第一話 New memorys
メモリーカードが、増えました。
タロちゃんはシステムアップデートの為、一旦、東京工科大学工学部機械工学科ロボット工学研究室へ戻った。
タロちゃんが「実家」へ帰ってしまったので、私も公傷休暇(こうしょうきゅうか=公務員が業務上の傷病で休暇すること)中に、実家へ帰ることにした。
盆、正月、ゴールデンウイーク以外に、まとまった休みを取れることなんて、なかなかないからね。
電話で「実家へ帰る」と連絡したら、お母ちゃんが不思議がっていた。
『こんげ、中途半端な時期に帰ってくるとか、なんがあったとね?』
「『連続強盗殺人放火事件』の容疑者が、逮捕されたっちゅうニュース、知っちょる?」
『ああ、知っちょる知っちょる。そんげらニュースも、ありよったね』
「『警察官一名負傷』ってあったじゃろ? あれ、私」
『え? なんけ? あれ、アンタじゃったっけ? ウソじゃろ?』
「そいが、ウソじゃねぇとよ。そんでね、怪我治るまで休みもらえたかい、一週間ばっかし、そっち帰っても良い?」
『そうねぇ? じゃったら、気ぃ付けて帰って来んね』
「なら、行くかいね」
そんなこんなで、実家へ帰ることになった。
「アンタ、あんま無茶せんでよ」
お母ちゃんは、いつもみたいに、私の体を心配してくれた。
「なんゆうちょっとか。刑事なんて、恨まれてナンボぞ?」
お父ちゃんは豪快に笑いながら、私の背中をバシンッと叩いた。
途端に、傷に激痛が走る。
「っちょっ、お父ちゃん、痛っちゃけどっ!」
「そんげらもん、名誉の負傷じゃがっ」
痛みに悶える私を見て、お父ちゃんはゲラゲラ楽しそうに笑った。
後で、覚えてろ、クソ親父!
「お姉ちゃん、大丈夫ね?」
「うん。こんくらい、平気平気っ」
最初のうちこそ、心配してくれていた妹だったが。
傷を理由に、毎日ゴロゴロしていたら、「お姉ちゃん、邪魔」と怒られた……酷い。
家族と過ごす、あったかくて穏やかな日々は、幸せだった。
それなのに、いつもタロちゃんのことを考えていた。
朝、目が覚めると、真っ先にタロちゃんの姿を探して、いないことを確認してガッカリする。
「おはよう、お姉ちゃんっ」
「おはよう、穂香」
「おはよう、穂香。ご飯の前に、早、顔洗ってきねの」
「……おはよう」
私のことを『穂香さん』と、呼んでくれる者はいない。
空っぽのポケットを探るクセは、いつからついたんだろう?
いくらポケットを探っても、メモリーカードは一枚たりとも入っていない。
タロちゃんと共に、鈴木准教授に回収されたからだ。
テレビの電源を入れる時、私の姿を映し出すタロちゃんの目が脳裏をよぎった。
無意識に、テレビに映るイケメン芸能人と、タロちゃんを比べていた。
しかも、タロちゃんの方がよっぽどイケメンだと思ってしまう自分自身に、かなり驚いた。
「美味しかね」
「うん、美味しいわ」
お母ちゃんと一緒におやつを食べていた時、タロちゃんから『僕の代わりに食べて下さい』と、菓子を手渡される姿を思い出した。
久し振りに、湯船入ってゆったりとお湯に浸かった。
タロちゃんと出会ってから傷口が塞がるまで、ずっとシャワーだった。
お風呂は温かくて気持ちが良かったのに、何故か無性に寂しくなった。
一日の終わりには、必ずコンセントの位置を確認してしまう。
今まで寝る前には必ず、タロちゃんを充電しなくてはならなかったから。
そうやって、いつもいつもタロちゃんのことを考えていた。
恋ってヤツは、本当にやっかいだ。
しかも、末期。
「ごめんね……」
私は毎日、あの人の遺影に手を合わせて、謝った。
あれから二週間近く、タロちゃんと会っていなかった。
背中の傷も癒え、ようやく現場復帰と喜んだ矢先に、いきなり呼び出しを食らった。
気まずい気持ちで、重役室のドアをノックすると、警視正の声が返ってくる。
「入りたまえ」
「はぁ」
部屋の中へ入ると、警視正と鈴木准教授、そして木偶の坊状態のタロちゃんが立っていた。
「あ、タロちゃん!」
私はタロちゃんと逢えたことが嬉しくて嬉しくて、他には目もくれず、タロちゃんへ駆け寄った。
そんなこんなで、再会の喜びもひとしおだ。
「タロちゃん! 久し振りっ!」
「ん、んんっ!」
「あ、すいません……」
思わずはしゃいでいたところを、警視正のわざとらしい咳払いで我に返った。
重厚なデスクの前に戻って、姿勢を正し、敬礼する。
「刑事課所属、田中穂香巡査です」
「久々に相棒と会えて、嬉しいのは分かるけどね。私達を、無視しないでくれるかね?」
警視正が深々とため息を吐いて、ズケズケと言った。
私は渋々、謝るしかない。
「申し訳ございません」
「全く、君ときたら、『加藤太郎君』がいないと、本当に何にも出来ないんだから。しかも、容疑者に刺されて重体? ホント、いい加減にしたまえよ。君のような平刑事なんて、いつ辞めてくれたって構わないんだよ?」
心底呆れ果てた顔の警視正からクドクドと説教されて、ぐうの音も出ない。
しばらくすると、拡張器付きヘッドセットマイクを着けた鈴木准教授が、口を開く。
『そろそろ、良いか?』
「ああ、鈴木准教授。すみませんね、うちの平刑事が面倒掛けて」
やれやれといった口調で言う警視正に、鈴木准教授は軽く横に首を振る。
『それは、構わない。田中君、君を呼んだのは他でもない。「加藤太郎君」のことだ』
「タロちゃ……いえ、『加藤太郎君』が、どうかしたんですか?」
鈴木准教授の口からタロちゃんの名前が出てきて、私は思わず身を乗り出した。
鈴木准教授は、二枚のメモリーカードを取り出し、鈴木准教授は急にテンションを上げて、私に見せ付ける。
『田中君も「加藤太郎君」の扱いに、大分慣れてきたようだからね! 新しいメモリカードを、試してもらおうと思ったんだよっ!』
「新しいメモリーカード? 今度は、どんなデータが入っているんですか?」
『よくぞ聞いてくれたっ! このオレンジのメモリカードは、要人警護用! そして、紫のメモリカードは、使ってみれば分かるっ!』
「『使ってみれば分かる』って……適当ですね」
私は鈴木准教授から手渡された、新しい二枚のメモリーカードを見ながら、力なく呟いた。
この人は、本当に相変わらずだなぁ。
そんな私に、鈴木准教授はサムズアップをしてニヤリと笑う。
『今まで通り、君には期待しているよっ!』
「アイドルの警護ぉっ?」
私は思わず、自分の耳を疑った。
まさか、アイドルの警護なんて仕事をやる日が来ようとは、思わなんだ。
私が聞き返すと、警視正が小さく頷いて私を指差す。
「君も知ってるでしょ? 茨蒼衣」
「知ってますけど」
日本に住んでいて、茨蒼衣を知らない人は、ほとんどいないんじゃないかな。
飛ぶ鳥を落とす勢いで、人気絶頂のスーパーアイドル。
露出度の高ぁ~い水着みたいなセクシーな衣装を着た、女王様。
そういえば、年の離れた妹も、茨蒼衣が大好きで、何度かマネして踊って歌ってんのを見たっけ。
そりゃあもぉ、可愛かったのなんのって。
「君ね、いくら相手が超人気アイドルだからって、デレデレしないで、ちゃんと警護しなきゃダメだよ?」
何かを勘違いしたらしい警視正に、手厳しく注意された。
私は慌てて手を横に振り、取り繕う。
「いやいやいや、仕事はちゃんとやりますってっ!」
「ふん。全く、田中君なんかに警護させて、大丈夫なのかねぇ……」
呆れた様子で椅子に深々と腰掛ける警視正に、鈴木准教授がハイテンションでタロちゃんの背中を叩く。
『今回は、要人警護用メモリの活躍に期待せざるを得ないねっ!』
「ええっ? そんなぁ……」
全く期待されない私は、どうすりゃいいの。
私は気を取り直して、警視正に問い掛ける。
「その、茨蒼衣さんは、何故警護が必要なんですか?」
「彼女は、熱狂的なファンが多くてね。贈り物やファンレターなんかも、いっぱい届くらしいんだけど。その中に、脅迫状が混ざっていたんだよ」
仕事の話となるやいなや、警視正は急に、緊張感のある声で言った。
「脅迫状?」
「『俺のものにならなきゃ、殺してやる』的なヤツだよ」
「うわぁ、怖。でも、そういうのって、人気アイドルなら、良くあるんじゃないですか?」
私が顔を引きつらせると、警視正はため息をひとつ吐いて、首を横に振る。
「まぁ、脅迫状だけじゃなかったからね」
「だけじゃなかったって、まさかっ?」
何度か軽く頷いて、警視正は目を伏せる。
「そ。ナイフや動物の死骸、爆発物まで送られた日には、さすがに放っておけなくなってね。この度、警備しなくちゃいけなくなったんだよ」
爆発物と聞いて、私は驚いて目を見張り、身を乗り出す。
「被害状況は?」
「いや、それは大丈夫。どう見ても素人のお手製で、どれも不完全な物だったらしいよ」
「そりゃ、良かったっ」
手放しで喜ぶ私に、警視正が釘を刺す。
「だからといって、油断ならない。送られてくる度に、本格的になってきてるらしいんだよ」
「それは……」
絶句すると、警視正は私を指差して睨みつけてくる。
「いいかね? 今回は、スーパーアイドルの命が掛かっている。前回のような失態は、許されないんだよ?」
「あ、あれは、失態じゃ……」
私が言いよどむと、警視正の顔は益々険しくなる。
「失態じゃなければ、何だと言うのかね?」
「あ……うぅ……」
後ろめたさも手伝って、私は何も言い返せない。
「とにかく、君は身を呈して(みをていして=自分の身体を犠牲にして)でも、茨蒼衣を守ること! いいね?」
警視正は、指を突き付けて強い口調で言い放った。
まぁ、平刑事の扱いなんて、そんなもんだ。
「かしこまりました」
気を取り直し、顔を引き締めて敬礼すると、鈴木准教授がニヤリと笑いながら近付いてくる。
『「加藤太郎君」も、バージョンアップしておいたからなっ! 期待してくれっ!』
「ありがとうございます、鈴木准教授」
鈴木准教授は、例のジュラルミンケースを開く。
ケースの中には、見慣れたミニパソコンと六枚のメモリーカードが、衝撃吸収材にハメ込まれてあった。
今回新たに追加された二枚を足して、メモリーカードは八枚になったってワケだ。
私は新しいメモリーカードを、早く挿してみたくってウズウズした。
『とりあえず、挿してみれば分かる』っていう、紫のメモリーカードも楽しみで仕方がない。
でも、任務以外で、挿すわきゃいかない。
「分かったら、さっさと行って。私だって、いつまでも君に構っていられるほど、ヒマじゃないんだよっ」
警視正が野良猫でも追っ払うように、シッシッと、私に手を払った。
「はいはい、分かりましたよ」
私は半眼で肩を落としたが、気を取り直してタロちゃんを呼ぶ。
「行くよ、タロちゃん!」
『はい、穂香さん』
無表情のタロちゃんが、いつものように返事をする。
ああ、この声だ!
この声が、どれだけ聞きたかったことかっ!
感極まって、目に涙が滲んだ。
少しでもお楽しみ頂ければ、幸いに存じます。
もし、不快なお気持ちになられましたら、誠に申し訳ございません。