真夜中の摂理
月光が赤銅色に染まる夜。
まるで赤いベールが降り注ぐようにループして揺れる光。
のっぺりとした重苦しい闇に包まれ、そのコントラストはさながら美しい絵画のようだ。
ヒンヤリとしていて、突き刺さるような寒さは異常気象のせいだろうか。
ここはキチジョージ郊外。赤い光が窓際から部屋の中を照らしている。
1人の若い男が、キッチンからリビングに戻ってきてソファーに座る。
AM3:00
ちらりと壁にかけられた時計を見る。
「もうこんな時間か…」
手に持っていた缶ビールを開けてドンとソファーに座り、
置いてあったタブレットに目をやる。
映っているのは今流行っているゾンビもののドラマシリーズだ。
「あと1話くらいにしておくか」
男がタブレットに表示された再生ボタンを押そうとした時、
ピンポーン
インターホンから鳴り響く音。ビクっと身を震わせる男。
「なんだ???こんな時間に」
タブレットをソファーに放り投げ、面倒くさそうにインターホンに近づく。
インターホンの画面に映っているのは帽子を被った女のようだった。
男は訝しげに首をひねる。
<誰だろう・・・>
無視しようか悩んでいるともう一度鳴り響くチャイム。
ピンポーン
画面に映る女が少しだけ顔をあげる。
<びっ美人だ>
男は興味本位で通話ボタンを押す。
「はい」
女が画面に顔を近づける。
「夜分遅くにすみません。ご迷惑は重々承知しておりますが、どうかお助けいただけませんでしょうか。」
「は?助ける?」
「終電を逃してしまい歩いて家まで戻ろうとしましたが、どうも誰かに追われている気がして…窓から光が見えたものでついお尋ねしてしまいました」
「はあ…でも急に知らない人の家を訪ねるほうがもっと危ないような気が…」
しばらく返答がない。
<なんか怖いから帰ってほしいな・・・>
男は女の様子を見ている。
「…ください。お願いします」
か細い声で女がつぶやく。
「はい???」
「助けてください。怖いんです!」
そう言うと画面の女は後ろを見て何かに怯えている。
<はあ…まじか…>
「警察呼びますので玄関でよければ…今行きますね」
そう告げると通話ボタンをOFFにして玄関へ向かう。
念のためドアチェーンをしたまま鍵を解除してドアを少し開ける。
ドアの隙間から女の顔が見える。
表情はすっかり怯えきっている。
<うわ、思ったより美人だ>
「本当にすみません」
女は涙を浮かべている。
長いストレートの黒髪で思ったよりも背が高い。
肌は透き通っているかのように白く、ニホンジンにしては瞳の色が赤い???
<カラコン?>
「すぐに警察に連絡しますね」
「はい、ありがとうございます。家に入ってもよろしいですか?」
「あーー散らかってますがどうぞ」
「…アリガトウゴザイマス」
女のしゃべり方が変わったように感じた。
すると突然、ドアが激しく蹴破られ、男は後ろに吹き飛ばされる。
何がおこったのか理解することができない。
辛うじて顔を上げると、さきほどの女が玄関に一歩足を踏み入れるところだった。
「お招きいただいてありがとうございます」
「け…っけか…けい…さ」
見つめる女の瞳は明らかに赤く染まっている。
さきほどの表情とは別人のような笑みを浮かべ、男を見下ろしている。
<な、なんだ、何がおこってるんだ>
男はまだパニック状態で思考が戻らない。
何が自分に起きているのか理解ができない。
すると女の背後から2つの人影が見える。
<やばい…>
男は理解できない中でも危険な空気だけは汲み取ることができた。
ふらつきながら立ち上がり、リビングへ移動しようとする。
だが、背中に衝撃と鈍い痛みが走り、視界が急に下へ下がる。
<痛い…なぜ俺がこんな目に>
痛みと共に込み上げる悲しみ、苦しみ、怒り、疑問、
これだけの様々な感情が一度に溢れ出すのは初めてだった。
「いったい俺が何をしたんだ、あんたを助けようとしただけなのに…」
気力を振り絞って叫ぶ。
「何が目的だ!金か!」
背後から女とも獣とも言えない奇妙な声が聴こえる。
「目的?招いてくれたのはアナタじゃない。淫靡なひとときを期待しちゃったんじゃないの?」
物凄い力で仰向けにひっくり返される。
とても女の…いや、目の前に見える細い腕からは想像ができない力のように思える。
「これは生物ならごく当たり前の行動、そして自然の摂理。
アンタタチもいつもそうしてるでしょ???
ウィルスのように繁殖して食物連鎖の頂点極めちゃったから平和ボケしちゃってるのよね、
これまでのニンゲンはみんなそうだった。もう我慢なんかしない。
アンタタチが他のイキモノの命を奪って生きているのなら、奪われることも覚悟しなきゃね」
感情が感じられない瞳、舌舐めづりした口からは涎のようなものがしたたり落ちている。
「なっなんだ、何を言ってるんだ。冗談だろ?ドッキリか?もうやめてくれよ」
女の後ろには黒いフードのようなものを深々と被ったイキモノが2体並び、ただじっとしている。
フードの中から黄色く輝いた2つの光。
男は大きく目を見開く。
すると突然首筋に激しい痛みが走る。
男の口から呻き声とも悲鳴とも聞こえぬ声がでる。
「やっやめ…て…」
赤い瞳をした女は何かに取り憑かれたように男の首元に顔を埋めている。
部屋中に何かを啜るような淫靡な音が響き渡る。