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「わあー可愛いね、君どこの学科?名前は何さん?良かったら」

「ちょっと男子、この子怖がってるでしょ引っ込んでなさいよ。ごめんね男どもがうるさくて、うちの大学ってホント碌な男がいないんだよね」

「ああん?てめえらには言われたくねえよ、八重さんを見習えアホども」

「はああ?!あの人は別格でしょうが!理想ばっか高いからモテないのよあんたらは!」

(何で、こんなことに……)

男女問わず囲まれて騒がれたと思ったら唐突に目の前で罵り合いが始まり、疎外感と心細さを禁じ得ない。見た目が良いからと言って突然騒いだり無遠慮に距離を縮めようとせずに理性的に接してくれたショウがどれだけありがたかったのか嫌な形で実感する。

改めて考えるとショウは最初こそ馴れ馴れしいと感じたが、それ以外ではこちらへの配慮を忘れずある程度一定の距離を保とうとしていた。吸血鬼だと知っていて警戒していたというのもあるのだろうが、今下心満載で話しかけられているのに比べて配慮に行き届いていたのだと感謝の念が湧いてくる。

しかしそのショウはつい三分前にお手洗いを探しにどこかへ行ってしまった、顔を見られてしまってからせいぜい一分ほどしか経過していないのにここまで喧しくなれるのは人間の業なのかそれともシンプルに彼らが飛びぬけて愚かなのか……。

どちらにしても吸血鬼の耳にはキンキン響いて不愉快極まりない、逃げようにもここで待ち合わせをしている以上相手の顔も知らないしショウと合流できるかも分からないため不用意に動くのは危険すぎる。

それに吸血鬼の脚力を見せてしまえば、今のような好意的な盛り上がりではなく人外として冷めた目で騒がれることも想像がつく。正直他人にどう思われようと気にすることはないが、それでもわざわざ自分から悪い立場に立ちたいとも思わない。

かといって彼らを収めるような話術もノリの良さもイアにはない。今できることはただこの状況になった原因を思い返しながら、ショウが一秒でも早く帰ってくるのを祈ることだけだった。


*************

「えっと、別に特に用事とかはないけど……。どうして?私のことはあんまり他の人に言う気はないんじゃないの?」

あまりにも唐突な話題転換に戸惑いながらショウに尋ねる。たった一週間程度とはいえショウは今まで誰かにイアの件に関して手助けを求めることはしなかった、実はこっそりやってたかどうかは分からないが、少なくとも誰かと会わせようとすることはこれが初めてだった。

「う~ん、いやまあ単純な話血が足りない。正直あの量を三日四日のサイクルで吸われてるといつか破綻しそうだからさ、突然で申し訳ないけどもう一人追加したいんだよね。絶対必要かって言われると微妙だけどこのままじゃ不安だからさ」

(あ、想像以上に切実な理由だった。確かに倒れなかったからってそれを続けて大丈夫かは別だもんね、無理して心配かからないようにって余裕を持とうとしてくれたのかな)

実際のところは心配がかからないように、なんて考えはせいぜい一割もないが余裕を持つために一人で無理するのではなく即座に人に頼ろうとした判断はイアにとって寧ろ安心できるものだった。

倒れてしまう危険性があると、安心して血を飲むことができないからというのも無いわけではないが、それ以上に多少なりとも関係性を持った相手が体に不調を訴えても何も思わないほどイアは冷血ではなかった。

「知らない人紹介されて不安なのは分かるけど、まず信用できるから安心して。吸血鬼だからって冷たく接するような奴じゃないし、口の堅さも私が保証する。あいつ女だし何なら私よりも話しやすいかもね」

一ミリの曇りのない全幅の信頼を見せられて思わず面食らってしまう。極端な言い方をすれば人外の化け物に会わせるというのに、全く問題がないだろうとここまでハッキリと断言できるなどどれほどの信頼関係なのか。

果たして両親が生きていたとしてもイアにそこまでのことは言えたのかは自信がない、それほどまでに信じられる人がいるということは少し羨ましく思えた。

そもそも原因からして自分との食事を安定させるための提案なのだ、断る理由はイアにはない。特に悩むこともなく頷いて肯定の意志を示す、もとより反対する要素すらなかったので寧ろ久しぶりの同性との会話に期待しているまである。

それから日が変わり天候が曇りであることを確認したのがおよそ一時間前、確か10時だった。家から歩いてショウが通っているという大学までたどり着いたのが五分ほど前だった。

待ち合わせ場所だというベンチに座って二人で待っていると、ショウがお手洗いに行って一人ぼっちになってしまった。まあせいぜいかかっても五分かそこらだろうと考え暇を持て余してボケっとしていたのが問題だった。

日避け兼顔隠し用に被っていたつば広の帽子が、突然吹いた強い風に飛ばされてしまい人前で顔を見られてこの有様だ。普段なら飛ばされかけても即座に反応して抑えられただろうに、あまりにも自業自得過ぎて自身を囲んでいる彼らに怒りすら湧かない。


「ちょっとちょっと、何やってるの皆落ち着きなさい。その子困ってるでしょ、ほら離れて離れて」

後何分で帰ってくるのかも分からないのに、現実逃避に頭の中で一秒ずつ数えて縮こまっているとケンカしている奥から救いの手が舞い降りて思わず顔を上げて見てみると、そこには全く知らない女性が立っていた。

まず最初に抱いた感想はショウじゃなくてガッカリ、でもまた知らない人が増えて怖い、でもなく綺麗な人だな、という感動に近いものだった。

流れるように長い黒髪に切れ長だが大きな黒目、整った顔立ちに自分よりも良いプロポーション、何より上手く言語化できないが纏う空気というか雰囲気のようなものがどこか惹きつけられるものがある。表情のせいか声のトーンのせいか、理由ははっきりとはイアには理解できないが、とにかく一目見て彼女は悪人ではないと判断できる何かがあった。

「ごめんね、ちょっとその子と秘密で話したいことがあるんだ。悪いけどここは私に譲ってくれる?」

「は、はい!すいません八重さん,失礼します!」

「じゃあまたね姫ちゃん、ほら行くよ男子!」

よほど彼らに慕われていたのか、たった数秒であの喧しい騒ぎを鎮めて解散させてしまった。こんなどうでもいい場所でリアルな凄いカリスマを見た瞬間だった、歴史の偉い人とかってこんな感じなのかなと不意に考えてしまう。

隣に座る所作を見るだけでどこか自分とは教養のようなものが桁違いなのだと理解できる。一つ一つの動作に品があるというか、同じ女だというのに見ていて何か感じるものが抑えられない。

(私に話があるって言ってたけど、なんだろう?もしかしてあの人たちを遠ざけるための嘘だったりしないかな?)


「金髪に赤い目、あなたがお兄ちゃんの言ってたイアさんだよね。話に聞いてた通り凄い美人さんだ、あの子たちが騒ぐのも分かるかも。ただうっかりさんなのかな?簡単に顔見せちゃうのはこういうトラブルだけじゃなくて吸血鬼ってバレちゃう可能性もあるから気を付けないとね」

彼女の立ち振る舞いに魅了されて甘いことを考えていた時だった。吸血鬼、という言葉を聞いた瞬間全身の血を飲まれたかのような寒気を覚える。

(どうしてそのことを!?今まで私のことが知った人はもう大体死んじゃったし、こんな人今まで見たことが無い。待って、このタイミングで私のことを知っている人っていえば)

「あなたってもしかしてショウ君の?」

「うん。私の名前は八重(やえ) 姫花(ひめか)、九 傷の妹です」

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