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乙女ゲームとヒロイン

 

「アイリスさん、今日から平民の生徒が転入してくるらしいですよ」

「えっ」



 ウィリアム王子に言われて変な声が出てしまった。

 忙しい日々に忙殺されていて、すっかり忘れてしまっていたけれど、今日から魔法学園の最高学年になるのだ。つまり、今日から乙女ゲームがスタートするというわけで。


 何の対策もなしにここまで来てしまった……と言うべきところだけど、意外とそうでもなかった。


 あれからわたしはウィリアム王子、シンディと協力して市井用の魔法学校を作った。小さいし、生徒もたくさんいるわけではないけれど。資金だけは例によって腐るほどあるので困っていないが、やはり事業というのは大変だった。反対してくる貴族たちを黙らせるのも、子供たちに魔法を教えるのも人手が足りないせいで全て3人で担っているから忙しいことこの上ない。

 子供たちが楽しそうにしてくれているのが、とても嬉しいから頑張れているのだ。

 以前バーク家で助けた子供たちはエルレア修道院に預かってもらいつつ学校に通っていて、元気に過ごしている。古株の彼女たちが最近ではわたしたちのお手伝いをしてくれるようになっているのも喜ばしいことだった。年々、子供たちと生活しているおかげなのか、成長をかみしめては泣きそうになる。圧倒的に涙腺がやられていた。


 ――話が逸れてしまったけれど、そんなわけでわたしは悪いことなど一切していないし、これからもするつもりなんてさらさらない。豪遊しているわけでもない。ウィリアム王子との関係も良好。サリーと日々逃亡計画だって立てているのだ。



「学園はなぜ急に平民の入学許可を出したのでしょうね……?」

「なんでも、魔力が強いから、だそうですよ。普段から色々な子を見ているおかげで、あまり納得はできませんでしたが」

「そうですね。だって、ミナもリアムも魔力はずば抜けて強いですからね。レイリンはコントロール力もピカイチですし」

「ふふ、僕たちの生徒の方がきっと優秀でしょうね」



 ウィリアム王子は小声で言うと小さく笑った。ウィリアム王子も子供たちが好きすぎる。7年間一緒に過ごしてきて、彼がとても優しくてひょうきんな性格であると分かった。正直、ヒロインに揺るがされるつもりなど、毛頭ない。



「僕、不思議なのですが、魔法に興味があるのならなぜ僕たちの学校に来なかったのでしょうか。どうやら、彼女、学校については知っていたみたいでして」

「はあ、不思議ですね」



 わたしは首を傾げた。わたしの知る限り、ヒロインは好奇心旺盛で魔法に関することならなんでも知りたいと考える性格だったはず。町の子供が誰でも入れる魔法学校、なんてものがあれば飛びついてもおかしくないのに。


 なんともいえない引っ掛かりを感じつつ、わたしは転入してくるというヒロインを待つことにした。





「きょ、今日からこのクラスに転入してきました、ウェンディといいます……」



 クラスの前で自己紹介をしたヒロイン、ウェンディは少しもじもじしながらクラスを見渡している。その視線はわたしと隣に座るウィリアム王子を中心に捉えているような気さえする。


 ウェンディは正直に言ってしまえば、平々凡々だった。このゲームはヒロイン視点で進むゲームだったために輪郭や鼻、口しか描かれたことがない。そのせいなのか、どうもぱっとしない。素朴な可愛さはあるけれど、アイリスのような美女が並べばたちまち霞んでしまうような。


 ウィリアム王子はどんな反応をしているだろう、と横目で窺ったけれど特に興味を示している様子ではなかった。しかも目が合いすぎて気まずいのか、目線をそらしている始末だ。



「じゃあ、ウェンディさんは空いている後ろの席に座ってね」

「えっ……はい」



 ウェンディは少し驚いたように声を上げてすごすごと後ろの席へと向かっていく。

 ううむ、やはり引っ掛かる反応だ。まるで、ウィリアム王子の隣に座るのは自分だったのに、と言いたげな反応。

 ゲーム本来なら、魔法はピカイチだが頭の悪い悪役令嬢アイリスは隣のクラスにいた。なので、ウィリアム王子の隣は空席になっているのだ。


 この後、平民の学園入学に興味を持つウィリアム王子はヒロインに話しかけるはず。そう思いつつ一向に席を立つ気配のないウィリアム王子を眺めていると。



「あの、ウィリアム様……?」



 なんと、向こう側から声をかけてきた。ヒロインって、こんなに積極的だったっけ。

 どうやら、シナリオ通り学園生活が不安なことや、教室の位置を把握していないことなどを伝えているらしい。



「ああ、それだったら先生方に聞くといいよ。これから一緒のクラスなわけだし、頑張ろうね」

「は、はい」

「それと、僕の名前は婚約者や身近なひとだけが呼んでいいことにしているんだ。仲良くしてくれるのは嬉しいけれど、ごめんね」

「え、は、はい」



 ウィリアム王子は婚約者、という時にわたしをわざとらしく見た。わたしとウィリアム王子の婚約は社交界では周知の事実だ。改まって説明されるとなんだかこそばゆい。

 会話の糸口を探しているらしいウェンディに対し、ウィリアム王子は「次は移動教室だから行こうか」とわたしの手を取って立ち上がる。長年の慣れなのか、わたしも自然とそれに応えて席を立った。

 感じが悪くなってしまうといけないと思い、「ウェンディさん、またね」と優しく声をかけてその場を後にした。


 振り返って見た彼女がわたしを睨んでいたのは、きっと気のせいなんかじゃない。


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