第三章:電光石火の名探偵
潤たちさんぽ部の部員たちがようやく警察から解放されたのは、日が暮れてあたりが薄暗くなってきたころだった。
面々の顔は一様に暗く、それは慣れない事情聴取への疲労と仲間を失った心労との両面から来るものであった。
部員たちは講義棟の一室にある会議室に集められ、長い間そこに缶詰めにされていたのだ。一人ずつ呼ばれて事情聴取される中、それ以外の部員たちはいくつかのグループに分かれて不安そうに待機していた。
中でも沈んだ表情だったのはダイイングメッセージに名前を書かれていた水帆で、そんな水帆を親友の奈々が根気強く励ましていた。
「みんな、今日はお疲れ様!」
そんな中で努めて明るく、大きな声で部員たちに話しかけたのは、部長の実夏子だった。事情聴取も一通り終わり、刑事から解散していいことを確認した実夏子は、ぱん、と大きな音を立てて手を打って部員の注目を集める。
「今日の事情聴取は以上で終わり! もう帰ってもいいそうなので、順次解散してください。後日個別にまた警察から事情を聞かれたりするかもしれないけど、その時はなるべく協力してね。……安孫子くんのためにも」
最後に付け加えたその言葉がどこかよそよそしく聞こえたのは、潤の気のせいだっただろうか。
「あと、梶浦くんとも相談したんだけど……再来週のキャンパス祭、さんぽ部としての参加は見合わせようと思うの」
実夏子の言葉に、部員たちからは「ああ……」という曖昧な声が漏れた。キャンパス祭のことなど、安孫子の死の衝撃ですっかり頭から吹っ飛んでいたのだ。
紅園大学では来週の土曜日と日曜日、キャンパス祭が催される。様々な部活やサークル、ゼミや研究室といった有志の団体が、出店やらイベントやらを開く年に一度の大イベントだ。学外からも多くの客が訪れ、例年盛況である。
さんぽ部は例年、おすすめの散歩コースを写真付きで紹介する展示コーナーを設置している。実行委員会には既に展示をやることとして申請を出しており、教室も抑えていたが、具体的にどのあたりの地域を紹介するかは、今度のミーティングで決める予定だった。
確かに、こんなことになってはキャンパス祭どころではないだろう。
下手をしたら、キャンパス祭そのものが今回の事件を受けて中止になるかもしれない。
「せっかくオリジナルパーカーなんかも作って準備していたけど、こんなことになっちゃったからには、ね」
実夏子が少し陰りのある笑みを浮かべながら言った。
部員全員分の名前がプリントされた黒いオリジナルパーカー。今週末には届く手はずになっていたのだが、日の目を見ることもなく終わりそうだ。
「じゃあ、今日は解散! 何か相談したいこととかあったら、いつでも連絡してきてね」
そうして実夏子はまた、ぱん、と手を叩いた。
注目を集めたいときや話の区切りとなったとき、彼女には手を叩く癖があった。
実夏子が手を叩くと同時に、一年生の小鳥居が立ち上がる。
「……じゃ、お疲れ様です」
小鳥居は淡々とそう告げると、そのままさっさと会議室を出て帰っていった。その様子は、いつものサークル活動を終えて帰るときと、少なくとも表面上は何ら変わりないように見えた。
それから各々がゆっくりと帰り支度をし始めた。
潤も飲みかけのペットボトルなどを鞄にしまいながら、そっと横目で水帆の方を窺ってみた。伏せられた瞳は憂いを湛え、僅かに揺らいでいるように見える。
ぱん、と腰のあたりを誰かに叩かれた。
隣に立っていた翼の仕業だった。
「何か声かけなくていいのか?」
「……僕に何か言えることがあるのかな」
実際、何と声をかければいいのか分からない。
殺人事件に巻き込まれただけにとどまらず、被害者に名指しで告発されるなんて、その心境は想像もできない。警察は一体、どこまであのメッセージを信用しているのだろうか。犯人の偽装の可能性だって当然あるだろうし、あれだけで水帆が犯人だと決めつけるようなことは流石にないと信じたいが。
「おーい、春川さーん!」
うじうじと潤が悩む横で、翼がさっさと水帆に声をかけてしまう。
水帆と奈々がこちらを見て、翼は潤の腕をがっしと掴みながら、二人の方へ近づいて行った。
「ば、馬鹿っ! 翼っ!」
潤は焦った声を上げるが、翼に強引に引っ張られていく。
「辻丸くん。倉敷くんも。今日はお疲れ様」
水帆は弱弱しく微笑んで応じてくれた。
「あ、うん。春川さんも。あ、あの、あんなメッセージなんて犯人の偽装か何かだと思うから、あまり気にしない方がいいよ。僕は春川さんが犯人だなんて絶対にないと思うし!」
半音上がった声でしどろもどろに潤は言った。
水帆の傍らの奈々も「そうそう!」と勢い込んで同意する。
水帆は、少し困ったように微笑んで、それから俯いた。
「いいの。あのメッセージがなくたって、どうせ疑われていただろうし」
「え……?」
「私には安孫子さんを殺害する動機があった。少なくとも警察はそう判断すると思う」
「そんな、ちょっと言い寄られていたくらいで……」
「違うの」
どこか緊張感を含んだ声で、水帆は遮った。
「私と安孫子さんは、同じ高校の出身でね。元々顔見知りだったんだ」
それは知らなかった。
安孫子も水帆と旧知の中であるような素振りは見せていなかったが、と潤が訝しげな顔をしているのをみて、水帆は目を伏せて付け加えた。
「安孫子さんは気づいていなかったと思う。私、高校時代と今で結構見た目が変わってるし」
言いながら、水帆は自らの高校時代の写真を見せてくれた。
今よりもややぽっちゃりしていて、牛乳瓶の底のような分厚い眼鏡をかけたセーラー服の女子生徒が写っていた。
「え、ここに写ってるの、水帆!?」
奈々が驚いたような声を上げると、水帆は苦笑いを零しながら頷いた。
「大学に入るあたりでちょっとダイエットして、眼鏡もコンタクトに変えたの」
「イメチェンってやつ?」
「うん、まあ……」
翼の問いに、水帆はどこか遠くを見るような目で応じた。
「後悔して後悔して……。昔の自分を丸ごと葬り去りたかった、のかな」
「え?」
不安な言葉に、潤は思わず聞き返した。
「高校時代に仲の良かった友達がいてね。その子を紹介してほしいって安孫子さんに言われて、私、紹介したの。安孫子さんとはそんなに親しかったわけじゃないけど、委員会活動で知り合ってね。それで、あの子は安孫子さんとつき始めて、それで……」
水帆の声が微かに震えだした。
「手ひどく捨てられて、自殺してしまった」
「え……」
水帆の突然の告白に、その場の空気が凍った。
「少し調べればわかることだから、警察もきっとすぐに突き止める。私は、安孫子さんを恨んでいた。それは確かなことだから……」
「まさか、本当に安孫子を殺したとは言わないだろうな」
いつの間にか水帆の言葉を聞いていたらしい梶浦行智が固い声でそう割り込んできた。
はっとしてあたりを見回すと、翼、奈々、梶浦の他、まだ帰っていなかった和田樹里香や湯川実夏子が同じく固い表情でこちらを見ていた。真っ先に帰宅した小鳥居の他、伊藤美沙都の姿も既に教室内にはなかった。幸いに、というべきか、部屋の中には刑事の姿もない。
「それは、違います。私は安孫子さんを殺してなんかいません」
「そうですよ! もし本当に水帆が犯人だったら、ここでこんな話をするはずがないじゃないですか! ひどいですよ、梶浦さん!」
奈々の剣幕に、梶浦はバツが悪そうな顔をして押し黙った。
「奈々、私は大丈夫だから。梶浦さんもすみません」
すぐれない顔色で必死に言葉を紡ぐ水帆を見て、潤は一つの決心を固めた。
この事件は、一刻も早く解決すべきだ。
いけ好かなくて傲慢だが一見するほどには悪い人間じゃない、優れた頭脳を持つ名探偵。
あの男に、事件の解決を依頼しよう、と。
*
「僕の通っている大学で、ちょっと事件があって。助けてほしい」
潤の言葉に、喫茶店のテーブルを挟んだ向こう側にいるその男は、ゆっくりと目を細めた。
百八十センチを超える長身、細身でスタイルのいい身体はモデルのようにも見える。顔立ちも整っている部類なのだが、険のある目つきが全てを台無しにしている。
「事件ねえ。まあ、お前が俺に相談っていうならそんなところだろうと思ってたよ。金の相談でなくて何よりだ」
ニヒルな笑みを浮かべながら、その男、波川友隆は軽口を叩いた。
確かに、頭は切れるが人間性にやや難のあるこの男に事件以外の相談をしたいとは思わないな、と潤は思った。人生相談などした日にはこちらの悩みを一笑に付してきそうだ。
「もしかして、紅園大のキャンパスで男が殺されたって事件か?」
「知ってるのか?」
「ニュースで見た。被害者の名前は安孫子佳孝、だったか?」
知っているなら話が早い。
潤は波川の方へ身を乗り出した。
「そう。そしてその犯人として、僕の……友人が疑われてるんだ。でも、絶対に彼女は殺人なんかに手を染めたりしない。このままじゃ冤罪で逮捕されてしまうかもしれない。助けてほしいんだ!」
潤がそう言って頭を下げるのを、波川は醒めた目でコーヒーを啜りながら見ていた。
「今回は新郷家の事件とは違う。ちゃんと警察の手が入ってるんだ。警察に任せておけばいいだろう」
「その警察が当てにならないから頼んでるんだよ! 警察は彼女を疑ってかかってる!」
「警察がだれを疑ってるかなんて、よく知ってるな。警察の捜査情報でも盗んだか?」
「いや、そうじゃなくて……」
潤は安孫子が残したと思われるダイイングメッセージの件を波川に伝えた。だが波川の反応は芳しくない。
「現場に『ミズホ』と書かれたメッセージが見つかったと。んで、その春川って女は事情聴取でその件について問い詰められたってわけか」
「ああ、彼女がそう言ってた」
「警察も相手によって何を聞いてどう揺さぶるかってのを考えながら事情聴取してるんだろ。実際、お前はそのダイイングメッセージやら、春川って女については特に聞かれてないんだろ?」
「まあ、それは……」
潤が歯切れ悪く返事をすると、波川はこれ見よがしにため息をついて見せた。
「なら、警察だってちゃんと他の容疑者もリストアップしてるかもしれないだろ。もう少し警察を信用してみたらどうだ? 日本の警察は基本的には優秀だろ」
「……意外だな。波川なら『警察なんか無能の集まりだ』くらい言いそうだと思ってたけど」
「お前は俺を何だと思ってんだよ……。ま、身内に警察関係者もいるもんでね。警察の苦労とかやり方を多少は知ってるつもりだよ」
身内に警察関係者がいるとは知らなかった。
考えてみれば、この波川という男のことを自分は何も知らなかったな、と潤は改めて思う。付き合いが長いわけでも深いわけでもない、傲慢だが有能だということくらいしか知らない間柄の男だ。新郷家での事件がなければ、知り合うことすらなかっただろう。
だがそれでも、この男なりに自分の筋を持っていて、誰かのために行動したり、怒ったりすることも出来るのだということを、潤はあの新郷家での事件を通して知っている。
「警察が春川さんを犯人だと決めつけたりはしないにしても、有力な容疑者の一人と考えている可能性は高いよな? 少なくとも、春川さんはそう思っているし、部員の中にもそういう風に考えてしまっている人は多いと思う。その疑惑を払拭するには、本当の犯人を見つけ出すしかないと思うんだ」
事件解決が長引けば長引くほど、水帆が受ける精神的ダメージは大きくなるだろう。犯人かもしれない、と疑われながら生活していくのは大変なことだ。そういった傷が、水帆の精神に不可逆なダメージを与えてしまうかもしれない。
「頼むよ。この通りだ」
深々と再度頭を下げて頼み込む潤に、波川は観念したようにため息をついた。
*
翌日、講義が再開されたキャンパスで、潤は波川と待ち合わせた。
ちょうど昼時だったので、混み始めてきた食堂に集まり、まずは腹ごしらえをすることにする。
事件関係者への聞き込みや、現場となった部室の検分―――やれることはたくさんあるはずだ。
そう潤が意気込む前で、波川は大盛りのカツカレーをもりもりとかき込んでいた。
「このカレー、市販のルーじゃねえな。多分スパイスから作ってる。なかなか手が込んでるじゃねえか」
変なところに感動している男だ、と潤は若干呆れながら、日替わりのカキフライ定食をつついた。
食堂の窓からは事件現場となった部室棟が見える。やはり殺人の現場となった場所に近づくのは気味が悪いのか、部室棟の方は閑散としていた。
「警察、来てるな」
「え?」
カツカレーを咀嚼しながら、何でもないように波川が言う。その言葉に辺りを見回すと、確かに食堂の入り口近くに私服警官らしき男女が立っているのが見えた。よく見てみると、女性の方は事情聴取を担当していた刑事だ。他の刑事に指示を出したりもしていたし、責任ある立場の者なのかもしれない。
そうして刑事たちの方を見ていると、あちらもこちらに気づいたらしく、二人はそのままこちらに歩いてきた。
「こんにちは、倉敷さん。警視庁の天利です。それにそっちは……」
女性刑事は波川の方に視線を向け、一瞬硬直する。
その様子を、もう一方の男性刑事が不思議そうに見ていた。
「どうしたんですか、天利警部。あ、こんにちは、俺は天利警部の部下の来生です。よろしくね」
潤や波川ともそう年齢が変わらなそうに見えるその男性刑事は、緩い口調で軽く手を振りながら声をかけてきた。
「あれから何かまた思い出したこととかない? 事件に関係なさそうなことでも何でもいいからさ」
「いや、申し訳ないですけど、これといっては……」
自分が見たこと、聞いたことは事情聴取の際にすべて伝えたつもりだ。何か水帆の疑いを晴らすような新事実を思い出したりできればいいのだけれど、なかなかそう都合よくはいかない。
「警察は、春川さんを疑ってるんですか?」
「んー、まあそこはノーコメントということで……」
「なあ、おばさん。現場に残ってたっていうダイイングメッセージ。あれは犯人の偽装だぞ。被害者が残したもんじゃねえ」
潤と来生が話している一方で、波川が急に天利に声をかけていた。
波川のあまりの無礼っぷりに、潤と来生は同時にぎょっとした顔を向ける。
「な、何を言ってるんだよ波川。失礼だろ……!」
「あ? お前もあれは犯人の偽装だって思ってるんじゃなかったのか?」
「いや、そのことじゃなくって! いきなりおばさんなんて……」
「おばさんをおばさんって呼んで何が悪いんだよ」
悪びれない波川に、潤は冷や汗を流しながら天利の方を盗み見る。
だが天利は波川の無礼な言い様を全く気にした様子も見せず、顎に手を当てて考え込んでいるようだった。
「確かに警察も偽装の可能性は考えてる。でもどうしてそう断言できるの? 何か根拠でも?」
「勿論あるぜ。それを説明するためにも、ダイイングメッセージを写した写真を見せてくれよ。持ってんだろ?」
波川の言葉に天利は一瞬躊躇して、それからその写真を取り出した。
部下の来生が何か言いたげに天利を見ていたが、結局口は出さない。事件関係者でもない波川に安易に見せていいのかと言いたかったのかもしれない。
波川は天利が示した写真を確認し、「やっぱりか」と小さく呟いた。
その写真は潤が見せられたのと同じものだった。仰向けに倒れている被害者の安孫子の手元がアップで写され、その人差し指には血がついている。「ミズホ」の文字は安孫子の足側から見て読めるような向きで、床に書かれていた。
「何が『やっぱり』なの?」
「文字の向きだよ」
波川は写真の中の文字を指さした。
「被害者の安孫子って奴は仰向けで死んでたんだろ? んで、その状態で指で血文字を残すとなると、床を背にした『後ろ手の状態』で文字を書くことになる。そうなると、文字の向きはどうなると思う?」
潤は自分が仰向けになった状態で文字を残そうとするとどうなるか考えてみる。空中に文字を書くが如くゆらゆらと指を動かすと、やがて答えを得た。
「安孫子さんの頭側から見て、文字が読める向きになるな。……あれっ?」
潤は言ってからもう一度写真を見た。
写真の中のダイイングメッセージは、安孫子の足側から見て読めるような向きになっている。
「これは……いったい……」
「なるほど。つまり、この文字は犯人が被害者の足側から、後から偽装のために書いたものである。そう推理できるというわけね?」
「ま、その通りだよ。そうなると逆に、『ミズホ』って名前を持つような奴は犯人とは考えにくくなるな。自分の首を絞めるだけのメッセージを現場に残す必要なんてないしな。ま、警察がそこまで気づくことを見越して敢えて、って可能性まで否定する気はねえけど。もしそうなら相当捻くれた犯人だぜ」
スラスラと一瞬のうちに水帆の容疑をほとんど晴らしてしまった波川を、潤の隣の来生はぽかんとした表情で見つめていた。半開きの口が少し馬鹿っぽくなっている。
一方の天利はどこか複雑そうな表情でため息をつき、頭を搔いていた。
「ご協力ありがとう。これは犯人像を練り直す必要がありそうね……」
言いながら、天利は波川を半目で睨みつけた。
「まったく、なんでアンタがここにいるのよ」
「友人からのちょっとした頼みでね」
「確かに、アンタと倉敷潤の間には新郷家の事件を通してつながりがあることは把握していたけど……」
「あの、ちょっといいですか、警部」
どこか当惑した様子で部下の来生が割って入った。
「警部とこの男、知り合いなんですか?」
「ああ、まだ教えてなかったわね。この男は波川友隆。私の姉の息子―――つまり甥っ子ね」
「ええ、甥っ子ぉ!?」
素っ頓狂な声を上げて驚いたのは、来生ではなく潤だった。
「んだよ、何を驚いてんだ。俺は最初から『叔母さん』って呼んでただろ」
「ああ、『おばさん』ってそういう……」
潤の肩からどっと力が抜ける。
そういえば身内に警察関係者がいると言っていたな、と潤は今更のように気づいた。それも警視庁の警部というのはかなりの腕利きではないのだろうか。
「ま、とりあえず協力に感謝するわ。でもあまり無関係な事件に首を突っ込まないようにね。学生の本分は勉強なんだから、そっちを疎かにしないように。行くわよ、来生」
天利はそう言うと、来生を伴ってキビキビとその場を後にした。
あの様子だと、やはり警察内部でも水帆は有力な容疑者だったのだろうか。
「喫茶店で言ってた身内の警察関係者って、あの人のことだったのか」
「まあな。叔母さんは準キャリアってやつで、バリバリの仕事人間だよ」
空っぽになったカツカレーの皿を前に、ぐいと水を飲みながら波川が言う。
「結構口うるさいところもあってな。さっきも聞いたろ? 余計なお世話なお小言を」
「はは……」
それにしても身内とはいえ、波川に請われて素直にダイイングメッセージの写真を見せたあたり、天利も波川の推理力が優れていることに関しては把握しているのだろう。新郷家での事件に遭遇する前から、波川は何らかの事件を解決したりしていたのだろうか。
「んじゃ、これで依頼達成ってことで」
「え?」
考え込む潤に、波川はあっさりした声でそう告げた。
「春川とかいう女の疑いはこれでほぼ晴れただろ?」
「ああ、うん……。そうだけど、じゃあ犯人っていったい誰なんだろ?」
「それは警察が何とかするんじゃねえのか?」
波川は面倒そうに言うと、大きく伸びをした。
春川水帆の疑いを晴らしてほしいという頼みはもう解決したので、これ以上この事件に首を突っ込む気はないようだ。こういうところ、ドライな男なんだよなあ、と潤は苦笑いを漏らした。
「分かったよ。今回は助かった、ありがとう。お礼と言ってはなんだけど、次の土日にうちの大学のキャンパス祭があるんだ。何でも奢るから、ぜひ来てくれよ」
「キャンパス祭ねえ。人が多くて面倒くさそうだな」
波川は長い足を組みなおした。
「ま、気が向いたらな」