表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/46

魔塔主様

 

 目が覚めると、わたしを覗き込む青い瞳の美青年が視界いっぱいに映った。

 さらりと少しだけ触れる銀色の髪が、くすぐったい。



「おはよう、アイリス」

「おはよう、シアン」



 相変わらず慣れない彼の幸せそうな笑みに戸惑いながらも返事をする。

 シアン越しに部屋を見渡す。わたし好みすぎるおしゃれな内装で、部屋は驚くほど広い。ここは一体、どこなんだろう。



「ここは、『魔塔』ですよ。僕は今、魔塔主なんです。だから、アイリスさんが過ごしやすいように部屋を改装したんですよ。景色も綺麗ですから、ぜひ見てくださいね」



 お礼を言うとわたしは勧められた通り、窓際へと歩いていく。

 帝国の中枢機関である魔塔は、帝国のシンボルのような存在だと聞いた。ゲームでも見上げてしまうほど高いと表現されていた。城下街がとても小さく見える。行きかう人々は米粒サイズでほぼ見えない。かなりの高階層らしく、わたしが先ほどまでいた王国も、その奥の海まで見える。



「えっと、聞きたいことが山ほどあるんだけど、聞いてもいい、ですか?」

「もちろん。今日はアイリスと過ごすと決めていたんです。それからアイリスには昔みたいに、気軽に接していただきたいです」

「でも、シアンは今、魔塔主なんです……なんだから、ちょっと緊張するっていうか」

「僕が気にしないと言ってるんですから。アイリスに距離を取られたみたいで、寂しくなります」



 眉を下げるその表情に、頷くしかなくなる。見事に言いくるめられてしまった。

 シアンはにこりと微笑んで、杖を一振りした。たちまちティーテーブルとティーセットが目の前に現れて、部屋には紅茶のいい香りが広がっていく。


 席をさっと引かれ、促されるままおずおずと座った。



「まず、その……今までどうしていたの? わたし、急にシアンがいなくなって心配したんだよ」



 シアンは13歳の時、修道院からバーク子爵家――今は爵位を返上させられたただのバーク家だが――に引き取られた。けれど彼は突然姿を消した。エルレア修道院を含め色々なところを探してみたけれど、彼の行方は分からないまま、こうして4年も経ってしまった。

 まさか、帝国で魔塔主になっているなんて。国内を探しても見つからないはずだ。



「心配、してくれていたんですね。忘れられていたらどうしようかと、ずっと不安だったんですよ」

「忘れてなんて、いなかったよ! でも、ごめんなさい、最初はその、姿が変わりすぎていて気が付けなかったというか……」

「あれから4年経ちますからね。それに、約束を守るためにかなり頑張りましたから」



 シアンはすっと立ち上がると、わたしに立つように促した。かつてわたしよりも小さくてひょろひょろだった体はずいぶんとたくましくなっていた。背も当然ながら追い越されてかなり差ができている。



「もしかして、約束ってわたしよりも背も魔法も上になるっていう、あれのこと?」

「はい。守れたようでよかったです」



 驚いているわたしに、シアンは付け加えるように「ああ、それから」と口を開く。



「アイリスは勘違いしていたようでしたので言っておきますが、僕は今16歳ですので1歳差ですよ」

「えっ」

「実際年下であることに変わりはないですが。それでも3歳下はちょっと」

「え、ほんとにごめんね!?」



 平謝りするしかない。修道院にいる頃の彼はあまりにも小さすぎて勝手にそのくらいだと思っていたのだ。彼自身、帝国で生活するようになってから自分の年齢を知ったらしく、さほど気にしてはいないと言ってくれたのでよかった。



「もしかして、敬語で話しているのも年齢がはっきり分かったのが理由? ほら、前はもっとツンツンしていたじゃない」

「そうですね。それもありますし、僕も今は貴族ですから、そういう意識が芽生えたのもあります」



 聞けば、彼は今帝国で伯爵位を賜っているそうで。帝国の伯爵と弱小王国の一公爵令嬢(それも元公爵令嬢)ではその差は歴然だった。本来、気軽に口を利くことなど許されない。


 背や魔法どころか、お金や地位すらも余裕で抜かされまくっていた。あの頃の得意げな自分がいたら、いますぐ大穴を掘って飛び込むことを勧めたい。



「それに、アイリスはこういう人の方がお好きかと思いまして」



 ぼそりと呟くシアンに、わたしは目を瞬かせる。

 もしかしなくても、彼はわたしがあのウィリアムを引きずっていると思っているのだろうか。



「別にそういう人が好きってわけじゃないよ。それに昔のシアンも好きだし、今のシアンも素敵だよ」



 今の彼は恵まれていて楽しく過ごせているということなのだと思う。昔の粗野な口ぶりの彼を懐かしくも思うけれど、貴族として余裕たっぷりなスマートな彼も十分素敵だ。

 そう伝えればシアンは少し頬を赤らめた。ううむ、伯爵で魔塔主でさぞかしモテるだろうに、こんなわたしの一言で照れてしまうなんて。やはり彼が年下の初々しい青年であることに変わりはない。



「そういえば、どうしてあの時パーティ会場に来ていたの?」



 思い出したように尋ねる。あの日、わたしが断罪されて国を追放されることを彼がなぜ知っていたのか。帝国でもわたしの悪評は広まっていたのだとしたら、とても恥ずかしい。



「ああ、それは、もちろんアイリスに会うためですよ」

「え、どうして」

「だって、国を追放されてしまうのならばどこか拠り所が必要でしょう」

「それは、うん、正直どうしようかと思っていたから、ありがたいけれど」



 いまいち答えにならないシアンの返答に困ってしまう。結局、わたしの疑問に明確な答えは返ってこなかった。魔塔主だからこそ何かそういう力があるのだと無理矢理納得させた。



「そうだ、サリーは? シンディとも学園の外で待ち合わせをする約束だったのに!」

「ああ、それなら、彼らもここにいますよ」

「へっ?」



 あまりにもあっさりとそう言われて、理解が追い付かなくなる。

 追放された後、わたしは荷物を持って学園前で待機するサリーとシンディ、それからわたしたちと行動を共にしたいと言ってくれた子供たちを連れて隣国へ行く予定だった。幸いなことに、お金はたっぷりとあったから、しばらくは暮らしていけると思っていたのだ。



「彼らもこの魔塔で保護することにしました。若い魔法使いの育成も兼ねてこちらで過ごしてもらう予定です。もちろん、アイリスの大切なひとたちもここで不自由することなく暮らせるようにしてありますし、自由に出入り可能です」

「わあ、好待遇すぎる……」

「もし、アイリスが以前のように慈善事業を行いたかったらそれも行えるように取り計らいます。もちろん、ここで保護することも可能です」



 あまりの良い生活っぷりにびっくりしすぎて声が出ない。

 シアンはもしかしたら、昔の恩を返そうと思ってくれているのかもしれないし、彼は元々優しいひとだったからわたしのやり方を気に入ってくれているのかもしれない。

 けれど、ここまでくると申し訳なさが出てきてしまう。



「えっと、すっごく嬉しいよ。でも、そんなに迷惑はかけられないよ。これからわたしも自分で生活していけるように頑張るから、そうしたらすぐに出ていくね」

「その必要はないですよ」

「いや、でも」

「でもじゃないです。行かないでください」



 わたしが渋っていると「僕は今、魔塔主なんですよ」と杖を見せる。昔、わたしが彼に『わたしが修道院に払った金額に見合う態度をとりなさい』と脅した時の言動に酷似していた。つまり、わたしがこれ以上出ていくと言えば、彼は魔塔主パワーで実力行使に出る、ということだ。

 無論、彼がそういう行動に出たところで、わたしの好待遇は変わらないのだけれど。



「じゃあ、さすがにここで何かさせて。わたしだってそこそこ魔力は強い方だよ。雑用でもなんでもやらないと、さすがに申し訳ないよ」



 必死にお願いすればシアンは少しううん、と唸る。「お願い」と一押ししたら、彼は折れたように頷いた。



「分かりました。じゃあ、アイリスには僕の秘書にでもなってもらいましょうか」

「秘書?」



 そんなの必要なさそうだという言葉は飲み込んだ。渋って出た答えがそれなら、これ以上の妥協は望めなそうだ。わたしが秘書、と繰り返し問えば、シアンは満足そうに微笑んだ。



「これからよろしくお願いしますね、アイリス」



 シアンは青い目を細めて、微笑んだ。

 綺麗すぎる笑顔に、わたしは「よろしくね」とたどたどしく言うことしかできなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ