新しい兄弟
とりあえずあの後四人はショウの家に戻り、イアはソファで横になって体を休める。ヒメカも合わせて五人でリビングに集まり、神妙な空気を漂わせていた。
「いや~ごめんごめん、つい我慢できなくてさ。悪い癖なのは理解してるし、やり過ぎない程度に加減できる自身もあったんだが、あそこから反撃されると思ってなくてつい能力使っちゃったんだよ。なんかはじめっからかなり足腰に疲労溜まってたみたいだったし、つまりここまでのダメージを負ったのは大体俺のせいじゃなくない?というか彼女をそこまで疲れさせたお兄のせいじゃあああああああ!?」
漂わせていたはずだったのだが、ソファの大きさはイアが横になると微妙に小さいので、元フード男はショウから罰として四つん這いになって足置き場になることを命じられて今に至る。ちなみに今の絶叫はショウが失言を罰するために床につけている手を勢いよく踏みつけたが故に出たものである。
「お前は本当に、どうして自分から進んで悪手を選んでいくのか……。最低限の理性と最大限の打算込みだから今までもギリギリ問題なかったけど、仮に何かしら本気で何かやらかしたら僕は絶対に庇わないぞ。というか本当に一度でいいから痛い目見てほしい、毎度毎度戦闘能力的についていけるの僕ぐらいだから付き合わされてフォロー入れるのほんっとうに面倒だし死ねとまでは言わないけど致命傷の一つぐらい……」
そんな彼に対して慰めるどころか言葉のナイフで切りかかるのは先程彼を殴りつけてイアを助けてくれた、ショウからヘビと呼ばれていた方の青年。髪は日本人らしく黒髪だが目は確かにヘビのように瞳孔が細く鋭いように見えた。顔はショウとは似ても似つかず、ショウが中性的な顔つきで植物のような穏やかな雰囲気があるのに対して、彼は体格は瘦せぎみで覇気のようなものは感じないが口元から除く鋭い八重歯のせいかどこか危険な香りを漂わせていた。
「っと、そういえば自己紹介をしていなかったね。僕はそこの九位と八位、じゃなくてえーっとショウとヒメカと同じ生物兵器だ。序列は三位、名前は三ノ瀬 巳葵で通してる。あだ名はヘビ、よろしくねイアちゃん」
「あ、うん。吸血鬼のイア・バーミリオンです、よろしく」
ショウやヒメカと同じように偽名である以上、ミキを本名だと考えるか寧ろヘビが彼の名前だと思うかは迷ったがとりあえずショウに倣ってヘビと呼ぶことにする。ショウの時以上に丁重なヘビの挨拶に思わず面食らってたじたじになってしまい、返答が淡白なものになってしまった。
「そしてそこの大馬鹿が嘆かわしいことに二位、双海 辰、と言ってもウナギとしか呼ばないけどね。まあつまり……」
「俺が実質最強というわけだね!そうなるために育てられたんだから当然と言えば当然だけどね!」
「きゃっ!」
突然そう叫びながら勢いよく立ち上がったせいでイアの足もほとんど垂直になるほどに跳ね上がり、でんぐり返ししそうになってしまう。慌てて足を戻そうと凄まじい勢いで両踵落としをしてしまうが、それを読んでいたかように片腕を頭上に掲げ吸血鬼の身体能力で放たれたそれをあっさりと受け止める。一般人よりは遥かに身体能力の高いショウですら、イアの一動作には気を使っているというのに特に意に介した様子もないのはなるほど最強というのも頷ける。
「俺は他の九人とは違ってスパイとしてではなく、単体戦力としての強さをメインに教育を受けたからね。その分万能性も理性もその他エトセトラほとんど皆には劣る、ただしその分戦闘能力に関してはぶっちぎりでね、つまり俺が最強と言って問題ない」
金という程の光沢はない、黄色の髪をかき上げまん丸黒目をキラキラと輝かせながら勝ち誇ったような良い笑顔をウナギは浮かべる。それは根拠のない虚勢などではなく、真実故の強固な自信だった。
「言ってることは腹立つことに事実だが、それを理由に欲望のままに行動するのマジで止めろ。一人の時はキチンとやることこなして、理性的にできるのが一番ムカつく」
「あがああああ!」
ドヤ顔で自身が強いことをこれでもかとアピールするウナギに対して、珍しく怒気を放ちながらアイアンクローをするショウ。絶叫するウナギだが、日常茶飯事なのか誰も止めに入らず寧ろニヤニヤしながら見ている姿は確かに家族のそれのようであった。
「ってあれ?その序列?って強い順、だったよね?なら一番強いのはえっとウナギ君じゃなくて、一位なんじゃないの?あ、でもそれって能力の強さであって本人の強さはまた別なんだっけ?」
ふとした疑問を投げた瞬間だった、全員が口を噤み場が一気に静まりかえった。ウナギとヘビは苦虫を嚙みつぶしたような表情になり、ヒメカはさっきまでキラキラとした笑顔を浮かべていたのにスンッとした無表情になり、ショウですら苦笑いを浮かべて口を閉ざしてしまった。
「……あれを強さとかそういう枠にカウントしたくない。あれは確かに誰相手でも負けないだろうけど、強いから勝てるんじゃなくてあれが勝つのは何ていうか、この世のルールみたいなもんだな。あれと敵対したなら降伏か死か、って類の」
「しかも一番いやなとこがあれの価値観は私たちどころか一般人ともかなり異なってることだよ。方向性は理解できるから対応できなくはないけど、あれがまともに任務で働かなかったせいで何度走馬灯を見たか……」
「一応僕たちと同じように教育は受けてるから知能レベルも高いのが更に性質が悪い、下手な嘘や詭弁は通じないし価値観に反した行動は絶対にしないから脅しとかも意味が無い。上も扱いに困ってたしあれを自由自在に管理するのはそれこそ神しかできないだろうね」
「まあ根が良い子なのは間違いないんだけどね、今私達がここにいるのはあの子のおかげだし。基準も一般人と大きく逸脱してるわけじゃないし、善人であることだけは疑いはない。ただまあその基準があらゆる利益に優先されているから扱いづらいんだけど……」
ポツリポツリ、一人ずつゆっくりとその件の一位に対しての愚痴をこぼしていき、ついにはショウも庇いきれなかったように困った顔をする。実態は全く想像できないが、とにかく彼らからしても受け入れがたい特殊な存在らしいことだけは理解できた。
「まあ一位のことなんてどうでもいいんだよ、とりあえず自己紹介も済んだしこれからよろしくね?なんたって俺達もこれから一緒に住むわけだしな」
「……え、やだ」
唐突なウナギの同棲宣言につい反射的に拒否反応が出てしまった。多少なりとも自信のあった小細工抜きの正面戦闘で完膚なきまでに叩き潰されてからまだ一時間も経ってないのだ、拒否して当然どころか寧ろ今まで穏やかに話を聞くことができていたことを称賛されても良いとすらイアは考える。
「え、え、え??なんでいきなり、やだよ突然。二人きりで生活できてたのに……」
「ん、お兄から聞いてない?いや俺としても二人の愛の巣に割り込んじまうのは大変心苦しいんだがね?俺だけじゃなくてヘビと八の二人も合わせてお願いしたいんだよね、このとーり」
「なぁ!?」
ウナギだけじゃなくヘビとヒメカも泊まるという点も、深々と頭を下げられたことも驚く要因ではあったが、愛の巣なんて言われたことが何よりも動揺を誘った。怒涛のハプニングが襲ってきたせいで忘れていたが、正直今はショウへの感情を持て余している事を思い出し頬が火照ってしまう。
「言い忘れていたんだけど、私からも頼む。ちょっと事情があって三人にはここしばらくうちで生活しておいてもらいたいんだ、嫌だと思うのは重々承知の上なんだが、どうしても必要なんだ。勿論イアちゃんにはできる限り不便はかけさせないつもりだし、ウナギが嫌ならそいつだけ庭に犬小屋でも作って生活させておくから」
「ちょっ、お兄!?」
「ショウ君!?」
ショウからも頭を下げられてイアの困惑は最高潮に達してしまう、心理的には歓迎できないが、そもそも家主はショウだ。今までの経緯からもショウのお願いを断る権利など自分にはないとイアは考えており、大切な友人であるヒメカも来るとなると断ることなどできず、そうなると流石に一人だけ除外するのは良心の呵責に耐え切れないので渋々ながらウナギの存在も許容する。
イアにとっては大変不本意ながら、新たに三人を加えた生活が始まった。




