ジグソーパズルの美しさと脆さ
6連勝。20のチームで2回戦総当たりの年38試合制の中での数字としては異次元の快進撃と言える。もちろんアガーラ和歌山史上最長である。現状、川崎の首位独走は変わらないが、名門鹿島を優勝戦線から蹴落とし、3位の神戸、さらにACL出場権の2位横浜ネオマリナーズを脅かす勢いを今の和歌山は持っていた。
その躍進を支えるのは、やはり強力な3トップだろう。中央の絶対的エースの剣崎龍一は、天性の得点センスと決定力はそのままに、ドリブルやスルーパスなどの枝葉も生い茂らせ、最前線に縄文杉のごとく威圧感でそびえたっている。リーグ後半戦からの合流にも関わらず早くも得点ランキングでベスト5入りが射程圏となるなど、いるいないでガラリと手強さを変えてしまうリーサルウェポンぶりは健在である。
左翼に陣取る同じイングランド帰りの竹内にしても、元々の鋭さに力強さが加わり、より「フォワードらしさ」を増して3トップの一角に君臨している。
そして、右サイドにプロ入り10年目にして最高と言えるシーズンを過ごしているの栗栖将人。かねてから司令塔にふさわしいパスセンス、キック力で貴重な選手ではあったが、コンディションや首脳陣の起用法によって出場機会にムラがあり、『神童』とも言われたユース時代を知る関係者からすれば「やっと本来の出来を見せている」とのことだ。
こんな最高の状態で、アガーラ和歌山は川崎との対戦を迎えた。
敵地等々力に乗り込んだ和歌山の選手たち、バスから降りる彼らの眼光はいずれも鋭かった。そしてスタジアムの川崎サポを除くと、世間の注目と期待は和歌山のほうに注がれていた。
ほんの数年前までは手厚く、かつ奇想天外なファンサービスで多くの支持を得る一方、タイトルを逃し続ける「シルバーコレクター」と揶揄されていたが、初のリーグ制覇以降は届かなかったタイトルをことごとく獲得し、今シーズンは圧倒的な強さを見せつけて他クラブを突き放している。
この独走状態は追う側からすれば面白くない。かといって今の川崎のサッカーは完成を超えた先の極致にあるような状態だから、簡単に勝てそうにもない。だが、現在日本最強とも称される3トップを有するアガーラ和歌山なら、「ひょっとすれば…」という見方もあった。
そんな和歌山のスタメンは以下の通り。出場停止などで若干の変更はある。
GK20友成哲也
DF37榎原学
DF3上原隆志
DF2猪口太一
DF32三上宗一
MF38ユン・ソンイル
MF15園原勉
MF10小宮榮秦
FW8栗栖将人
FW9剣崎龍一
FW16竹内俊也
「ずいぶんな暴れようだな」
ピッチへの入場前、剣崎に川崎のキーパーが声をかけた。剣崎を上回る体格といかつい顔つきは、まさにフランケンシュタインのようだ。
「ハハ。恐れ入ったか?お前もぶち破ってやるから覚悟しな、渡」
ノッポこと渡由紀夫。かつて剣崎とともに日本代表のユニフォームを着てオリンピック本戦を目指してアジア予選を戦った間柄だ。代表歴は同年代の友成、天野と比較すると雲泥のような差が生まれているが、常勝川崎の守護神として7年以上その地位を守り続けて、一昨年はベストイレブンの称号を得ている。
「それは無駄な話だ。ウチは確かに攻撃的なサッカーが持ち味だが、俺たち守備陣だってレベルは高いんだ。そうやすやすと点は取らせんぞ」
「へっへ。言ってろ」
「ようコミ。今日は久々にスタメンだな。腕は落ちてねえだろうな」
試合前の整列中、茶化すように栗栖は小宮に声をかけた。
「フン。腕は使わねえから落ちっぱなしだ。だが、脚はビンビンだ」
「古いな、ビンビンって」
噴き出す栗栖。だが、小宮はニヤリとする。
「俺が川崎をぶち壊すくさびを入れてやる。お前ら三人はそれを叩き込んで来い」
「おう、任せろ」
いろんな思いが交錯するなか、試合開始の笛が等々力の空に響いた。
試合は開始早々に動いた。それも和歌山の一発で。その主は、小宮だった。
「コミさん!」
キックオフ間もない4分。ボールを奪った園原がトップ下に配置された小宮にパス。ピッチ中央で小宮は受けるや、ゴールから30m以上距離があるにもかかわらず左足を振り抜いた。
(うっ、来やがった!)
この奇襲にただ一人反応できた渡が懸命に右手を伸ばす。だが、届かない。
しかし、小宮のシュートはクロスバーにはじき出された。
「ケッ。やっぱ真正面じゃ反応できるか。もう一ブレさせたつもりだったんだな」
一方で渡は一つ息を吐いた。
「そうだそうだ忘れてた。今日の和歌山には、もう一人『狂った奴』がいたな。化け物は剣崎で勘弁なんだがな」
試合はなかなか激しい展開となった。川崎が細かいパスワークで揺さぶり、時に単独のドリブル突破でチャンスを作る。片や和歌山も小宮のファーストシュート以降も、剣崎や栗栖、さらに復帰間もない園原も大胆にシュート。精度の高いミドルやきわどいロングシュートでざわつかせる。互いの持ち味を見せながらも、最後の一手を友成、渡の両軍キーパーが冷静なセービングで自ら防ぎ、またはコーチングで守備陣を動かしてコースを切った。退屈はしないが、決まりそうで決まらないもどかしさに、スタジアムは興奮しつつも少しずつストレスをためつつあった。
「くそったれ…全然入らねえな」
この試合3本目のシュートを放った剣崎は、なかなかスコアが動かない試合展開に舌打ちをした。剣崎のシュートはいずれもペナルティーエリアの外から放った距離のあるものだったが、いずれも枠をとらえているが、相手DFの脚や、キーパー渡の手、さらにはこぼれ球に詰めようとしていた味方に当たって外れた。
(このまま前半が終わったら流れが固まっちまう…。どうにか決めてハーフタイムに入りてえなあ…)
一つため息をついて周囲を見渡す。見やれば自陣のゴール前が混戦模様だ。瞬間、友成がシュートをキャッチする瞬間が見えた。
来い
剣崎はフッと体を脱力させて友成のほうを見る。そして、友成は剣崎からの『殺気』を理解した。
行け
友成はボールを最前線に蹴り飛ばす。剣崎が動き出したのはそれとほぼ同時だった。逆風をついてかえって飛距離が伸びた友成のゴールキックは、一発でカウンターのチャンスをもたらす。
「来るぞ!止めろ!」
渡はそう味方に指示を飛ばし、剣崎を止めんと屈強なブラジル人センターバック、ジェシウが襲い掛かる。だが、剣崎はそのタックルを鮮やかなターンでいなして突破すると、フォローに来ていたもう一人のセンターバック滝口に身体をぶつけられながら、逆にボールをキープしたまま弾き飛ばす。
(くっ、こいつこんな突破ができるのか!?)
剣崎の新たな一面に気圧された渡は距離を詰めるが…
「そやっ!」
剣崎は渡をあざ笑うかのような、目の前でポンとボールを浮き上がらせるループシュート。らしからぬ柔らかい一撃が、試合の均衡を破った。それと同時にハーフタイムの笛が響いた。
エースの一発で試合を動かしてハーフタイム入りとなった和歌山。ロッカーの空気は当然明るかった。
「ナイス剣崎。さすがエース様だな」
「お前がドリブルで相手を振り切るなんて、とんでもないことが起こったな」
引き上げるや、猪口と竹内がそれぞれ剣崎を讃え、労う。
「はは。当たり前だろ。俺が点を取らねえで誰が取るってんだ」
得意満面の剣崎だが、当然それに水を差すささやきも聞こえる。
「一世紀に一回、あるかないかの奇跡だな」
「まあ~こういうマグレが出る時ってのは大概勝てるんだよな」
「おい友成、それから小宮!なんか言ったか!?」
「すげ…やっぱ剣崎さんって、ほんと頼もしいですね…」
「ソノ。感嘆とするのはまだ早いぞ。試合は終わってねえんだから」
ポカンとしている若手の園原に、ユースの1年後輩だった三上がたしなめる。その三上にしても、剣崎のこのゴールには驚きを隠せない。
(は~。海外行くだけでこんなに変わるんだなあ。昔は良くも悪くも規格外だったが、良さを残したまま悪さを削って、…もはや頼もしさしかねえな)
しかし後半開始早々、川崎攻撃陣が牙をむいた。
「うっ!」
開始早々、ボールを保持していた園原が、川崎の攻撃の要である元日本代表MF家永の強烈なタックルでボールを奪われると、そのまま飯長は中央突破。止めに来たユンや上原、さらにはインターセプトの名手猪口をもかわしたりいなしたりしてキーパーと一対一。立ち向かった友成は、一度は至近距離からの家永のシュートを止めはしたが…
「ちっ。点取り屋ってのは…」
弾いたこぼれ球に詰めたのは、川崎のブラジル人エースFWアンドレ・ダロ。地を這ってなんとか奪おうとした友成をかわして、無人のゴールマウスにボールを流し込んだ。
「こういうのがやけに転がっていきやがる…」
「す、すいません。俺が奪われたから」
「バーカ。ガキがいちいち謝罪すんな。場数が段違いなんだ。とられたってしょうがねえよ」
愚痴をこぼしているところに、園原が申し訳なさそうに声をかけてきたが、友成は突き放すように返す。
「もうちょっと言い方を考えてやれよ友成。ソノだってとられたくなかったんだしさ」
猪口がそうたしなめるが、友成とて邪険にしているわけではない。
「まだ時間はある。謝るのに10秒止まる暇あったら、10秒ボール持ってシュートチャンス作れ」
「は、はい」
友成なりのエールに胸を熱くして、園原はピッチを駆け出した。
ここから、試合は再び激しさを増す。両監督のベンチワークでフレッシュな選手が次々と投入され、前半よりもゴール前の攻防は激しくなってくる。しかし、和歌山友成、川崎渡の両守護神が好セーブを見せ、なかなか試合が動かない。
そして次第に疲労感が増していったのは和歌山の方だった。ここまで剣崎、竹内、栗栖の強力3トップの決定力とコンビネーションで連勝街道を突っ走ってきたのだが、ゆえにこの3人をそう簡単に代えるわけにもいかない。後半も残り20分弱という時点で二枚の交代カードを切ったが、和歌山・松本監督が代えたのは、右サイドバックの榎原(交代で寺橋が左サイドバック、三上が右サイドにスライド)とミスへの巻き返しに意気込んでいた園原(そのまま近森がピッチに)である。しかし、3トップへの警戒は強くそれだけ激しくマークされ、右ウイングの栗栖の動きはさすがに重くなっていた。
「どうする監督。そろそろ栗栖を下げた方が」
「…だろうな。さて、ならばどうしたものか…」
チョン・スンファンコーチに促され、松本監督も交代の時が来ていることは理解している。しかし、チームの布陣はいわばジグソーパズルのようで、完成品が美しい分、バランスが崩れると瓦解のきっかけもはらむ。悩んだ末に、指揮官が下した判断は米良の投入だった。
「栗栖に代えてお前を入れる。最終ラインに入って、猪口を前に上がらせろ。小宮に右ウイングを任せる」
「了解っす」
投入された米良は最終ラインでセンターバックに入り、猪口は小宮のポジションについて小宮が右のウイングに配置された。この投入で流れは変わった。ただし、悪い方向で。
(意図はわかるけどよ…。俺ぁこう見えて繊細なんだぜ?同じトップ下人生だったくせにわかんないかねえ…)
この日、小宮はノッていた。本来のポジションであるトップ下でこの試合のファーストシュートをかましてからというものの、川崎からのプレッシャーもものともせずにいなしながら、時にシュートでとどめをさしにかかり、時には虚をついたスルーパスでチャンスを演出した。ベンチの意図をくみ取らないほど自分勝手ではないし、ポジション変更で栗栖と遜色ない存在感を見せた。だが、サイドに回るということは、360度に出せていたパスの出せる範囲は減る。それが小宮のノッていた感覚を微妙に狂わせた。
そして松本監督にとってもう一つの誤算は、猪口のポジションチェンジが川崎の選手たちをかえって楽にさせたことだった。プレッシングでボールキープの余裕を奪ったり、インターセプトの危機感をあおりはできたが、川崎からすればより何をするかわからない小宮のマークのほうが手を焼いていた。それがサイドに流れたことで、中央のエリアでの余裕を与えた。
結果、決定的な縦パスを許してしまった。
「あっ」
誰かが呆気にとられたときはもう遅かった。途中出場のルーキー立花のスルーパスが、最前線で待つアンドレに通った。そしてアンドレは利き足ではない左足で、友成の脇の下をくぐるシュートを流し込んだのだった。感染症対策で鳴り物もなく、歓声も制限されるスタジアムで割れんばかりの拍手が巻き起こったのだった。
「くそっ、ひっくり返されちまったか。だったらエースの俺が戻してやらあ!!」
剣崎はこの瞬間、気合を入れ直した。
しかし、川崎が王者たるゆえんは、決して攻撃だけのチームではないことであり、中盤や最終ラインは質量ともに盤石なのだ。気合を入れたところで簡単には崩れない。剣崎に対しても懸命に体を寄せて自由を奪い、シュートチャンスすら与えない。そのままいたずらに時間は消耗されていく。
和歌山サイドも、感染症関連の特例で増設された交代枠を活かして、疲れの見える根島に代えて村田を投入。空回りに終わっていた猪口を近森とのダブルボランチに変更し、前線は半ば4トップ気味の布陣でパワープレーを仕掛ける。そしてアディショナルタイムに突入してから2分。念願のチャンスが訪れる。
「うおっ!」
「な、しまった!」
左サイドで竹内がインターセプトし、そのまま追撃を振り切ってドリブル突破。アタッキングサードに侵入する。
「村田!競り勝てよ!!」
ニアに剣崎、ファーに村田が待ち構えるというシチュエーションで、ゴール前に竹内はクロスを打ち上げる。ボールの角度を見て、剣崎は跳び上がりそうな様子を見せながらも、直前にスッと脱力。ファーの村田に託す。村田も期待に応えてマークにつかれながら頭を叩きつけてボールを折り返す。脱力した瞬間にマークを振り切った剣崎が、どフリーの状態でボールを狙う。
「同点弾もらったあっ!!」
「くぅっ…」
あとは弾むボールに対して、右足を振り抜くだけ。剣崎は確信し、渡も半ばあきらめたように苦虫を噛み潰す。しかし…
ブンッ!!!
…
…
瞬間。本当に時が止まったかのようだった。蹴られることのなかったボールが、力なく弾んでいる。それに最初に反応できたのは渡。我に返ったようにボールに飛びかかり、抱きしめた。そんな渡を足元にして、剣崎は立ち尽くしていた。その顔からは生気が失せていた。シュートの空振りという赤っ恥に対する恥辱からではない。確信を持っての一撃のはずがミートすらせず、想像しえなかった現実を突きつけられたことを消化できていない顔だった。その直後に、試合終了後のホイッスルが響いた。
エース剣崎のまさかの出来事に、チームは音を立てて崩れ始める。
この川崎戦以降、剣崎はことごとくシュートを外す。無謀とも言える距離からも、あとは押し込むだけというイージーすぎる決定機も、果ては死に物狂いの末の千載一遇のチャンスまでも…ボールはまるでゴールを嫌うかのように明後日の方向に飛び続けた。川崎戦の後、徳島、尾道、さらには最下位に低迷する神奈川SCにも敗れて4連敗。転げ落ちるというより、垂直落下とも言える凋落ぶりに、初優勝への機運は次第に消え失せた。クループリーグ突破を果たして決勝トーナメントにも進んだリーグカップも、準々決勝であっけなく敗退している。
そしてこの負の連鎖反応は、けが人の続出という形で悪化する。栗栖、猪口、ユン・ソンイル、小野寺までもが離脱し、ベストオーダーどころか紅白戦のチーム分けすらできない状況に陥り、これを打破戦と剣崎が前線で奮闘するもノーゴール地獄から脱せず、松本監督ほかコーチ陣も打てる手を懸命に導き出すも実らない。ガリバー、セレーノの両大阪にも敗れて連勝の貯金をすべて吐き出すと、敵地での浦和戦にも敗れてついに7連敗。そして続く大分戦をも落として8連敗。この時点で14勝5分け14敗となり、残り5試合の時点でシーズンの貯金すら吐き出した…。
この間、当然ながら松本監督の解任論は噴出した。新型ウイルスの感染防止策として観戦中の大声が禁止されているのが幸か不幸か、試合後のスタジアムにブーイングの嵐は起きずにすんでいたが、SNS上では和歌山のサポーターのものと思われるアカウントでの解任アンケートが乱発。概ね、7:3で「解任支持」だった。もともと補強に関しても、古巣復帰が常態化していることへの不満は少なからずあり、現場・フロントとも勝手知ったる面々での長期政権に対する「マンネリ化」を指摘する声は、有識者からも度々起こった。しかし、そうした周囲の声を黙らせたのは、舌鋒鋭い二人の『擁護』だった。
「まあ、解任解任って声があふれてるのはわかるし、実際俺がいた鹿島ならもっと早い段階でそうなった可能性もあるね」
ある日の練習後。チームの現状に対するコメントを求められた友成はそう切り出した。しかし、こうも続けた。
「でもね。少なくとも選手はよくやってる。もがいてる。生きた目をして。練習から緊張感はずっとあるし『次は勝つ』って気概が消えてないって言うのが俺の感想。だからコーチングでも怒鳴りがいがある。きっかけ一つでまた爆発できそうなんだけどなあ…」
「言いたい奴には言わせときゃいい。どうせ言うしかできねえんだから」
また別の日には、小宮が知己のライラ―とのリモート取材でそう言った。
「本当にそんなに連敗してんのか?って疑うほど空気が重くねえんだよ今。かといってだらけてるわけでもねえしね。まあ、マンネリは確かにあるんじゃねえの?でもこのチームを押し上げてきたのってそのマンネリだったわけでさ。外様が言って説得力あるかわかんないけど、今石GMが指導してたころの選手無くしてこのチームが戴冠できる日が来ることはないね」
時に味方にも毒を吐く二人の言葉には、現状維持のメリットへの説得力があった。しかし、それでもチームは連敗を止められずにいた。
結局、気心の知れた3人が織りなす「史上最強の3トップ」は、一つのシュートミスから転げ落ちるように崩壊。残留争いこそ巻き込まれずにいたが、高まっていた優勝への機運は消し飛び、目線は徐々に来季に向かっていった。
そんな状況下。リーグ戦残り5試合という時点で、クラブから来季人事に向けたプレスリリースがあった。
『松本監督との来季契約について』
このリリースの半日前。全体練習終了後、全員が集まった練習場に今石GMが神妙な面持ちで現れた。そして、選手たちに告げた。
「え~…まあ、人事の権限を持ってる俺がここに来たってでおおよそ察しがついてる連中もいると思うが、改めて言う。トップチーム、松本大成監督は…今季限りで退任することになりました」
無言の選手たちからさらに表情も消え、冬を呼ぶような風の音だけが吹き抜けていく。その沈黙で一呼吸ついてから、今石の説明が続いた。
「実のところ、連敗が5に達した時点で一度監督から辞任の申し出があったんだが、それで現状が回復するとは思えなかったこともあってフロント全員で頭を下げて留任してもらった。んで、貯金がなくなった大分戦のあと、もう一回面談をした。で、話し合いの結果、今季リーグ戦は全うしてもらうことになった。後任についてはまだ目処がついてないから話せない。いろいろモチベーションは難しいところだろうけど、残り5試合を戦いきってもらいたい。以上だ」
2021年が残り1か月になろうかという時のことだった…。