裏の顔
「あ、お帰り二人とも。お疲れ様、お風呂もご飯も準備万端だよ」
時刻は18時間際、ショウとイアが家にたどり着くとエプロン姿のヒメカがリビングから顔を覗かせた。恐らくショウのテレパシーで事前に事情は把握していたのだろう、ぐったりと眠っているイアを見ても大した反応はしなかった。
「とりあえずこの子をベッドに連れてってくれ、私は風呂入ってくる。いくら軽いって言っても流石にヒト一人を背負い続けるのは中々に重労働だったしね、飯を食べるのはこの子が起きるのを待つとするよ」
「了解。相変わらず変なところで感情的だね、もしかしてイアちゃんの事好きになっちゃった?」
「人としてはな、恋愛的には知らんよ。せっかく助けたいって思えたんだ、こういう感情は大切にしていきたいって思っただけ。そういうのは私にとって大事だからな」
「……うん、そうだね。まったくもう、嫌な空気にしないでよ。少しは丸くなった思ったのに、ほんっとうに性格の悪さは変わらないね」
一瞬眉をひそめた思ったらすぐに呆れたような表情になるヒメカ、それに対してショウはニヤリと口角を引き上げてこう言った。
「信頼しているからこそからかうのが楽しいんだよ、イアちゃんにはできないからね。愛してるぞ~妹よ」
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「む、起きたか。おはようイアちゃん、体はもう大丈夫?」
一時間後、イアは問題なく目覚めリビングに向かうと、そこではショウとヒメカが座って談笑していた。今の時間はイアにとってはまだ人間の昼間なので体内時計が働いたのもあるが、寝てしまったのは精神的な疲労が主で肉体疲労は大したことなかったので短い睡眠でも十分に回復できていた。
「お兄ちゃんから聞いたけど大変だったねイアちゃん、狩刃とか面倒くさいの権化みたいな人に絡まれるとか辛かったでしょ。あの人たち自分を正当化するための理論はしっかり固めてくるくせにそれ以外の他人はわりと無慈悲に攻撃するから嫌いなんだよね私」
「えっ、あーうん。確かに言われて見ればそうだったかも?」
まるで過去に他の狩刃に会ったかのように喋るヒメカ、それ含めて寝て一度冷静になれたことで寧ろ理解できていなかった疑問が山のように湧いて出てきてイアはまず何を話せばいいのか分からず数秒フリーズした。
さっきは精神的なショックと痛みで軽く幼児化したように感情に従って会話していたが、改めて考えるとショウの行動は異常だらけだった。しかしそれを聞いていいのか、どこから聞けばいいのか、即座に判断できるはずもなく口をパクパクとさせることしかできていなかった。
そしてそうなることを予め想定していたのか口元に微笑をたたえながら、自分と向かいの椅子を引いて座ることを促す。
「ほらほら、イアちゃんも座って座って。色々答えることもあるけど、とりあえず一緒に食べよ?血が良ければそれでもいいけど、とにかく腰落ち着けた方が良いでしょ」
「あ、うんそうだね。ご飯はスープで大丈夫、血は昨日ヒメカちゃんからもらったから」
「ほら早く、せっかく温めなおしたのに冷めちゃうよ。作った立場としては熱々美味しい状態で食べてほしいものなんだよ、じゃあ手を合わせて」
「「「いただきます」」」
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「さて、何から話すべきかな。簡潔に説明できなくはないんだけど、イアちゃんの知識がどこまであるのか分からないからさ。理解してもらえるかどうか……」
「う~ん、とりあえず言ってみてよ。わたしも伊達に何十年も生きてきたわけじゃないからね、多分中学生、いや小学生ぐらいの知識はあると、うん思う。多分、きっと……」
「あ、そう?じゃあ言うけど、私とこいつって実は政府極秘の研究所で作られた生物兵器なんだよねって言ったら信じる?」
「ごめん、無理」
食事が一段落つき、残り物をつまんでいるような状態になってようやく口を開けたショウからそんなとんでも発言が飛び出た。突然そんなことを言われてもイアのキャパシティーで受け入れられるはずもなく即座に理解を放棄した。
「えっと、ちょっと待って。二人がえ?なんて?」
「ははは、いきなり言われても難しいよね。何て言えばいいかな、とりあえず私達は人工の生命体で元スパイみたいな仕事をしてた、って言えば分かる?」
「う~~~ん、それ、なら?」
彼らの素性は改造人間、というよりもデザイナーベイビーに近いだろう。受精卵の段階で遺伝子を操作しテレパシーや誘引などの特殊能力を付加された特殊な生物、そもそも受精卵からして真っ当な営みで生まれたものではないが。
「スパイとかやるのにおいて、道具が必要ないっていうのは大きなメリットだからね。個人に特殊能力があれば、っていう考えの下他の生物の遺伝子を切り貼りしたり人間に備わっている部分を増やしたりして無数の失敗作がある中で総勢十名の成功作が完成した。その内の二人が私達」
彼らの極めて合理的な思考回路も万能性も高い戦闘能力も全ては物心ついた際から特殊な訓練を受け続けてきたが故に身に付いたもの、一般の子が遊びに使っている時間を最高峰の高等教育に費やされたと考えれば彼らの能力の高さも頷けるだろう。
その希少性故に政府側からの手厚いフォローと能力を有効活用していたために今まで二人は生き残れていたが、十名の中には既に任務中などに死んでしまった者も何人かいる。それほどの死線を潜り抜けてきたために人を傷つけることも敵意を向けられることにも慣れていたため、あそこまであっさりと狩刃を処理できたのだ。
「ちなみに私達の苗字の八とか九ってのは研究所での呼び名が元になってるんだ。一応正面戦闘での能力の有用性で序列をつけられててね、私が八位でお兄ちゃんが九位、つまり下から二番目と三番目。あくまで研究者の人達が認識している能力性能の範囲だけどね」
「念のため言っておくと私は八より強いから誤解しないように。十から六までの能力性能なんて微差だよ微差、身体能力や体術であっさりと覆る。そこまでだと例えば暗殺術の達人みたいなのには割と普通に負ける、その分それ以外の分野だと機械以上に働くけど」
(ん~、テレパシーもヒメカちゃんのもそんなに役に立つのかな?ないよりはいいんだろうけど、わたし頭悪いから思いつけないだけかな?)
『まあ少なくともトランシーバーよりは役に立つさ、とりあえずはね』
「わひゃあ~~!?」
考え事をしている最中に突然頭の中で声が響き裏返った声が出てしまうイア、ショウはそんな姿を見られてクスクスと微笑まれて頬が熱くなってくるが問題視すべきはそこでなく今のはイアの思考を踏まえた言葉だったことだ。
「もしかして、心が読める、の?」
「あくまで私の能力は精神上での会話だからね、聞き役に徹すれば相手の心の声も当然分かる。だから狩刃君みたいなのは私と相性最悪だったんだよ、心を読めばどんな策を使ってくるかも簡単に分かるからね。一発ネタの多い彼らはカモでしかない」
勿論簡単ではないし、いつでも使えるような万能の能力でもないが相手の手の内が分かるというのはどんな場面だろうと途轍もなく大きい。ただしあらゆる状況を解決してくれるようなものでもなく、基礎能力に差があれば対応は不可能ではない。
使い方次第では巨万の富などいとも簡単に築けてしまえる力だが、だからこそ至極当然の疑問不安がイアの心の中に生まれた。
「もしかして、今まで私の心を読んでたり、した?」
だとすれば恥ずかしいどころではない。みっともなくも嫉妬したり不安がったりと人には言えないようなことも色々と考えていたというのにそれら全部バレていたとしたら、恩人だろうと今すぐショウの頭蓋骨を叩き割りたくなるほどだ。
『それは誓ってやってないよ、今のは分かりやすく示すためにやっただけで基本私は人の心なんて見ない。プライバシーへの配慮に欠けた行動は控えるよう気を付けているんだ』
「うん、それは私も断言できる。お兄ちゃんの能力だと嘘を言おうとするとその動よ
「あっそうなの?じゃあ大丈夫だね」
ショウの言葉をフォローしようとヒメカが話している最中、まだ根拠も聞き終わっていないのにあっさりと信じてショウの能力を受け入れるイア。これにはショウもヒメカも予想外で目を瞬かせる他なかった。
彼らの言葉は事実だが、信じてもらえるとは到底思っていなかった。彼らの能力は五感で認知できるものではない、つまるところ物証が何一つないのだ。そしてそれを信じさせることがどれほど難しい行いなのか、彼らは嫌という程知っていた。
安い言葉で言えば信頼、なのだろうか。詐欺にかかるのも信頼している相手からの言葉だからこそ何の証拠もないのに信じてしまうから、小難しい理屈を理解する頭も人を見る目も人と触れ合った経験もほとんどないイアは問答無用でこの一週間と少しを信じた。
「わたしは難しいこと分かんないけど、ショウ君はわたしの恩人だもん。君が嘘ついてないって言うなら信じるよ、わたし二人の事好きだから」
まるで風船のように軽く、水あめのように甘く、ショートケーキのイチゴのように不安定な言葉だ。感情丸出しで理屈も根拠もない一切信に足る要素のない浅い言葉、そのはずなのに妙にショウはその言葉が嬉しかった。
「あ、別に好きって言っても愛してるとかそういうんじゃないからね!?友達としてっていうか、人としてっていうか、誤解しないでね!?」
「はいはい、分かってるよ。まあそんな感じで生まれた私たちは紆余曲折あってスパイをやめて今ここにいるってわけなのです」
頬を赤らめながら手をブンブンと顔の前で振って自身の言葉を恥じらうイアを完全にスルーして淡々と話が進む。その紆余曲折の部分は果てしなく気になるが、触れられたくないオーラ全開の二人の空気を読んで流石のイアも口をつぐんだ。
「後何か聞きたいことはある?と言ってもこれ以上は中々答えづらいことなんだけど……」
「ん~、じゃああのえっとカリバって人はどうなるの?死刑?」
「ははは、まさかまさか。牢屋には入れられて色々取り調べは受けるだろうけど、そんな死刑なんて。まあ警察の案件の外だからちょ~っと言いづらい取り調べを受けるだろうけど……」
ふと出たイアの疑問に対して、ショウからゾッとするほどにこやかにそんな回答をされて背筋が冷え何か踏み入ってはいけないものを感じたイアであった。
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「あれ?じゃあショウ君が自分の能力の仕組みよく理解できていないってのはウソだったの?」
「いやそれは本当。説明はされたんだけど私じゃ理解できてなくてさ、難しすぎて。私今のところ君には嘘ついたのほぼない、と思うよ?嘘はついてないから許して?」
「なんだ、ならいいや」




