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嫉妬と気遣い

「え?ヒメカちゃんってこの家に住んでたことがあるの?」

次の日、予定通りヒメカが家に来た際にあまりに手慣れた様子で動く彼女を見てふと出た疑問に対する回答がそれだった。

「二年前ぐらいかな、他にも何人かいてそれでここに暮らしてたんだけど流石に皆独り立ちしたくなってさ。それでお兄ちゃんがここの管理を引き受けてくれてるから、たまーに遊びに来てるんだよ。私は、大体半月に一度くらい?」

「ふ~ん、じゃあもしかしたらショウ君が紹介しなくても会ってたかもしれないんだねヒメカちゃんと」

「う~んどうだろう?お兄ちゃんに紹介されたから最初私のことあっさりと受け入れたでしょ?まあ正確に言うとちょっと状況違ったけど……。逆にお兄ちゃんに何も聞かされていないのに家に入ってきたらイアちゃん怖いだろうし、多分来るなって事前に言われてたと思うよ」

(うわ、凄い信頼。ショウ君からだけじゃなくヒメカちゃんの方からもこれか~)

ショウがヒメカを紹介しようと判断した時も凄かったがまさかの双方向とは予想外だった。確かにショウの頭の良さに関しては既にイアも信用を置いているが、それでもここまではっきり宣言できるほどになるまでには一体どれほどの積み重ねがあったのだろうか……。

見ていて思わず妬けてしまいそうなほどだった、ヒメカにではなくショウに。せっかく仲良くできそうな子が、女として憧れの要素の詰まった彼女が最近自分とも多少仲良くなってきた気がするとはいえショウに全幅の信頼を向けているのを見るとどうしても嫉妬の念が湧きあがってしまう。

別に自分だけ見ていてほしい、自分こそが最上であってほしい、なんていう病んだ発言をする性質ではないが友達未満の知り合いにぶっちぎり一位の座を取られていたらモヤッとした気持ちがある。

ヒメカからショウへの好感度を100とした場合、イアからヒメカへは40、ショウへは12といったところだろうか。ちなみにショウからイアへは3、ヒメカからイアへは5である。兄妹揃ってイアへの好感度はギリギリプラス程度でしかない。

ただしこれに関しては寧ろマイナスでないだけで相当甘い評価をされている。ファンタジーな存在を無条件に喜べるほど頭が軽いわけでも、美少女だからと問答無用で受け入れられるほど性欲旺盛なわけでもない二人にとって人間よりも高性能の吸血鬼という存在は警戒の対象でしかない。

イアがどれほど善良な精神性だったとしてもその存在が問題であり、そして社会が個人の人格など考慮しないことは今までの歴史が示している。イアに対して悪感情こそないものの、正直イアの人格なんて後回し、というのが現状だった。

群れとしての性能を優先した進化経路を辿った人間よりも、個としての性能を優先した吸血鬼の方が心に寄り添うように努力している姿は何とも皮肉的な光景だった。あくまで外見は三人とも人間であることは言わないお約束、というやつだが……。


とはいえそんな事情はイアにとって知る由もなく、しかし自分がショウよりも遥かに下であるという事だけは痛烈に感じていた。ヒメカの好感が自分に向いていない嫉妬だけでなく二人の間に入れないという疎外感。

何よりも自分は彼らとはどうやったって違う、自分は今後彼らと親しくなることは難しいのではないか、という不安がごちゃ混ぜになって胸の内を覆いつくそうとしていた。

これがただの他人と上手く関係を築けない、だけならばここまでイアも思い悩むことはなかっただろう。ヒメカだけでなく、ショウもまた中途半端に仲良くなってしまったことが寧ろイアに種族差による孤独を強く意識させていた。

仮にイア自身がこの感情を上手く言語化できていたのならば、二人に発信して解決することができたかもしれないが、理解できないからこそ不安は増すという悪循環に陥り膝を抱えてふて腐れることしかできることがなかった。

「あ、そうだ八。頼みたいことがあったんだが、イアちゃんの服とかそういう女性に必須なものを買ってきてくれ。私じゃ何が必要なのかも分かんないし、イアちゃんと二人で行ってきてくれ」

「ん?ん~、ああそういうこと。オッケー、私は大丈夫。イアちゃんもそれでいい?」

「え、あ、うんもちろん!すぐに準備するから待ってて!」

願ってもない状況に一も二もなく即座に了承し、全速力で部屋に戻ってドタバタと音を響かせる。そんな様子にヒメカはクスリと笑いながらショウに視線を向ける。

『相変わらずの気遣い力、流石だね。そこで自分で何とかしようとするんじゃなくて私に任せるのがお兄ちゃんらしいけどね』

『どう見ても私よりもお前の方が彼女からの好感度は高かったからな、適材適所ってやつだよ。それにあくまでお前が必要なのはただの事実だ、女子用の買い物に私が付き合うのは色々面倒なことになりかねないからな』

『フフ、でもわざわざ買う必要もないでしょ?私の余りものを持ってくればいいだけだしね。あの子の事そんなに気に入った、てわけじゃないだろうし私のためか。家特定されないように気使ってくれたんでしょ、ありがとね』

「ハア。どうでもいいけどお前もそろそろ出かける準備しておきな、日が暮れるの早くなってきてんだし仮にあの子絡まれたら加減できそうか?」

「アハハ、それは確かに。分かった、できるだけ早く帰ってくるようにするよ。夕食はお願いしていい?」

「はいはい、買い物の金出してもらう分豪華にするよ。期待しとけ」

*************

「それじゃあ行ってくるね、御馳走よろしく」

「い、行ってきます」

「はい行ってらっしゃい。ナンパされても殴り倒さずに逃げるだけにしておくんだよ」

「し、しないよ!」


街を大手を振って気ままに歩く、そんな経験はとても久しぶりであり誰かが隣にいるというだけでイアにとって心躍るものだった。正直放浪生活が長すぎて自分でも何が必要なのかとか分かっていないが、ただお出かけができるというだけでとてもワクワクしていた。

「とりあえず、可愛い服をいくつか見繕おうか。お兄ちゃんの服を着るのも似合ってたけどやっぱり女の子らしい格好の方が良いもんね。っと、ん?」

手慣れた様子でイアを先導しようとしたヒメカだったが、突然振り返って背後を見る。数秒キョロキョロと見まわした後、数秒前と同じ明るい雰囲気に戻ったがそれでも山猫のような鋭い視線は何故かイアは忘れることができなかった。


(ん~、どっかから視線を感じたんだけどすぐに隠れられちゃったか。久しぶりすぎて即座に振り向いたのは失敗だったなあ、警戒して今後は軽々とはやってこないかも。でも私もイアちゃんも目元はサングラスで隠してるし帽子被ってるんだけどなあ)

ヒメカ自身これまで何度もストーカー被害にあっているが、その分多少の変装で案外大抵の人が騙せることも理解していた。だからこそ、家を出て五分経たぬ内に感じたことに不吉なものを感じる。

(それにどっちかって言うと私じゃなくてイアちゃんの方を見てた気がするんだよなあ。まあ黒髪よりも金髪が趣味な可能性もあるから気にしなくてもいいかもしれないけど、私の反応を見てすぐに隠れたりとかなーんか尾行し慣れているというか素人くさくない気がするんだよなあ。厄介な事態になるかもしれないし念のためお兄ちゃんに連絡投げておくか)


「?どうしたのヒメカちゃん?」

「ああごめんごめん、気のせいだったみたい。それよりもほら、早く行こ。買うもの多いからゆっくりしてたら時間足りなくなっちゃうよ」

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