初仕事 2
「さすがアイリスですね。どうやら僕の予想は当たっていたようで良かったです」
シアンの執務室にデュークとティナによって連行されたわたしは、心底愉快そうに笑うシアンをじとりと見つめ返す。魔力審査をシアンの予想通りカンストしてみせたわたしは、このシアン直轄の少数精鋭チームに配属されることになってしまった。
「ああ、もちろんアイリスのメインの仕事は僕の秘書ですから。そこのところは間違えないでくださいね?」
「うぃーっす」
「もちろんですわ」
なんだか無気力に返事をする2人を見つつ、昨日からの目まぐるしい変化をうまく処理しきれずにいる。
ほんの少し前まで追放確定の悪役令嬢だったというのに、今は魔塔主の秘書で、少数精鋭チームの一員で。しかも話を聞く限り、色々な研究分野からの助っ人依頼が絶えないらしく人事部は大慌てだとか。
「王国は笑えるほどの大馬鹿ですね。こんなに貴重な人材を、あの程度の小娘と引き換えにするなんて」
くく、とシアンは悪い笑みを浮かべていた。
「いいではありませんか。失ってから気づくのでは遅いということを知るいい機会ではなくて?」
「まあな。帝国の皇子として言わせてもらえば超ラッキーってとこだよな」
「あら、先ほどまでは2位を取られたとぼやいていましたのに」
「それはそれ。あと過激派2人。アイリス嬢が困ってるから悪い笑みやめてやれ」
そこでティナとシアンはわたしに目線を向けた。正直悪い笑みが横行しまくっているし、会話の内容はどう考えてもわたしを褒めちぎっているものだからどうしていいか困っていたのだ。ナイス皇子。
「わたしがお役に立てそう、ということが分かって何よりなのですが、わたしにそんな力があるとは到底思えなくて」
そうぼやいて3人を見渡した。
確かにわたしは悪役令嬢で、ヒロインはそこそこレベル上げをしないとわたしは倒せない設定だ。けれど、それが魔塔でも通用するものだとは到底思えないのだ。正直、なぜカンストという記録を叩き出したのかもよく分からない。
「ああ、実は僕、人の魔力を底上げするバフ持ちなんですよね」
「何それ……」
チートじゃん、という言葉はぐっと押しとどめた。シアンはさも当然かのようにさらっとすごいことを言う。デュークとティナも平然としているため2人は知っているのだろう。
シアンはその能力についても魔塔に来てから分かったそうで。
「微力に作用するだけなんですよ。でも信頼しているひとにはその力が大きく作用するらしくて」
「こんなクール面ですから分かりにくいですけれど、わたくしやデュークのことも信頼してくれているということなのでしょうね」
揶揄うように言うティナにシアンは釘を刺す。
じゃあ、わたしが魔力カンストという大層な記録が出たのもシアンがわたしのことを信頼してくれているからなのか。
「よかった、わたしシアンに信頼してもらえてるみたいで安心したよ」
「かなり信頼してくれてるんだね」と付け加えれば、シアンは微妙な顔で笑っている。デュークはなぜか大笑いしていて、一体何を間違えたのかとわたしは首を傾げる。
ごほん、とシアンはわざとらしく咳払いをしてむせているデュークを睨みつけた。
「まあ……詳しくは後で説明します。とりあえず今はこのチームの説明を」
「ひー笑った笑った。説明っていっても俺たちはその日その日でやることが違う。まあ、一介の職員たちの手に負えないような案件や、危険な場所にある研究材料を取ってくるとかそんな感じだな」
「あとは公のパーティなんかでもこのメンバーで出ることが多いですわ。わたくしたちは言わば魔塔の顔のような存在でしてよ」
かなり重要な役目だ。なんだか今から胃痛がしてきそうだと思いながらも話を聞いていく。
「ああ、もちろん、アイリスは今僕の秘書なんですから、会議とかにも一緒に出てくださいね」
「噓でしょ……」
「ちなみにもう各所に連絡はしてありますから、アイリスはきちんと秘書として認知されています」
「仕事早いね」
いつの間に、と突っ込みたくなったがもはや無粋な気がしてきた。ここは魔塔。シアンは魔塔主なのだ。全てに疑問ばかり抱いていたらツッコミ過多で倒れてしまう。
「それで、早速依頼が来ているからお願いしたいのですが、3人で行ってきてくれますか」
「あら、アイリス様がご一緒ですのに行かなくてよろしいんですの?」
「この不機嫌な顔を見て察してください」
わたしはシアンとティナの掛け合いを聞き流しつつ、デュークとともに依頼書に目を通す。
依頼書は3枚届いており、それぞれ死の魔法、闇の魔法、浄化魔法と異なる研究分野からの依頼だった。物騒な分野にだいぶ嫌な予感を覚えるが、どうやら依頼内容は同じらしい。
わたしはそのだいぶ適当な依頼内容に目を丸くしてしまった。
簡潔にまとめれば、「ゴーストの婚礼衣装と霊気を取ってきてちょ」というものだった。緩すぎる依頼書に二重で驚く。
これはさすがに、とデュークを見るも平然としている。それどころか、呆れるように依頼書をティナに放り投げる。
「こういうのはもうティナだけでいいやつだろー」
「はあ、またですの? みなさまゴーストにいちいち怖がってないで自分で取りに行ってくださればいいのに」
怖がるどころか嫌がっている2人を訳も分からず眺めていると、シアンが声をかけてきた。
「ティナは闇の魔法を扱えるんですよ。シャーマンの力ももつ珍しいひとなんです」
シャーマンというと、死者や精霊と意思疎通ができるというあれのことか。ティナは全ての魔法が使えない代わりに闇の魔法を使うことができるらしい。そのためか、目に見えないはずの者たちと交渉をしたり、彼らを使役することもできるのだそう。
「なるほど、それでティナ様に依頼がくるんだね」
「そういうことです。はあ、僕もついていけないのは残念ですが……2人ともアイリスを頼みます」
シアンがそう言ったところで、何かを考えこんでいたティナが楽し気に声を上げた。
「いつものままではつまらないから、アイリス様を花嫁役にして結婚式会場に送り込むのはどうです? うふふ、それがいいわ、楽しそうですもの」
花嫁? とわたしは目をパチクリする。
依頼はゴーストの婚礼衣裳と霊気だ。ティナが面白がっているのは理解できるけれども、わたしが花嫁衣裳を着ることに何の意味があるのだろう。
「は? 許しませんよ、そんなの」
真後ろでかなりドスの利いた低音が聞こえた。