超強力3トップ完成~龍と風と左足~
リーグ戦を半分消化した段階で、隔離期間も無事終わってチームに合流を果たした剣崎と竹内。初日の練習では剣崎がさっそくシュート練習で存在感を示し、その後のミニゲームでもコンディションの良さをアピールした。周囲を驚かせたのは、個人技技術の向上だった。ドリブルでの単独突破、周囲を活かすスルーパスと、日本でいたころの『究極のフィニッシャー』という巨木に細かい花や実をつけてますますスケールアップしているのだ。
「やべえな…。あいつとは何度も一緒にやったり敵として戦ったりしたけど、今ほど味方で良かったと思うことはないな…」
「ほんなこつそうタイ。もともとガタイはバケモンだったが、アレでドリブルの突破が身についたら鬼に金棒バイ」
汗をぬぐいながら剣崎との一対一を終えた小野寺と、それを見ていた近森が舌を巻いていた。ただ、その意見を猪口は違うといった。
「いや、たぶんあいつはあっちじゃそういう練習はむしろしてないんじゃないかな。『自分にはこれしかない』ってシュート練習ばっかむしろやってたんだと思うよ」
「は?それであんなにドリブルできるようになるもんかよ」
「これは俺の想像だけど…たぶん気分転換というか、練習というよりレクリエーション感覚でやってたぐらいじゃない?そんで思ったより楽しくて自然に身についた、ってところだろ思うよ」
猪口の仮説は、要するに「子供のように、楽しかったことが自然と身になっていった」ということ。そんな馬鹿なと二人は思ったが、妙に否定も出来なかった。
「まあ…あの年齢で未だに無邪気なとこあるし…」
「あながち、グチの仮説はあり得るとよ」
一方で竹内も驚きをもたらしていた。初日と翌日は軽めの別メニューでコンディション調整に終始したが、3日目には全体練習に参加。代名詞と言えるドリブルでは、相手選手の合間を縫うように切り裂くカミソリのような華麗さだけでなく、密集地帯を強引に押しのける重戦車のようなプレーも披露。いい意味で荒々しさが加わり、加えてシュートの迫力が増していた。そしてドリブルからのクロスの精度も相変わらず高水準。走りながらピンポイントに合わせてきたボールに、受け手の村田が驚きながらヘディング。ゴールを割った。
こうなると期待されるのは起用法。両者とも、スタメン起用でも十分に動ける程度にはコンディションは整っている。しかし、松本監督は慎重だった。
GK20友成哲也
DF32三上宗一
DF3上原隆志
DF5小野寺英一
DF19寺橋和樹
MF24根島雄介
MF38ユン・ソンイル
MF39榎坂学
MF8栗栖将人
FW7桐嶋和也
FW33村田一志
(並びは4-2-3-1。村田が1トップで栗栖がトップ下、桐嶋が左、榎坂が右に入る布陣となっている)
「続いて、サブスティテュートです」
和歌山のスタメン発表が終わるや、鳥栖のホームスタジアムはガッカリした雰囲気に包まれた。しかし、『フォワード、背番号9。剣崎龍一』と読み上げられると一気にざわつきだし、続いて『フォワード、背番号16。竹内俊也』とアナウンスされるとさらにスタジアムは活気づく。敵地でありながら、スタジアムの雰囲気は二人見たさに高まった。一方で、これはホームチームである鳥栖サイドとしてはいい気はしない。ならば一泡吹かせんと、かえって士気は高まった。
「監督、あちらさんの顔つき、だいぶ気合がみなぎってますね」
「これもまた、代表特需、欧州帰り特需ってやつかな。ホームの立場からすれば、相手の方の声援が大きいのはいい気はしないしな。しかし、それを血肉に還れそうな雰囲気がこのチームにあるなら、鳥栖はまだまだ手強いってことだよ」
チョンコーチから言われて、松本監督は軽く苦笑した。
「しかし、これはいいカモフラージュになる。今日一番試したい選手が少しでも埋もれるからな」
この試合、松本監督が剣崎や竹内以上に期待を込めていたのは、ボランチに起用された新戦力のユンだった。チーム合流後、キレの良さをアピールし、タックルやスライディングは粗さもあったがプレー自体は比較的クリーンであり、何より奪った後の味方への展開力は、同じポジションでプレーしていたチョンや、彼の獲得を最終的に決定した松本監督から見ても見るべきものがあり、猪口の調子が悪いわけでもないながらスタメンに起用した。
そしてユンはその期待に応えてみせた。
鳥栖がボールを保持するや、パスの受け手ににらみを利かせて一定の距離を保ち、パスを出そうとする出し手に猛然とプレス。上背はないが肩幅が広く、岩石が転がってくるような素早い寄せに戸惑った相手が何度もパスミス。それをペアを組む根島や、センターバックの小野寺が回収して前線にロングボールを供給、再三カウンターを仕掛けてゴールを襲った。
ただ、この日の和歌山はゴールが遠かった。
榎坂や桐嶋、村田がシュートを放ったが、鳥栖のGK、東京オリンピックを戦うU-23日本代表に選出されている大高が全てはじき出し、そのこぼれ球も鳥栖の守備陣が素早く蹴りだされて二次攻撃にも繋がらなかった。
結局前半は、鳥栖の攻撃をシュートゼロに抑え、ボール保持率も20%近く上回りながらスコアレスドローに終わった。シーズンの巻き返しに向けて好スタートを切りたい和歌山としては芳しくない事態。ロッカールームに引き上げる直前、松本監督はベンチの二人に声をかけた。
「竹内、そして剣崎。アップしておいてくれ」
そして後半開始前、スタジアムに選手交代のアナウンスが響いた。そしてスタジアム中から拍手が起こった。
『選手の交代をお知らせします。アガーラ和歌山、39番榎原学に代わり、16番竹内俊也が入ります』
「まずはお前の復帰戦か」
「トシさん、お帰りっす!」
円陣を組む前に、友成と三上がそう声をかけて、竹内は頬を緩めた。
「だいたい2年ぶりかな、まあないわけじゃないけど感慨はそんなにないな。やることは、日本だろうがイングランドだろうが同じだしな」
「やることって?」
小野寺の問いに、竹内はニヤリとした。
「結果出すことだ」
そして竹内は、見事に有言実行を果たす。
後半開始わずか4分。ユンのインターセプトからパスを受けた竹内は、そのまま右サイドを駆け上がる。止めに掛かってきた鳥栖の選手のスライディングを鮮やかにかわし、タックル気味に寄せてきた選手を振りきる。そしてペナルティーエリアに向かって切り込み、栗栖とのワンツーでキーパー大高との一対一に。
「やらすか!」
シュートコースを潰さんと飛び出して距離を詰めてくる大高。それをあざ笑うかのように、竹内はボールをポン…と軽く浮かせる。緩やかに浮かび上げられたループシュートが、そのまま柔らかくネットを揺らした。
「勇ましいのは結構だが、ノッてる時こそ冷静にな」
茫然とする大高に、竹内はそう言った。
「ちくしょう…。トシのやろうキッチリ仕事しやがって」
先制点に沸いたベンチの中で、剣崎は笑いつつも歯ぎしりをする。素直に喜べないところはストライカーとしての性なのだろうか。それを見逃さない松本監督でもなかった。
「剣崎、安心しろ。お前も出してやるよ。ついでに暴れてこい」
「ははっ、そう来なくっちゃマツさん!任せとけって」
すぐさまビブスを脱ぎ捨てた剣崎は、勇ましく第4審判のもとへ行った。
その交代が認められたのはおよそ3分後。汗だくで引き上げてきた村田を出迎えた。
「お疲れカズシ!あとは任せとけ」
「ええ、頼んますよ剣崎さん。すごいの見せてください!」
互いに力強くハイタッチを交わし、剣崎は勢いよく駆け出した。
「さあお前らよく見てろ!この剣崎龍一の凄みを見せてやるぜ!!」
その堂々とした、いや子供っぽい雄叫びに、ただ一人ユンは戸惑っていた。
「ネジマ。アノ人アンナ感ジナノ?」
「まあ、あのまんまです…。そのうち慣れますよ」
「さてと。観光に行ってたのか、修行に行ってたのか、イングランドでの成果を見せてくれよ。相棒」
そして栗栖は、剣崎に大きな期待を込めた。
剣崎もまた有言実行を果たした。それもド派手に。まず最初のチャンス、相手DFを背負いながら栗栖のパスを受ける。味方の上りを待ちながらキープ…ではなく、受けるやいなや右足を軸に踏ん張って一気に反転。振り向きざまに左足を振り抜くと、そのままゴールを貫いてまず復帰戦即ゴールを飾る。
さらにこれに留まらず、試合終了間際のこと。
「グチ!」
「剣崎!」
3人目の交代枠でピッチに送り出され、時間稼ぎのためにボールをキープしながら、相手選手に囲まれていた猪口に呼びかけ、ボールを受けた剣崎。そのままドリブルで敵陣へ駆け上がっていく。
「えっ!ドリブル?3点目を取りに来たのか」
「やらせんな!潰せ!」
対応してきたDFに対し、剣崎は進化した姿を見せつける。身体をぶつけに来た選手を逆に弾き飛ばし、なおかつボールはキープしたまま。よく『重戦車』と形容されるような、なぎ倒すようなドリブルで攻め上がり…。
「そうらっ!!」
ペナルティーエリア外から迷わず右足を振り抜いて再びゴールネットを揺らす。竹内を上回る2得点で復帰戦を見事に飾ってみせた。
「なんだよ…イングランド帰りの現役A代表…化け物すぎる…」
試合後、鳥栖のGK大高はガックリと肩を落としていた。
一方で、これ以上ない形で後半戦初戦を飾った和歌山は、そのまま勢いに乗り、名古屋、広島、福岡と立て続けに撃破。4連勝スタートを切ったのであった。この間、剣崎と竹内もスタメンに起用され、剣崎は1トップ、竹内は右のウイングで本領を発揮。連勝中、剣崎は5得点、竹内は3得点とゴールを重ねまくった。相乗効果で一時期停滞していた桐嶋も、左のウイングで2得点。トップ下の栗栖の前に形成された強力3トップは、2021年度後半のJリーグにおいて台風の目となった。
しかし、そんなチームに再び試練が降りかかる。
5連勝をかけた柏戦でそれは起きた。
「ぐわっ!」
左サイドをマーク役につかれながらドリブルをする桐嶋。マーク役がよろけ、それが桐嶋の脚に絡みついてもろとも転倒。その時、桐嶋の左足はカニばさみのような格好で巻き込まれてしまう。そして倒れた衝撃が一気に左ひざを襲い、叫んだ。当然起き上がれず、タンカで退場となった桐嶋。左ひざの靭帯を痛める重症で試合後の病院での診断は全治3か月。シーズン中の復帰は絶望となったのであった。
ちなみに試合は栗栖のフリーキックを守り切って連勝は伸ばしていた。
「ちっきしょう…。カズとトシの3トップ。いい感じだったんだけどなあ」
翌日のリカバリー練習。剣崎は桐嶋の離脱を惜しんでいた。栗栖も同調する。
「確かにな。それ以上にカズのほうは無念だろうなあ。たぶんウチにいてから一番調子よかったもんな。ゴールもここまでチームトップの9点取ってたしな」
「いろんな意味で監督も頭が痛いでしょうね。どうすんだろこっから先」
並走していた根島が、ちらりとボートを手にしながらベンチに腰掛ける松本監督を見やった。その時にちょうど松本監督が立ち上がった。
「剣崎、竹内、それから栗栖。リカバリー終わったらちょっと来てくれ」
それから程なくして週末のリーグ戦。和歌山はホーム紀三井寺に鹿島を迎え撃った。鹿島は今シーズンは常に上位にいるものの、現在国内では完全に敵なし状態の川崎の独走を許し、2か月近くリーグ戦を残しながらリーグ優勝の芽は風前の灯火状態だった。故に、この試合に臨む意気込みは相当なものであり、和歌山からしても手強い戦いとなるだろうとみられていた。
その状況下、和歌山のスタメンは以下の通り。
GK20友成哲也
DF37榎原学
DF5小野寺英一
DF3上原隆志
DF32三上宗一
MF38ユン・ソンイル
MF2猪口太一
MF24根島雄介
MF8栗栖将人
FW9剣崎龍一
FW16竹内俊也
スタメン自体は特に変哲はない。いや、あるとすれば、サイドハーフで台頭している榎原が最終ラインに組み込まれているぐらい。だが、試合が始まり、選手のポジションが分かった時に鹿島サイドが戸惑った。
「ん?…妙だな。栗栖と竹内がスカウティングとは違うぞ…」
鹿島を率いる相名監督は首を傾げた。前線が3トップになる可能性までは予想していたが、その配置は想定外。竹内が左サイド、栗栖が右サイドにいたからだ。
これまでの和歌山において、竹内は右、栗栖は左であることが普通だった。その意図としては、最前線に立つ、剣崎らストライカーたちに走りながら精度の高いクロスを供給する意味があった。桐嶋が健在だった時もそういう意図があった。
だが松本監督は、栗栖の好調ぶりから以前からこの構想を練っていた。まず竹内と栗栖は利き足だけでなく逆の足でも精度の高いボールを蹴れる技術がある。だからサイドが入れ替わったとしても、遜色がないと判断していた。そしてこの配置の利点は『利き足のシュートがゴールに向かう軌道を描きやすい』ということ。ただでさえ剣崎という大砲をすえている状況下、ミドルシュートがどの位置からでも飛んでくるという警戒感を相手に受け付けた。
そして試合は終始和歌山ペースで進んだ。猪口とユンのダブルボランチは遊撃的にピッチを駆け回り、コースを切らせたりパスの受け手に猛然と襲い掛かり、鹿島のパスワークを機能させない。ならばとロングボールに切り替えても、小野寺と上原の両センターバックが弾き返す。自陣ゴール前の攻防の末に右サイドのボールが転がると、受けた榎原が果敢に攻めあがった。途中、栗栖とのワンツーを交えながら鹿島の守備を交わし、榎原はキープしながら味方を引き透けて栗栖にリターン。それを栗栖は、左足でダイレクトにゴール前へ放り込む。ゴールへと向かっていく軌道を描くボールは、見送っても直接入りそうなイメージを沸かせる。
(あいつの実力なら…それぐらいあり得る!)
これに反応したのが、鹿島のセンターバック、大森。プロキャリアを和歌山でスタートさせたかられは、栗栖のキックの精度を心身に記憶している。剣崎のマークを切ってまでボールをヘディングで跳ね返す。しかし、和歌山の波状攻撃はその後も続く。クリアボールを拾ったのはユン。ユンはすぐに左サイドで待つ竹内に繋げ、竹内は右足でもう一度クロスを送る。これも栗栖のと同じく、ゴールへ向かうインスイングの軌道を描く。キーパーとしては取りこぼすリスクのあるキャッチより、パンチングでのクリアを選択せざるを得ない。鹿島のゴールマウスに立つのは、友成からその座を奪った韓国代表GKハン・スンリョン。彼もまた、失点のリスクを天秤にかけてパンチングを選択。だがそのクリアボールを今度は猪口が回収。そしてディフェンダー二人のマークを受けている剣崎にスルーパス。剣崎は左足でボールの勢いを完全に殺して足元に収める、いわゆる『ビタ止め』をしてみせると、それをディフェンダーの股を抜くようにヒールシュートで押し込む。虚を突かれたハンは反応できなかった。
「ほーん。いままでならゴールを背にしてボールを受けたら、反転して豪快に…の一辺倒だったが、あんな芸ができるとは、イングランド行きもただの旅行じゃなかったらしいな」
反対側のゴール前でできる歓喜の輪を見ながら、友成は口元を緩めた。
進化した剣崎のテクニック。もともとのフィジカル的な圧力に金棒が加わった背番号9の存在は、ただでさえ鹿島サイドの脅威であった。それに加えた、両サイドの高精度キック。金棒を持った鬼に加えて、両サイドから某劇画の主人公ばりのスナイパーを両翼に従えた和歌山の破壊力に、鹿島の選手たちは表情には出さないものの、内心穏やかではなかった。そして彼らへの警戒を高めようとしていた合間を縫う一撃を、この選手が見舞った。
「くそ!ガツガツ俺に当たってんなあ。だったらお前に頼むぜ!」
ゴール前でボールを保持する剣崎は、自分に近寄ってきた味方に託す。ボールを受けた背番号24の三足が唸った。
「俺はレフティーならぬ、ライティーだ!」
両足それぞれの精度はばらつきがあるが、利き足の右なら「今の和歌山では一番という自負がある」と言いきる根島の一撃は、弾丸ライナーでゴールを貫いた。
リーグでも随一の戦歴を誇る名門鹿島。その戦意を奪うような猛攻を見せる和歌山は、後半さらに大暴れ。
開始早々の3分には榎原の突破から剣崎がこの日2点目を叩き込み、それから15分後には左サイドで得たフリーキックを、竹内が叩き込んで4点差。さらに栗栖が狙いすましたかのようなミドルシュートを打ちこみ突き放し、最後は竹内に代わって途中出場した関が不振を脱するゴールを決めた。
守っては2点を奪い返されたものの、6-2で圧勝。強力3トップの初陣を派手に飾った。
和歌山、快進撃への号砲だった。