10月31日の終わり
「ふぃ~、どうして繁華街っているだけでこんだけ疲れるんだろうね~?わたし吸血鬼だから人間よりも体力あるはずなんだけど」
「あー、あれって心理的に他人に警戒しているせいで周囲に無駄に集中しすぎているせいだとか、要するに周囲気にしすぎてるせいらしいよ。詳しい話はあんまり覚えてないけど」
帰ってきて真っ先にイアはソファに飛び込みぐったりと項垂れる。持久力に関しては43.195kmを易々と走破するイアも精神的な負担については慣れていないのに加えて、本来朝は寝ていたはずなのに言わば徹夜したような状態なのも相まって目がトロンとしておりうつらうつらとしていた。
「眠いなら寝ときな、いくら吸血鬼が人間よりも頑丈だとしても疲労は取れる時にとっちゃった方が良いことには変わらない。また出かけたいのなら今のうちに寝といて、その後にしとこ。ほれ、頑張って自分の部屋に行っとき」
「うにゅ~」
ショウの言葉を聞いて渋々ながらモソモソと体を動かして部屋に向かう。既に意識は半分夢の世界にいるのかテーブルやドアにぶつかりながらで不安な動きだったが、何とか自分の部屋にたどり着いたのを見てショウも一安心して自分の部屋に戻っていく。
(仕方ないとはいえ昼間の時間ほとんどなにもできなかったからな、この後も出かけることになるし今のうちに多少はやることやっておかないと。大学の講義は昔既にやっていた内容だからどうにでもなるけど、動画投稿の方は定期更新をやろうとするとかなりの時間をもってかれるからな。少しずつでも進めないと、まったく久しぶりにやることが多いな)
イアが起きてからの行動計画、大学の課題、動画作成のノルマ、残っている家事など短時間にやるべきことが溢れている事にため息をつきながらもその心中に苦痛の色はない。この状況になることを想定した上で彼女に同行したのだ、不満を言う権利は自分にはないと割り切り早々に作業に取り掛かった。
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「ふぁ、あれいまなんじ……」
まだ少し重たいまぶたをこすりながら普段全く使う機会などなく枕元に申し訳程度に置かれている目覚まし時計に手を伸ばして時間を確認すると時刻は既に20時を回っていた。
「うげ、二時間以上寝てたのかわたし。もうショウ君諦めちゃったかな、とりあえず起きよ」
果たしてここまで疲労を溜めてしまったのは本当に人混みや寝不足のせいなのか、それとも彼との買い物に無駄に緊張してしまっていたせいなのか、どちらにしろ彼女の体は想像以上に疲れ切っていたようだった。温かい誘惑を断ち切り布団から脱出しリビングに向かうと甘くて優しい匂いが漂ってきた。
「おはようショウ君遅くなってごめ、ってひょえ!」
リビングに入ってイアの目に飛び込んできたのは、どこかの山姥のごとく包丁を砥石でシャリシャリと研いでは灯りにかざして調子を確かめているショウの姿だった。
「あ、おはようイアちゃん。せっかくのハロウィンだし、私も興が乗っちゃってね。かぼちゃのポタージュを作ってみたよ、この後出かけるにしてもまずはご飯を食べてからにしよ」
「え、あ、うん。その、え?何してるのショウ君、今からどこかカチコミでも行くの?」
「ハハハ物騒だね、いや単純にかぼちゃを切った時切れ味が悪かったから研いでるだけだよ。スパイ時代にナイフとかで飽きるほどやったからね、こんなこともお手の物さ」
「おお~、すっごーい!なんか凄くそれっぽい!」
そう言いながらまるで漫画のように片手で包丁をくるくると自由自在に操る姿を見てイアは目をキラキラとさせ感嘆の声を上げる。だがそれも数秒、イアにしては珍しく勘が冴えているのか今のショウの言葉に違和感を覚えることができた。
「ん?ってことはショウ君ってナイフ使うような任務とかもしてたってことか。そういえば先週あのえーっと、狩何とか君もコテンパンにしてたし、もうバチバチにバトルを繰り広げたりしてたってこと?」
「……まあね。暗殺任務とかもしたし革命家気取りのテロリストと秘密裏に戦ったり、色々やったよ。そこいらの一山いくら程度の格闘家なら能力なしでも勝てるかな。流石に武の最高峰、みたいな人には能力使っても敵わないけど」
つい数秒前の察しの良さはどこへやら、ショウの言葉の裏に気づくこともなくショウがバトルしていたという状況を夢想してかより一層目を輝かせる。彼がそういう任務をこなしていたという事実がどういう意味を持つのか、彼の背景を考えれば気づけないわけではないだろうに……。
「それで、この後どうする?また出かけたいって言うなら付き合うけど」
「う~むむむ、正直に言っちゃうと行きたい、かな。買い物も楽しかったけど、やっぱりわたしにとってハロウィンって特別だから。それっぽいことを沢山したいなとは思ってる、けど」
「けど?」
「でもこんな時間だしさ~、ショウ君に申し訳ないっていうか……。ショウ君明日も学校でしょ?これ以上外回らせるのはやっぱちょっと、なんていうかその、あれじゃない?うん、あれだからさ」
「……ッフフ、そっか。あれか、ならしょうがないね」
「そう!あれだからね、しょうがないの!いや~ほんとしょうがないよね~」
ちなみにイアはこの知能指数低そうな指示語でショウが分かっているだろうと判断してやれやれ、なんて顔をしているがショウの方はあれがどれなのかはさっぱり理解できていない。ただでさえイアの思考に論理的な要素は少ないのにイア自身ですら理解できていないものを読み取れ、なんていうのは源氏物語を見て紫式部の心情を読み取ること以上に難しい。
ただぼんやりと、恐らく彼女が本屋で雑誌を買おうとしたのを断ったことと同じ理由なのかと想像しただけ。そしてショウはイアのそういう部分を尊重しようと決めている、彼女が自分の意志でそう決断したのなら断る理由はなかった。
「ならお風呂入っといで、この後出かけないんなら早めに入っといた方が後で楽なんだし。新しいの沸かしてあるからゆっくり浸かってきな」
「あそっか、分かった。自分の匂いって分かりにくいから気づかなかったけど、わたしの体今わりと汗で湿ってた。やっぱ匂う?」
自然な流れで女子を風呂に勧めるという普通の男女ならば獣欲を指摘され荒れるであろう場面だが、幸いイアは単純なので言葉をそのまま額面通りに受け取り自分の脇や服の内側を嗅ぎながら恐る恐るショウに尋ねる。
「いや、寝てあったかいスープを飲んだんだから汗をかいているだろうなって予想しただけさ。ほれほれ、はよ行ってこないとせっかくの熱々風呂が冷めちゃうよ」
「は~い、じゃ行ってきまーす!」
ショウに急かされドタバタと慌ただしくも軽やかに席を立ち自分の部屋に駆け込み着替えを用意しそのまま脱衣所に飛び込み、数秒後にはバタンと風呂場の扉が閉められた音が響き渡った。
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プルルルル
「はいもしもし、何かあった?…………ああ、イアちゃんが。なるほど了解、声かけておく、教えてくれてありがとう。……ん?それに関しては私今のところ知らないからな、何とも言えないけど、仮にそうだとしてもそもそもその先ができない以上どうもする気はないよ。相変わらず面倒くさい考え方?うるさいな、重々承知の上だよ。…………大丈夫大丈夫、分かってるよ。ただ今回はほとんど必要ないと思う、仮にダメなら自己責任だ、気にしなくて大丈夫。……うん、ありがとう。じゃあまたね、父さん」




