてしまった学校の前を通り過ぎながらシアンが呟いた。この学校は間もなく解体されてしまう。ハンカチ越しに学校を見つめて「そうだね」と呟く。



「……今でも、婚約者のことを恋しいと思うことはありますか」

「それは、それはないよ」

「7年間、婚約者だったのでしょう。僕から見ても……仲睦まじく見えましたから」

「だからこそだよ」



 長い間一緒にいて、同じ時間を共有してきたからこそこんな気持ちになるのだろう。



「ただね、わたしが助けてあげられたんじゃないかなとは思うの」



 今更だけどね、と付け加える。あの時のわたしはきっと自分で思っている以上に余裕がなかったのだと思う。ヒロインに彼が篭絡されるはずがないと過信して自分では何もできなかった。

 彼が毒物にやられていたのを救う手立てがあったかもしれないけれど、悪役令嬢は所詮ヒロインには敵わないのだと早々に諦めたのはわたし自身だった。

 けれど考えても分からないものは分からないのだ。あの時はあれが最善だと思ったし、今だって間違えたとは思っていない。ヒロインに一発かませてよかったとさえ思う。


「女の恋はね、冷めるときは一瞬で冷めるものなんだよ」と少し気丈な態度で言ってのければ、シアンは困ったようにはにかんだ。



「あ、そういえばあの2人そろそろ本格的に婚姻の準備に入るそうですよ」

「え、何その情報腹立つー! シアン、帰ったらやけ食いするから付き合ってね!?」

「ふふ、とことん付き合いますよ」



「はやく忘れられたらいいですね」とシアンが気遣うように笑うから、わたしは応えるように大きく頷いてみせたのだった。






 その日の夜、わたしは自室でシアンとかなりの量の料理を平らげた。

 シアンが作る料理はどれもこれも絶品すぎた。懐かしい炒り卵のサンドウィッチもテーブルの上に並んでいた。昔サンドウィッチを駄目にしてしまったことを謝られた。今では大好物になっているのだと嬉しそうに語るから嬉しくなってしまう。


 前世だとあり得ないけれど、ここではもうお酒が飲めてしまう。元々やけ食いということも相まってわたしのお酒を飲むスピードも上がっていく。ちなみに、シアンはびっくりするほど酔っていなかった。


 結果――わたしは見事に仕上がっていた。



「はあ、もう食べられないよ、ここで寝るねおやすみ」

「こんなところで寝ては風邪をひいてしまいますよ」



 ふわふわした気持ちのまま、シアンにベッドに運ばれているのが分かる。たしかに、椅子で寝てしまっては良くないよね。



「シアンだって、いっつも裸で寝てるでしょ……服着てよね……」

「照れてるんだとしたらこれからもやり続けますね」

「えー、なんでよ。なんだかかっこよくて見るのが恥ずかしいの、お願い」

「へえ、良いことを知れました」



「じゃあやめません」とおぼろげな視界に笑顔のシアンが映る。

 最近のシアンはよく笑っていてなんだか嬉しくなる。


 ベッドに下ろされた途端に瞼が重くなった。ああ、これはもう寝れる。

 おやすみ、と声をかけた。すぐに眠りに吸い込まれていく。




「早く嫌な奴のことなんて忘れて、俺でいっぱいになればいいのに」


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