ヘビの問答
「え~、報告です。父さんから連絡が来ましたが、ざっくり一か月後になりそうだそうです。はい、何か質問は?」
「はいお兄ちゃん、具体的にどれぐらいの規模になりそうなの?流石に十人単位だったらどうしようもないよ?」
「いい質問ですね八君、それに関しては場所が場所なので恐らく最低限の人数だろうと考えられます。精々4、5人ぐらいでしょう。けどその分精鋭ばかりだ、話だと私達と同類が一人いるとか。とはいえ流石に一位レベルのバグは来ないのでそこは安心して」
「はいお兄、そこまでするってことはやっぱりイアちゃんのことラブなんですか?」
「ヘビ、そこのろくでなしを縛って口にガムテ貼っとけ。私がそういうことができるわけないって理解しているのに口にするのは情状酌量の余地なし、これで私がイアちゃん大好き~とか言ってたら心配するのむしろお前らだろうに」
現在の時刻は14時、イアはまだ自室で寝ている中四人は何やら秘密の会議をしていた。ウナギはその呼び名通り縛られながらビチビチとのたうち回っているが、三人とも完全に無視して話を進めている。
「家には私がいるからお前らは他よろしく、バレたくないし近くでやるのは最小限にしたい」
「了解兄様、ですが僕たちを抜ける相手となるとそれ相応の相手になるのでは?実力だけを考えるならそこのバカの方が……」
「ん~~、言いたいことは理解しているけどこれに関してはぶっちゃけ私の私情が入ってるからな、一番の危険は私が担当したい。それに、切り札込みなら一位以外に私に勝てる奴はいないだろ?」
「っ、でもそれは……」
ショウの言葉を聞いて暴れていたウナギも含めて全員が押し黙る。気まずい空気に思わず八もヘビもウナギでさえ何と返せばいいか、口をパクパクとさせることしかできない中で当のショウが笑ってその空気をぶち壊した。
「ハハハ、冗談冗談安心しろ。優先順位を間違える程耄碌してはいないよ。『いのちだいじに』、それは体だけじゃなくて心もな。なんならお前らも死ぬと思ったら逃げても責めんぞ」
それぞれ三人の肩を軽く叩いて朗らかな笑顔を浮かべる。勿論そんな行為で彼らの心情が好転することは微塵もないとは理解していながらも、それでも無駄な事を行ったのはかすかに存在する兄心だという事にしておいて欲しい。
「まあそんなわけで今回は解散、連絡が来たらまた呼ぶので各々準備するように。じゃ私五限あるから行ってくる、後よろしく」
そう言うとこれで話は終わりと返事も聞かずに、テキパキと準備をしてあっという間に家を出て行ってしまう。残った三人はほんの少し悩んだ表情を見せていたが、それも十秒未満。それぞれが自分の考えを即座にまとめ行動を開始した。
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「んうっ、おはよ~。あれ、ショウ君は?」
「ええおはよう、イアちゃん。兄様だったら今大学に行っていますよ」
「ああそっか、そういえば今日は午後だけ授業がある曜日だった。まだ頭はたらかないな~」
目をこすりながら冷蔵庫から麦茶を取り出して喉を潤す。リビングにはヘビ一人、他の二人はバイトと夕飯の買い出しで外出している。
率直な考えを出すと、イアにとってヘビはウナギ以上によくわからなくて興味のない相手だ。同じ女の子として憧れでもあり大切な友人でもあるヒメカ、途轍もなくウザいけどその分口も軽いウナギと比較してヘビはイアに何の恩恵ももたらしてない。ウナギの手綱役程度の印象でしかない、そんな相手と同じ空間にいれば気まずくも感じる。
「えっと、わたし特に用ないし部屋戻ってるね。それじゃ」
「ちょっと待った」
そしてその気まずさを取り繕おうともせずにそそくさとその場から去ろうとするイア、ヘビはその肩を掴み強引に引き留める。
「少し聞きたいことがあってさ、少しお話ししようよ。」
「ウナギから聞いたよ、あのバカが余計なこと言っちゃったんでしょ。ごめんね」
「ああいや、うん。わたしも多分、そうなんじゃないかとは思ってた話だったから。むしろショウ君が気づいていないだろうって教えてくれただけ良かったよ」
もうヘビが当たり前のようにイアの内心を知っていることにイアも驚かないが、逆にヘビの方は少し驚いていた。ヘビ自身は恋愛をしたことがないが、恋愛感情を見抜かれるっていうのはそれなりに羞恥の伴うものだと認識していたので、ヘビから暗に指摘されてもほとんど反応しなかったのは意外な事だった。
「それで、聞きたいことってなに?」
「まあそこまで複雑な話じゃないんだけど、君は優しいってこと以外で兄様の事を一体どれだけ知っているの?何をもって兄様を好きだと判断してる?」
「え?」
「兄様の抱えてる事情ってのは多分君の想像しているよりも何倍も複雑で残酷だ、僕たち家族からすればハッキリ言って軽々に踏み入って欲しくない。けど、君が兄様を好きだというのならいずれ触れざるを得ない話だ。その時、ただ兄様が優しいからってだけで近づいたような軽い人の覚悟で受け入れられるとは到底思えないんだよ」
悪意とは少し違う、安い言葉を使うのならこれも愛情の一つだろう。ショウに近づくにふさわしいか否かを選び拒絶する、そのための言葉選び。察しのさほど良くないイアでも理解できるほど、今のヘビの言葉にはそれだけショウへの親愛とそれに近づくイアへの警戒が込められていた。
ただ、残念ながらイアはその深い愛を納得させるだけの答えは持ち合わせておらず、内心焦りまくっていた。
「わ、わたしがショウ君を好きな理由、優しい以外で……。う~ん、出てこない。いやっ、優しい以外でも良いところはたっぷり知ってるんだよ?でもどこが好きかって言われたらそれが一番にあって、正直それ以外は出てこないっていうか。というか何かまだ事情隠してたの?それすら知らなかったんだけど」
教えられていないんだから知らなくて当然、子供のような理屈だが実際どうしようもない事実だろう。よくある業務内容などとは違い、人間関係のプライベートな事情など積極的に聞きに行って関係を破綻させる恐れもある以上気軽にできることでもなし、そもそも演技やポーカーフェイスに長けたショウが断じて漏らさないよう細心の注意をしていたのだ。空気を読む能力は小学生にも劣るイアに察しろという方がどだい無理な話である。
「あえて言い方を悪くするけど、今のところ君の存在が兄様に与える負担というのは正直とてつもない。ただでさえ戸籍もなく身元もない女の子なのに、その上吸血鬼ときたもんだ。その存在を隠すのに肉体的にも精神的にも相当な労力が必要になる、二人してどれだけ自覚しているのかは別としてね。かつ少なくとも兄様にとって恋仲というのは十中八九喜ぶべき存在じゃない、そんな中で君は一体兄様に何を返せる?」
「っ!それは……」
言外に、ショウにとってお前は邪魔な存在でしかない、そんな恋など諦めろ、と告げられ言葉が詰まる。ショウから離れろ、とまでは言わないのはイアがショウから離れることはヘビも好ましく思っていないことの証左だろうが。
イアは何も返せない。ショウと一緒にい続ける、このことに我欲以上の感情は一切混ざっていないからだ。ショウの幸せのためだとか、自分がショウの事を絶対に幸せにして見せる、だのそんなチープな理想論すら考えたことはない。全て自分が、ただそうしたいと考えたからなだけ。ただ漠然とショウのことを好ましく思い、添い遂げたいという感情が湧き上がっただけで、愛情と表現するのすらおこがましく思えるものだ。
思わず本当に自分はショウとの恋など諦めるべきなのでは、という思考が過り口をパクパクとさせるイアの姿は酷く弱々しく小さく見えた




