ショウの仕事
「ん?おはよう、もうそんな時間か」
狩刃の件から五日経って土曜日、それまで特に何も起きなかった。ショウはあくまで今は大学生なので平日に何かハプニングが起きるわけでもなく、他の狩刃が襲ってくるようなこともなく平和な日々が続いていた。
あえて言うならイアとショウの距離感は変わったと言えるだろうか。お互いまだ自分から距離を詰めようとすることは中々できていないが、まるで野良猫のように接近を警戒するようなことはなくなった。
言い方を変えれば遠慮が減った。イアはショウに躊躇いなく頼みごとをするようになり、食事のリクエストをしたり物が不足すればそれを相談して追加を用意するよう頼むことができるようになった。
ショウはショウで食事を用意する際に彼女に手伝わせたり、くだらない冗談でからかうようなことが増えた。二人して警戒し合って必要最小限の事務的な会話しかしないような状況よりもよほど健全だろう。
時刻は十四時半、ちょうどイアは目覚め何か飲んで喉を潤そうと考えキッチンに入ると同じことを考えていたのか冷蔵庫の前でショウが立って中を漁っていた。直前まで何か作業をしていたのかイアを見た瞬間初めて現在の時刻を理解したかのような口ぶりで挨拶をしてくる。
「おはよ、ショウ君。麦茶貰える?冷たいやつ」
「はいはい。コップはそこにあるから自分でとってね、っと」
彼の後ろを抜けて乾燥させていたコップを手に取ると、麦茶を入れていたボトルを取り出したショウが注いでくれる。寝起きで乾いた喉に冷たい水分が染み入り爽快感が体に満ちる。
「そういえばショウ君は何してたの?朝ごはん食べてからすぐ部屋に籠っちゃったけど、勉強?それともなんかスパイっぽいことでもしてたの?」
「いや、金稼ぎ。興味あるなら見る?別に見られて困るものでもないし、面白いものでもないと思うけど」
「え、いいの?見たい見たい!」
金稼ぎというとバイトの一環とかだろうか、それとも本当にスパイの仕事をまだ続けているのか。だとしたら暗殺?怪盗の真似事?実態を知らない身としてはまるで小説のようなワンシーンを求めて胸が高鳴っていた。
「うわっ、何もないね」
初めてショウの部屋に入ったが恐ろしく何もない。流石に毎日生活している以上教科書やパソコンなどはあるのでイアの部屋よりは物品の数自体はあるが必要最低限のものしかなく、キチンと整理整頓されているので寧ろイアの部屋よりも地味で寂しく見える。
「特に趣味とかなくてね、仕事すれば金が入るしそっちの方が有意義でしょ?遊んでも仕事しても同じくらい楽しいし、だったら実益がある分仕事するよね」
「ひえっ!」
引くほど社畜精神旺盛だった。今まで一度も仕事をしたことのないイアだが、それでも仕事帰りの疲れ切った父の姿を見て仕事と遊び、どちらが楽かなんてわかり切っている。なのに仕事を選ぶショウに対して恐怖しか湧かなかった。
「まあスパイ時代の名残もあるかもね。国のため、民衆のためって言って身を捧げることは苦痛ではないっていう教育を受けたし、命を懸けた仕事に比べたら全然楽でいいって思っちゃってさ」
「お、重い。重いよショウ君」
「おっと失礼。そんなどうでもいい話は置いておいて、実際私がやってるのは大抵の人から見れば楽だと思うしね。ルーティンワークじゃなくて常に自分で考えて仕事して色んな人からキチンと評価を受けられる、成功さえすれば中々に楽しいよ」
自分の過去に関してはあっさり流しながらそう言ってショウはパソコンを開きタカタカと少し操作すると、見覚えのあるページが開かれた。
「これってYouTube?」
「そ、一応私はこれで動画投稿してお金稼いでいるんだよ。スパイやってた頃に動画編集技術、人心掌握術、それ以外の雑学とかも色々身に着けているからね。思ったよりも伸びてくれて助かってるよ」
ショウからチャンネル名を教えられて慌ててスマホを開いて検索するイア。ちなみにこのスマホはこの五日間の中でショウに暇つぶしに使ってと言われて渡されたものだ、SIMカードを抜かれているので現状家の中とショウの傍でしか使い道がないが連絡手段としてはショウのテレパシーがあるのでオモチャ以上の使い道はない。
「え”、登録者二十万!?しかもほぼ週一更新、もしかしてショウ君物凄い稼いでる?」
イアは詳しくは把握していないが、YouTubeの収入としてとにかく視聴数が多ければお金が稼げて、動画数や登録者数が多いほど見てもらえる、ということは理解している。そして二十万という数字が並大抵のものではたどり着けない数字であるという事も……。
「まあ自慢になるけど一般のサラリーマンとかよりは遥かにね。と言っても一生暮らせるほどでもないし、将来は普通に働くつもりではあるけど。現状この家の光熱費とか水道代とか払ってもなお全然イアちゃんを養えているのはそれが理由、自炊したり娯楽に使わなかったりと他にもあるけど一番はそれかな」
「はへ~、何かかっこいいねそれ。いっぱい稼いでるのに節約はしてるってすっごく良いと思う、ショウ君らしくて」
「……そう。んっとなんていうか、褒められるとやっぱ嬉しいね」
イアからすればいつもと同じように特に何も考えずに口から出た言葉だったが、その一切の邪心のない好意というものを向けられるのはショウにとっては非常に珍しい事態であり数回目を瞬かせた後頬をポリポリとかいてはにかんだような笑みを浮かべた。
その表情に何故か胸をくすぐられるような感覚がしてムズムズする。心臓が跳ね全身に一気に血が巡るような感覚がある、完全に不意打ちで滅多に見ないそんな人間臭い表情をされたらむずがゆくて仕方がない。
「~っ!ま、まあそのおかげでわたしは面倒見てもらえてるわけだし?うん、ちゃんとわたしはそれに感謝してるからね、それが良いって思うのは普通の事だと思うんだ!」
気恥ずかしくなり言い訳にもなっていないような言い訳を口に出しながらイアは明後日の方向を向いてショウから目線を外す、そのため彼がどんな顔をしていたのかは分からないが特に声を出して反応することはなく作業する音が耳に届いた。
「そんなわけで、もしよかったら暇つぶしにでも見てみてよ。理解できるかは、ちょっと判断できないけど」
そう言い終わると言葉を切って会話は終わり、と言わんばかりの空気を発し作業に集中し始める。そうなると部屋にい続けるのもおかしいのでそそくさと退室してリビングのソファにもたれかかり、言われた通りショウの作品を開いてみる。
結果から言うと全く理解できなかった。動画の内容はいわば高校生向けの勉学の解説動画、それも機械音声に話させているだけのもの。言われなければショウが作ったなどとは思いもしなかっただろう。
登録者の数が数なだけに流石に質の方はかなり高く、見やすいスライドや集中を促すBGM、中学生レベルの基礎的な内容まで遡って解説していたので受験生にはうってつけなのだろうが、生憎学問的な知識に関しては小学生にすら劣るイアにはチンプンカンプンで十五分ほどの動画一本の内三分も見ずに理解する努力を放棄してしまった。
(でもそっか、ショウ君だったら簡単にできちゃうよね。だってスパイだったんだから、大儲けするぐらいチョチョイのチョイか)
スパイというものに途轍もない幻想を抱いているイアだったが、実際のところ世界最高峰の教育を受けてきたショウにとって何かを教えるという事は難しい話ではない。少なくともそこいらの教師などよりはよほど分かりやすい授業ができるだろう。
豊富な知識も合わせれば一見博打でしかない動画投稿などという手段も彼にすればバイトなどでせこせこ稼ぐよりもよほど確実で効率が良いだろう。
そんな複雑なことを理解できているわけでは断じてないが、自分にはできない沢山の事ができるショウはイアにとって単純にカッコイイ存在だった。それ以上は彼女自身理解できていないが、とにかく彼の多彩な技能には強い信頼と憧憬があった。かといって真似しようとも理解できるようになろうとも欠片も考えないのも努力をほとんどしない吸血鬼だからなのだが……。
「フフフ、でもこれがショウ君が頑張って作ったものなんだよね。じゃあもうちょっと見とこっかな」
内容は全く理解できないがとりあえず流しているだけで何となく面白く、気づけば夕食の時間になるまで彼のを見漁っていた。




