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吸血鬼狩りの策

世に伝わる吸血鬼の弱点はそのほとんどがただの迷信、吸血鬼という存在が不浄のものと考えられたが故のただの妄言でしかない。ニンニクも聖水も十字架も何の効果もない、日光だけは確かに弱点ではあるがそれでも触れれば一瞬で消えるほどのものではない。

逆に吸血鬼が人間よりも優れている部分は上げていけばキリがない。身体機能の大半が人間よりも優れているため、人間がたった一人で吸血鬼を仕留めることはとても難しい。

刃物も鈍器も人間の腕力で振られたものなど当たらないし、罠をかけられても吸血鬼は野生の猿以上に知能も勘も良い。流石に銃火器を相手にすれば危険だが、銃口を避けて動くことも不可能ではないしそもそも日本で民間人が銃火器を所持するのは禁じられている。

つまるところ吸血鬼が人間に倒される方がレアケースなのだ、イアが狩刃の事を侮ってしまうのは慢心でも何でもなく極めて正常な判断と言えるだろう。しかしそれは今まで吸血鬼狩りという存在に会ったことが無かったことによる無知故の油断でもあった。


「それじゃ、精々自分の事を侮っていると良い。理解できないものでやられた方が悔やまなくて済むだろう?」

そう言いながら狩刃が懐から取り出したのは、スーパーボール程の石ころと、細長い布のようなものの両端に二本の肩から膝ほどまでに長い紐をつけたもの、イアの知識には存在しなかったが一般的に投石紐と呼ばれるものだった。

石を布の上にのせ、二本の紐を強く握り地面と平行に腕を振りながら軽く手を緩めた瞬間、ビュッ、と空を切る音を立てながら予想だにしない速度でイアの頭蓋骨を砕かんと凶弾が飛んできた。

「ヒッ!」

完全に気を抜いていた状態から咄嗟に体を逸らして避けることができたのは吸血鬼だったからこそだろう、人間を遥かに超えた反射神経が無ければ今頃イアの頭はその瞳と同じように深紅に彩られていただろう。

投石器の起源は一万年以上前とも言われている。害獣避けや家畜の群れの誘導などから、古代ギリシアの戦争でも実際に投石器を装備した兵が存在していた。旧約聖書にてダビデが巨人ゴリアテを投石によって倒したことなども、投石が強力な兵器として活用されてきた証拠だろう。

その威力は人体を軽く貫通し、鎧をつけようと衝撃で内臓に大きなダメージを与える。野球の硬球ですら骨を砕くことがあることを考えれば、兵器として活用されてきたそれがどれほどの恐ろしさを誇るのか、推して知るべしだろう。

加えて石など河原にでも無数に落ちている、準備さえ怠らなければ弾数は実質無限といっても良いだろう。銃や刀のように銃刀法の対象でない事は勿論、スリングショットやナイフとは違って軽犯罪法で取り締まられる可能性も限りなく低いのも大きなメリットになる。何せ見た目はただの紐、それ単体ならばテニスラケットの方がよほど凶器足り得る。

現代日本で選ぶならば最善手ともいえるであろう遠距離武器による攻撃を、イアは椅子を盾に防ぐので精一杯だった。当たればまず間違いなく無事では済まないことは理解していたが、安定して躱すことができずしかし動き回ることもできないので回避することすらできず、情けなく体を縮めて這いつくばって椅子の間を移動していた。

(銃とは違って方向が分かりにくいし、この椅子だらけのホールの中じゃ動きづらい!逃げようにも扉は大きくて開けづらいし外の光が漏れるから絶対にバレる。考えていたのの数百倍性質悪かったあの人!)

椅子の上を跳んで進もうにも足場は不安定かつ細く、しかも浮けばその後の軌道修正は羽でもなければ決して不可能。仮に男性、かつ特訓を積んだ吸血鬼であれば対応は可能なのかもしれないが逆に言えばそれ程でなければ突破は難しい。狩刃がイアを舐め切っているのもある意味うなずける判断なのかもしれない。


それでも次弾の装填にだけは隙が生まれてしまうのを突いて、何とか少しづつ前の列へと進んでいたが、ここに来て大きな問題が生じた。席とステージが同じ高さのところまで来てしまったのである。

これではいくら椅子を盾にしていてもいずれは当たってしまう。狩刃の投擲は極めて精度が高い、何なら少しはみ出ただけで命中させてくる恐れも十分にある。とはいえこのまま同じ列にいたとしてもいずれヘマをやらかす確率はイアの方が遥かに大きい以上、残された選択肢は通路に飛び出て速攻を仕掛ける以外になかった。

しかしいくらイアでも今までの発射間隔から考えると一発撃たれてそこから動き始めても二、三発放たれるのは避けられない。そして最短距離を最速で駆け抜けなければならないイアにそれを躱す術はないだろう。

(あーもう!せめて鉄パイプみたいなものでも持っておけば弾くことぐらいは簡単なのに!ほんっとわたしバカ!昨日のわたしを殴りたい!)

仮に武器の一つでも持ち込んでいたのならばここまでイアが苦労することはなかっただろう。気軽にプロ野球選手並みの速度を出せる投石紐を使っても、吸血鬼の動体視力をもってすれば大まかな弾道を予測することだけならばさほど難しいことではない。

ドッジボールで球を避けるのは難しいが、来ると分かっている球をキャッチできるかどうかは置いておいて迎え撃つ程度ならば比較的簡単に行えるのと同じ道理だ。弾を見切った上で静止した状態から体幹を動かして回避するのはどうしてもコンマ数秒必要になってくる。これに関連して仮にイアの十倍身体能力があったとしても秒数はともかくラグ自体は発生してしまう。

何が原因かと言えば吸血鬼狩りを完全に舐め切っていたイアが悪いので十割自業自得としか言いようがないのだが、残念なことにどれほど反省しようと過去の自分を呪おうとも現状は一ミリも変わらないのが非情な現実だった。


「って、あれ?」

せめて何かないかとポケットの中を漁っていた時だった。カラリと足元で子気味良い音が鳴り、釣られて下を見ると今もなおイアの背筋を凍らせている原因である石ころが落ちていた。

(何で、って当然か。別に飛ばした後に回収できてるわけじゃないし、あれだけ投げてたら一個ぐらい足元に転がってても不思議じゃないか。ってあれ?これってもしかしてすっごくチャンスなのでは?)

根本的にこういう防戦一方の状況で苦労している最大の原因は、イアが安定した防御手段を持っていない事以上に遠距離の攻撃手段を持っていない事がそうだ。遠距離攻撃ならば高台を取った方が有利なのはお約束だが、その手段がないのならば高い場所にいてはただ目立つだけだった。

しかし一発でも返せるのならば話は別だ、イアですらここまで苦労しているのだから人間である狩刃は一層大きな隙を生むことだろう。外してしまったとしても、一発でも投げられるのを減らせるのならば大きくイアに有利になる。

どれほどの策をもってしても流石に近接格闘で身体能力のアドバンテージは覆しがたい、一発二発被弾したとしても拳の間合いに入り込めさえすれば確実に戦況をひっくり返せるだろうという確信がイアにはあった。

あとはその一発二発の被弾をイアが許容できるかという問題だが……。

「ええい、女は度胸ってどっかで見た!痛いのなんて怖くない、怖くない、怖くない!」

椅子に当たった瞬間、立ち上がりやあっ、という若干可愛らしい雄たけびを上げながら時速160㎞を超える速度で石をぶん投げるイア。何も投擲技術の特訓などしていないイアだが、それでもただ身体能力だけで人間のトップクラスを叩き出すことができるのはまさしく吸血鬼が人間よりも遥かに個の性能に優れていることの証明だった。

「うわわっ!」

速度があろうと精度の方はとてもお粗末なためあっさりと避けられてしまうが、反撃があったこと自体が想定外だったのか次の投擲を中断させ無駄の多い動きで大きく体を逸らして体のバランスを崩した。

イアはその隙を見逃さずに通路に飛び出し全身のバネを使って一気に駆け抜ける。他の技術と違い疾走はイアも今までの60年以上の中で数えきれないほどに必要とする場面が存在し、自然と効率的なフォームを探すようになる。結果、その速度は最高到達点で時速48㎞。これは現在ウサイン・ボルトが世界記録として叩き出した44.7㎞すら上回る圧倒的な速度だった。

「っち、舐めるな!」

多少体勢が崩れようと正確な投擲を可能にできているのは彼の努力の成果だろう、現代社会ではほぼ役に立たない技術だが。加速がついて、かつ前傾姿勢のイアには躱すことができないが威力は当然落ちている、回避という選択肢を頭から追いやり左腕を盾にしながらも最高速を維持することを選んだ。

「いっっっ!」

多少なりとも威力が下がろうがそれでも石なのだから当たれば当然痛い、現代の技術によって生まれた化学繊維の服が間にあったおかげで肉が裂けるような事態にはならなかったがそれでも衝撃は骨にまで響く。涙腺が緩み、思わず足を止めて蹲ってしまいそうになるのを必死にこらえて前を向く。

わざわざステージ端の階段を使う時間すら惜しい、加速はそのまま足の筋肉を最大限に使ってステージに直接跳び乗り一気に距離を詰める。

狩刃は体勢を立て直してはいるが、懐に手を入れてまだ次の行動に移りきっていない。残り10メートル程度、イアには一秒もかからない距離。仮にそこからどれほどの秘密兵器が飛び出ようと効果的に使用される前に間合いに潜り込みさえすれば問題ない。

とイアが考えた直後、狩刃は懐から取り出したものを紐を使わずに直接投げてきた。もはや構えずに投げてきたので速度も精度も全くイアの脅威にはならないが、先ほどとは違って一個ではなく四、五個まとめてばらまかれているので走りながらの状態では躱すのは難しい。

(こんな適当に放った程度だったら威力だって全然大したことないでしょ、こんなの軽く腕で弾ける。それよりもまず彼を倒すのが最優先!)


そうして軽く右腕を振るって飛来物を叩いた瞬間だった。パキッと軽い感触と共に黒い影が彼女の正面に広がった。



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