好感度稼ぎ
「……ムカつく」
新たに同居人が増えて早一週間、イアは自室でむすっとしながらベッドの上で体育座りをしていた。
「どしたの、そんなにウナギが嫌い?まあ初対面で随分はっちゃけたらしいから仕方ないけど、別にそう悪いやつじゃないよ?」
「そうじゃないんだよヒメカちゃん、そうじゃないの。確かにあいつは好きじゃないし、何なら嫌いだけどショウ君のお願いだからね。わたしが文句を言う資格はないの、わたしは大人だから駄々こねて迷惑をかけたりなんてしないの」
ヒメカはただ単にイアはウナギが嫌いだからピリついているように考えたようだが、他ならぬショウの頼み事だったからとはいえ一度許可した以上その程度の理由でぶつくさ言うのはイアのプライドが許さなかった。なら一体何がそんなに気に食わないのかというと……。
「ウナギ君、普通に有能なのがほんっと腹立つ……!てっきりわたしと同じように役立たず枠なんじゃないかなって期待してたのに、普通に家事とかできるしそこまでショウ君に迷惑がかかってるわけでもないし、それにさあ……」
単純に言ってしまえばただの嫉妬だった。心情的な話を抜きにすると、イアはまだショウに対して何も返すことができていない。せっかく少しでも、と思ってウナギと戦った時も手も足も出ず、かつ完全に無駄骨だったことで彼女の自己肯定感は地に落ちた。
そこで彼女は不健全ながらも、{ウナギがダメである}ことに期待して精神の安定を図った。自分が低いなら同じく低い存在を見ることで自分は問題ないと思い込む、決して良い手法とは言えないがそれでも彼女にとっては自分がショウと一緒にいて良いと納得するために必要なことだった。
だが思惑は外れ、想像以上にウナギは優秀だった。いくら戦闘特化の教育を受けたとはいえ、その他の全てにおいて欠けていてはそもそもまともに戦闘行為ができるわけがない。現代兵器相手に基本的に人間の身体能力だけではどうやったって勝てないし、罠や毒などいくら戦闘能力が高かろうと全く無意味にするものなど腐るほどある。深く考えなくても脳筋の無能なわけがなかった。
嫌いなやつ、かつ周囲を困らせていると事前評価を散々受けてのこれは大いにイアの劣等感を膨らませた。加えて、
「ショウ君と普通に仲いいじゃん、あいつ。距離近いしお互いに遠慮ないし、それにショウ君普通に荒い口調で話してる、わたしまだちゃん付けなのにさ~」
「あはは、それは仕方ないけどね。何せ関わってきた時間が違う、私達は物心ついた時には既に一緒にいたもの。寧ろイアちゃんに負けたらショックで寝込んじゃうよ」
「それは分かってるけどさ~~」
単純計算でイアの200倍以上の時間をショウと過ごしているのだ、ここで勝てると思ってる方がおかしいし、彼ら以上に自分が仲良くなれてしまったらその方が複雑な気持ちになることは重々承知の上で無性に苛立たしいのが複雑な乙女心だった。
「というか、ふ~ん?なんとなくそうなんじゃないかなあとは思ってたけど、やっぱイアちゃんってお兄ちゃんの事好きなんだ?家族としてなのか恋愛対象としてなのかあえて聞かないけど……」
「むぎゅっ!」
好き、というワードだけで動揺して変な声が出て動揺してしまう。彼への想いは自覚できた、一応、多分、断片的には……。だがそれで羞恥の感情が無いかと言われたらそんなわけない、寧ろ理解できたからこそ恥ずかしい。
ヒメカが恋と断じてくれないでいてくれて本当に助かった、もし明言されてしまったら二週間はショウの顔を見れない自信がイアにはあった。ただ、これに関してはヒメカもただイアに対しての配慮だけで口にしなかったわけではないが……。
「っごほん!とにかく、こうショウ君がわたしに対して好感度爆上がりで感謝感激な秘策なんてない?」
咳ばらいをして誤魔化したつもりのようだが、その後の発言からしてショウに好かれたいと思っているのは丸わかりなのだがヒメカはそこを気づかないふりをして質問の返しのみを考える。
「といってもね~、言い方キツくなっちゃうけどイアちゃん何ができるの?って話なんだよね~」
「うぐぅ!」
吸血鬼なので当然だが、イアは人間社会で評価される技能のほとんどが欠けている。家事もできない、コミュニケーション能力も低い、戸籍や学歴がないから仕事するのも難しい。知識が豊富なわけでもなければ、基礎知力が高いわけでもない、というか低い。手先が器用なわけでもなければ特別な技能などほとんどない、そこいらの引きこもりニートの方がまだネットなどの扱いに優れている。高い身体能力が役立つ場面なんてごくわずか、そもそも人目に出すのを避けたいのでスポーツ選手などもっての外だ。
「厳しい言い方をしちゃうとイアちゃんができることのほとんどは人間社会じゃ意味のないものだもの。身体能力も活かせる環境を作ってこそ、まあ強いて言えば牛乳配達とかその手のやつぐらい?でもあれだって身分証明書必要とされることはあるし、固形物食べれないからよくある手作り料理なんてことも難しいし……」
「ふぎゅうっ!!」
手加減なく鋭い言葉だが、悲しきことにそれは疑いようのない事実なのでイアも二の句が継げず悲鳴だけしか上げられない。ちなみにヒメカがここまで遠慮なく言うのにも当然理由はあり、その理由は姑の嫁いびりに近いものだった。
当然だがヒメカにとってもショウは大切な家族だ、諸々の理由でショウ自身イアとの今の関係を維持したいのは理解しているので多少の浮ついた気持ちでショウに迫るのは避けてほしいのだ。勿論ショウがいくらイアから迫られても理性で跳ね返せるだろうという信頼はあるのだが、下手にショウから拒絶されてイアがこの家から去ってしまうような事態だけは避けたい。そのために自分からショウへの想いを諦めてほしいという、どこぞの物語の悪役でも考えそうなものだった。
「ん~、お金は稼げるけどさ~。ショウ君が好きなものとか全く分かんないし、何より贈り物でご機嫌取りってなんか浅ましくない?こう物的じゃない絆っていうか、単純にわたしを魅力的に思ってほしいっていうか……」
「へ?」
至極当然のようにそもそもの前提を覆しかねないイアの発言にヒメカが気を取られている最中に、とてつもなく傲慢で贅沢な望みを隠さずに吐露する。よほどの熟年夫婦でも記念日などには贈り物はする、彼女の言う通りプレゼントで好意を得ようとするのはホストなどに貢ぐような感覚があって気が引けるのだろうがそれでも思い出の品など物品が絆を深めることは多々あることだ。それを蔑ろにしている時点で恋愛感情というものにとてつもなく高い理想を抱くと共に肝心のメソッドに関してはスッカラカンなのがよく理解できた。
その前の言葉も大変気になるところだが、迂闊に踏み込むと吸血鬼的非合法な手法が飛び出しそうで怖いのでいざという時の対処はショウに丸投げすることに決めたヒメカ。いざという時一番イアを止められるのはショウしかいない、なんて言い訳を心の内で呟きながらイアの望むような好感度稼ぎの方法を考える。
「えっと、じゃあ洗濯のやり方でも教えようか?料理はできないし、掃除はお兄ちゃんの部屋のは自分でやりたいだろうからあんまり実感はないだろうから。基本的なことなら洗濯機に放り込むだけだから簡単だし、成長していけば一人になっても使える技術ではあるわけだしさ」
「むむぅ、じゃあそれで。お手柔らかにお願いね?」
一瞬顔をしわくちゃに歪めたが、渋々と言った様子でヒメカの提案を受け入れる。いくら努力嫌いだと言っても程度と必要性次第だ、大切な友人であるヒメカから教わることができるとなれば多少の苦痛は受け入れられる、ショウに感謝されるという目標を手軽に果たすことができるというのもあって我慢できた。
ちなみにその洗濯物を巡ってまた少し荒れるのだが、それはもう少し後の話だ。




