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龍と風が帰る前に、あいつが一足先に帰還

「1年半のイングランドでのサッカーは何もかも刺激的だった。そして今日からそれをこのクラブに返すために帰ってきたぜ!」


 2021年の中頃、秋春制の欧州5大リーグのひとつ、イングランド・プレミアリーグでの武者修行を終えた男は、カッターシャツの上に古巣のユニフォームを着てリモート会見に臨んだ。


「この剣崎龍一、アガーラ和歌山での第2章だ!今度こそこのチームをJ1で優勝させてみせっから、世間の連中はよーく目をひん剥いて、耳かっぽじって俺の暴れっぷりに驚けってんだ!」

「お前…そんな精神年齢低いコメントでいいのかよ…」


 そう言い放ってドヤ顔の男、かつてアガーラ和歌山の象徴であった剣崎は鼻息を荒くした。その隣で同じくイングランドから凱旋した竹内俊也は呆れて頭を抱えていた。


「まあ…こいつと同じように思われるのはちょっと困るんですが…僕もそれなりにやってきたわけですし、少しでもそれをチームに還元できればいいなと思っていますね。…剣崎の啖呵の後じゃ何言っても控えめに思われるのいやだな」


 ため息交じりに意気込みを語る竹内の隣で、剣崎は古巣に還る興奮を抑えられないといった体だった。



 若手選手の海外移籍が当たり前となった昨今の日本サッカー界にあって、長く国内、それも生まれ故郷でのプレーを貫いてきた剣崎の海外移籍は、それなりの衝撃を与えていた。そして世界最高峰のリーグでも、日本代表で発揮している超人的な決定力で2年連続2桁ゴールという結果を残し、シーズン半ばのタイミングで和歌山に復帰することが発表された。剣崎に加えて竹内も同じタイミングで凱旋となったのだから、シーズン最初の移籍市場の話題は独占しきったと言えた。


 では、迎える和歌山はそれ以外に何か補強をしていなかったのかというとそうでもない。海外から二人が戻るおよそ半年前に、一人のキーパーが5年ぶりに出戻ってきたのであった。


「まあいつまでもプータローってわけにもいかないんで。どうせ戻るなら知ってるチームがいいと思って戻ってきました」


 相変わらずのそっけなさで、スーツの上に和歌山のGK用ユニフォームにそでを通した友成哲也がそこにいた。

 16年オフに名門・鹿島に移籍した元日本代表GKの友成は、中学まで野球少年だったという異色の経歴をもって和歌山ユースに入団。サッカー自体がほぼ素人同然で、キーパーをするには幾分小柄な選手だったが、抜群の身体能力と反射神経、そして誰もが舌を巻く練習量でその差を埋め、現GMの今石がユースを率いていたころのチームでレギュラーを勝ち取り、多くの伝説を残した。トップチーム昇格後も、驚異のシュートセーブ力と、弾丸のようなボールを蹴り飛ばすキック力、フィールドプレイヤー顔負けのボールさばきに超人的な度胸の良さで守護神となり、クラブ史上初のタイトルとなる天翔杯優勝をもたらした。U-23日本代表に選出されてリオオリンピックにも出場し、ロシアW杯を戦ったA代表、移籍した鹿島でも初年度からしばらくは守護神に君臨した、日本でも有数のキーパーだった。

 だが、海外移籍を目論んで幾度か欧州に渡ったが、芳しい返事をもらえないままの日々を過ごすうちに鹿島でもレギュラーの地位を追われ、さらには守備方針を巡って首脳陣と衝突し、2020年シーズンの途中に退団。フリーになったことで中東や東欧諸国クラブにテストを受けたが、そこでも不合格の日々。およそ半年近く無所属の状態を過ごし海外移籍を断念。日本のサッカー界のシーズン閉幕とともに各クラブに売り込みに走った。

 この状況で、天野という絶対的な存在がいながらも、現役選手の移籍交渉を担当する竹内強化部長は「常勝チームの経験値と実績は、天野をはじめ既存戦力に大きな緊張を与えられる」と、他のクラブと比較して可能な限りの好条件を提示。晴れて和歌山の復帰と相成ったのであった。

 2021年シーズンの和歌山の陣容は、松本監督以下首脳陣は全員留任。さらにいわゆる契約非更新選手は故障続きで今後のパフォーマンスにも不安が残るFWリカルド・サントスが自らチームを去ったぐらい。ストライカーとしての活躍はもとより、「リッカチャンダヨ~」というギャグのようなフレーズとひょうきんな性格でサポーターの人気も高かったが、「今の自分ではこのクラブの選手でいられるかもしれないが戦力には決してなれない。ならば戦力として取り扱ってくれるチームを探すことが、サッカー選手でい続けたいという自分への使命だ」という殊勝なコメントを残してチームを去った。世界的な病魔ゆえにファン・サポーターの前で別れを惜しむ機会が設けられなかったとが、なおのこと惜しまれた。


 一方で新しい戦力補強は友成のほか、2018年シーズン途中にG大阪へ移籍していたMF前田祐樹の買い戻し、2016年以来の復帰となるユース出身の万能DF米良琢磨(川崎、J2千葉、山形)を獲得し、J2新潟に武者修行中だったFW平井直人を呼び戻すにとどまった。ちなみに新卒採用とユースからの昇格はなかった。個々の実績にムラがあるのが気になるところであり、さらに総勢で30人を切る少数精鋭。シーズン途中の補強に含みを持たせた形であるが、期待よりも不安が大きかった。シーズン開幕前の陣容は以下のとおりである。


GK

1天野大輔

20友成哲也(元鹿島。無所属からの完全移籍)

26原田慎太郎

30本田真吾

DF

2猪口太一

3上原隆志

5小野寺英一

6カイオ・ロドリーゴ(今季より登録名は「カイオ」)

18鶴来大成

19寺橋和樹

32三上宗一

34米良琢磨(山形から完全移籍)

MF

4江川樹

8栗栖将人

10小宮榮秦

15園原勉

17近森芳和

24根島雄介

28藤井亮

31前田祐樹

39榎原学

FW

7桐嶋和也

13須藤京一

14関祥太郎

21成谷亮磨

27平井直人(新潟から復帰)

31ケビン・マーカス

33村田一志



 今シーズンのJ1は、例年よりも試合数が多い。新型ウイルスによる特例措置として前年はJ2への降格がなかった一方、昇格は例年通りあり、合わせて20チームが2回戦総当たりで戦う。途中、延期されていたオリンピックによる中断もあり、カップ戦や天翔杯も含めれば若干過密気味な日程。故に、余計に人数の少なさが気になり、外国籍選手も二人と物足りなさも募った。

 それでもキャンプやプレシーズンマッチを経てチームを調整していく過程で、陣容の変化の少なさ、獲得された面々が元和歌山という勝手知ったメンバーだったことがプラスに働き、開幕まで大きな故障者が出ることなく日は過ぎた。


 そして迎えた開幕戦。5年ぶりにJ1復帰を果たした福岡に洗礼を浴びせるべく博多の森に乗り込んだ。スタメンは以下の通りだ。


GK

20友成哲也

DF

6カイオ

5小野寺英一

3上原隆志

19寺橋和樹

MF

2猪口太一

15園原勉

18鶴来大成

8栗栖将人

FW

13須藤京一

33村田一志



「ふ~。やっぱなんだかんだ、俺に敵うやつは早々いねえってことだな」


 試合前のロッカールームで、友成はキーパーグローブをつけながらふとつぶやいた。


「嫌味にしか聞こえないっすよトモさん。俺や天野ダイさんのレベルが低いみたいじゃねえっスか」

 それを聞いて、控えキーパーとしてベンチ入りする本田が嫌な顔をした。そして言い返す。

「まあ、そこまで言うならちゃんと完封してくださいよ~?ダメだったら俺がいつでも変わるんで。もうアンタが知ってるガヤ担当じゃないんでね」

「ふん。90分ふんぞり返ってろ。俺はいつまでもお前が敵わないと思った俺だからな」


「向こうは初めて昇格したチームじゃないし、5年前と面子がそっくり入れ替わっているわけでもない。残留することの難しさと、だからこそ序盤の重みを知っている。その堅さに付き合わず、イケると感じた部分はしっかり生かそう。しっかり前に出ていけ!」

 そして松本監督が選手に向けてこう檄を飛ばして選手たちを送り出した。


 試合序盤、両チームとも互いをうかがうようなパス回しから始まった…が、すぐに猪口が動いた。様子をうかがっていた福岡のパスをいきなり遮断し、素早く前に出す。そして2トップの須藤を走らせた。

(さすがグチさん。奪うのもそれからのパスも頼りになるぜ)


 受けた須藤は一度右に流れながらスキを探る。そこにフォローに来たのは鶴来。須藤はヒールパスで流すと、受けた鶴来はそのままペナルティーエリアへ切れ込む。福岡守備陣、さらにキーパーの視線も自分に集まったのを感じてさらに左に流す。そこに駆け込んだのは栗栖。そのまま左足を振り抜くダイレクトボレー。ボールはゴール左隅を貫いて和歌山が先制点を挙げた。


「ナイスクリ!さすがだ」

「ハハ。俺はおいしいところもらっただけだよ」

 破顔一笑で頭をくしゃくしゃしてきた鶴来に、栗栖は照れながら返した。

 試合開始10分もしないうちの先制点。このまま試合は和歌山ペースで進むと思われたが、一転ここからゲームは膠着する。福岡の選手たちの目の色が変わり、ボールを奪わんとするチャージやタックル、さらにスライディングに容赦が消え、明らかに和歌山の選手たちが浮ついた。


「落ち着け!プレスに怯むな。周囲もサポートしていけ!」


 ピッチサイド、テクニカルエリアで松本監督は選手にそう指示を出す。ゴール前からも、友成が味方を動かす。


「ボールロストビビんな!とられたって俺がいるんだぞ!スペース限定させろ!!ショー!特にお前な!」

「な、名指しかよ…。またお前にこんなコーチングされんのかよ」


 小野寺はチームメートだった鹿島時代を思い出して首を傾げた。ちなみに友成が小野寺をショーと呼ぶのは、小野寺の「小」に由来する。

 ただ、ぼやきながらも小野寺もラインをコントロールしながら福岡の決定機を幾度となく潰す。どうにかこの時間帯を耐え抜き、前半を折り返すことになった。


「ざまあねえなお前ら。せっかく先手取ってるのに慌てやがって…」

 ロッカールームに引き上げてくる仲間たちに、友成は呆れたように言う。睨み返す選手もいたが、次の一言にはぐうの音も出なかった。

「松さんが言ってたのはこういうことになるなってことだろ。向こうが血の気見せて死に物狂いで来たとしても、それをいなして自分たちのサッカーをする。それぐらいできるメンバーがいるのに…簡単にのまれすぎなんだよ、向こうによ」

 露骨に大きなため息をついて、友成はユニフォームを着替え始める。その重い空気を振り払ったのは、栗栖だった。

「言いようはひどいが、確かに友成の言う通りでもある。俺たちはリードしてるんだ。奪われたところでまだ向こうは攻勢を強めなきゃならないんだ。ギアを上げても向こうは追いつけなかった。ここは自信を持っていい。自惚れなきゃいいんだ。普段の練習でやってきたこと、それさえできれば十分ゲームになるんだ。もっかい、落ち着いていこうぜ」

 栗栖が言い終わったタイミングで、友成はニヤリとした。



 選手交代なく臨んだ後半。友成のハッパと栗栖のフォローで落ち着きを取り戻した和歌山の選手たちあ、試合の主導権を握りながら試合を進める。福岡は選手交代や布陣変更で反撃の糸口を探すが、チャンスらしいチャンスを迎えられないまま時間が過ぎていく。

 そんな中で千載一遇のチャンス。園原がペナルティーエリア内で相手選手を倒してしまい、福岡にPKを与えてしまったのである。


「と、友成さん…すいません」

 萎縮しながら頭を下げる若手ボランチ。叱責されると顔をこわばらせていたが、意外にも友成は温かい言葉をかけた。

「仕掛けた選手に、恐れず体をぶつけにいった結果だろ?俺はそういう姿勢の末に生まれたミスは咎めねえよ」

 頭をポンポンと撫でられて園原はあっけにとられるが、友成はそのまま福岡のキッカー、鈴井と対峙した。そして…


「フッ!」

「あっ!」


 鈴井の狙いを読み切り、がっちりとボールを止めた友成。スタンドからの落胆を尻目に、前線にロングスローを送る。これに途中出場の関が反応し、ディフェンダーが一人しか残っていなかった福岡サイドのピッチを駆け抜ける。そして、キーパーが飛び出す前に右足を振り抜きゴールネットを揺らす。とどめの一撃を浴びせて、アガーラ和歌山の2021年は2-0の完封勝利で幕を開けたのであった。

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