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06.魔王との邂逅

 喧嘩をしながらも、アスファとカウィは互いの力量を認め合っていた。片や、暴走寸前とはいえ全ての属性を操るアスファに、片や、先天属性のみとはいえ巧みな剣技と魔法の組み合わせを持つカウィ。打ち解けるまで、そう時間はかからなかった。

 面白くないのはハーディとジアーだ。


「おい、ハーディ。いいのかよ、あれ」


「よくねぇよ。非常によろしくねぇ」


 途中休憩を挟んでいる間に、アスファはカウィから簡単な体術を習っていた。そうは言っても護身術の域を出ないものだったが、二人の距離は、近い。


「相手を殴る時は?」


「拳ではなく掌底や手の甲を用いる。怪我をするから」


「こうやって下から手首を掴まれた時の対処は?」


「両手を組んで相手の親指の方向に振り抜く」


 実際にカウィがアスファの華奢な手首を掴む。それを振り解くアスファ。


「上から手首を掴まれた場合は?」


「相手の親指の方向に腕を捻る。あるいは両手を組んで左右に振り解く」


 ここまではまだいい。掴まれているのは腕だけだ。


「後ろから抱きつかれたら?」


「お尻を勢いよく突き出し片脚を伸ばして振り向きざまに反対側の手刀で転ばせる。あるいは後方に頭突き」


「ちょっと待った!」


 実際にやってみようとした二人をハーディが止めた。


「どうした、ハーディ」


「アスファお嬢さん、頼むから、そこから先の実演はバドルちゃんとやってくれ。俺の心臓に悪い……」


「ハーディ、大げさだよ」


 水を差されたアスファはやや顔をしかめたものの、言われた通りバドルの元へ行った。


「ふぃー、素直なお嬢さんで助かったぜ……」


「……随分と過保護なことだな。そんなにあいつが心配か?」


 フン、と鼻でせせら笑うカウィをハーディはジロリと睨みつけた。


「当ったり前だろ。俺はお嬢さんがたの保護者なの。俺の目の黒いうちは指一本たりとも触れさせねぇからな」


「もう触れた。それに、お前の目は黒じゃなくて灰色だ。残念だったな」


「それは言葉の綾だ。いちいち揚げ足を取るな」


 十五歳の少年相手に大人げなく文句を垂れながら、それでもハーディは安堵していた。アスファが姉以外の人間に懐くのを初めて見た気がしたからだ。ハーディやバドルやジアー相手とも違う、あくまで対等な友人として。


(魔法以外にも関心が向き始めたのは、いい傾向か……)


 ハーディはそう考える。アスファに魔力を簡単に制御させないための調整法も考えてある。ハーディには遠い昔に決めたことがあった。ナールたちの一族から魔王を輩出することを何とか防ぎたい。もう、悲劇はこりごりだった。


「そろそろ出発するらしい。ハーディ、カウィとじゃれていないで準備を手伝え」


「はいはい。バドルちゃんが手厳しい……」


「誰がバドルちゃんだ」


 そんなやりとりをしながら、二人はサマーァを四輪車に繋ぐ。


「マーディンまでは、あとどれくらいだ?」


「ん? 今の調子だと、あと一日二日はかかると思うが……どうしたんだ?」


「いや、アスファの消耗が意外に激しい。早くこの依頼が終われば、ゆっくり休めると思っただけだ」


 ハーディは、おや、と思った。大雑把なようで意外にバドルは周りをよく見ている。アスファの変化に気づくとは。


「アスファお嬢さんは、きっと気にしてほしくないと思っているぞ」


「それはわかっている。大体あいつは子供のくせに無理しすぎなんだ。人生に疲れ切った年寄りみたいな表情をして平気で自分の不調を隠す。いくら魔導師だからといっても程度ってものがあるだろう」


 バドルの言葉には遠慮がない。それでも、その言葉には端々にアスファへの気遣いが感じられて、ハーディは思わず、へらり、と笑みを浮かべてしまう。


「笑っている場合か!」


「いやー、ごめん、バドルちゃん。俺、嬉しくってさぁ。アスファお嬢さんって常に周りに対して壁を作っているだろ? その壁を外側から壊す人間って必要なんだよ。俺は、この旅でそんな存在がたくさん見つかればいいなって思うんだよね」


 ハーディの言葉に、バドルは思わず毒気を抜かれてしまう。


「お前……たまにはまともなことも言うんだな」


「あのー、バドルちゃんの中の俺って一体どんな人なわけ……?」


軽佻浮薄けいちょうふはく海月くらげ野郎だ」


 ばっさりと切って捨てたバドルに、ハーディはがっくりと肩を落とすとシクシク泣くふりをした。


「バドルちゃんてば、酷い……」


「だから、バドルちゃんって言うな」


 不毛な言い争いを続ける二人に、静かな声がかかった。


「サマーァの準備はできた? 早く乗って。置いて行かれる」


「おう」


「今行く」


 アスファの声に、慌てて二人は獣車に乗り込んだのだった。


 旅は順調そのもので、時折魔物に襲撃されたが、バドル、カウィ、アスファの三人で退けることは容易だった。


「やはり集団で来られると、もう少し頭数が欲しいと思ってしまう」


「そうだな。せめて、もう一人剣士がいれば楽なんだが」


「一座って、マーディンが本拠地ですのよね? マーディンに着いたらカウィを本格的に勧誘しませんこと?」


 順に、アスファ、バドル、マイヤの発言である。


「それは考えていた。それでも、もう一人、前線で戦える仲間が増えるといいと思う」


 アスファが最後にそうまとめた頃、一行は古都マーディンに到着したのだった。時刻はもう夕刻に近かった。



 古に栄えた都マーディンは当時の景観をそのまま残してあり、王宮のあった場所は、現在は神殿となっていた。神殿には精霊が祀られており、そこでは神官たちと彼らを守護する聖騎士たちが暮らしていた。


 旅芸人の一座を無事に送り届けて報奨金を手にした一行は、一座と別れて神殿を目指した。


「旅人たちは、旅の安全を祈願して神殿でお祈りしていくのが普通なんだが……」


 ハーディはそこまで言ってアスファを見た。


「金色の瞳を持つ者が、神聖な神殿に立ち入るなど許されないだろう。私はサマーァと一緒に待っているから、四人で行ってくるといい。佩玉を持っていけば問題ないのだろう?」


「それはそうですけど……」


 マイヤが渋る。普段なら、アスファが残るのでしたらわたくしも残りますわ! と言っているところなのだが、一人の魔導師として先祖に当たる精霊を祀る神殿に参拝しないわけにはいかなかった。


「じゃー、俺も残ろーかな」


 意外にもそう言ったのは、なんとジアーだった。全員の視線がジアーに集まる。


「んな変な目で見るなよ。神殿の奴らは俺の顔を知ってんの。俺がここにいるってバレたら色々うるさいからなー」


 その言葉に、皆、納得する。


「お前が残っても、アスファお嬢さんのお荷物になるだけだろ?」


「大丈夫だって。少なくともこの街にはカウィもいるし、聖騎士たちが睨みを利かせてるから変な揉め事は起こんねーよ」


 説得力があるような、ないような台詞を吐いて、ジアーは居残りを決めた。


「じゃあ、神殿に参拝するのは、わたくし、バドル、ハーディの三人ですわね」


「あぁ。私の分まで頼む、マイヤ姉様」


「わかっていますわ。サマーァ、アスファを頼みますわよ」


「ちょっ、俺は無視かよ!」


 サマーァが、諾、と言わんばかりにブルルルと唸った。三人が出掛けた後、アスファとジアーはどうしようかと話し合った結果、カウィに会いに行くことにした。


「サマーァは少しここで待っていてくれ。カウィを勧誘したらすぐに戻ってくるから」


 アスファの言葉に、サマーァが頷く。その鼻面をそっと撫でて、アスファとジアーは旅芸人一座の拠点に向かった。街の中で、そこだけ異様に華やいでいるので、すぐにわかる。


「カウィ」


 見つけて声をかけると、カウィがこちらを振り返った。


「お前たちか。神殿の参拝には行かなかったんだな」


「この瞳ではな。……それよりも、カウィ、話がある」


「話?」


 怪訝そうに顔をしかめたカウィに、アスファは話を切り出した。


「道中はカウィのお陰で助かった。礼を言う。それで、もしよければの話だが……私たちと一緒に旅をしないか? 貴方がいてくれるならとても心強い」


「告白かよ!」


 思わずツッコミを入れたジアーだったが、アスファは至って真面目だった。カウィはフンと鼻を鳴らした。


「僕が強いのは当然だ。それよりも、お前は何故旅をしている? その理由を聞かないことには同行はできない」


 カウィの言い分はもっともだった。だから、アスファは考えながら口を開く。


「最初は私の修行の旅という名目だった。でも、そんなことのためにナール姉様が私を外に出すわけがない。これはきっと私を試しているのだと思う。私が真に魔王の器であるのか否かを。もし魔王の器でないのならば人々の役に立ってみせろ。ナール姉様が言いたいのはきっとそういうこと。だから、これは私が私であることを証明する旅。私はまだまだ未熟で非力だから皆の助けが要る。カウィに一緒に来てほしい」


 やはり告白みたいだとジアーは思う。だが、水を差すのも悪いので今回はあえてツッコミは控えた。


「お前の存在証明に僕が同行する理由はないな。……まぁ、どうしてもと言うのなら付き合ってやらんでもない」


 相変わらず言い草は高飛車だったが、カウィも一緒に来てくれるという。アスファは手を差し出した。


「よろしく頼む」


「フン……」


 そっぽを向きながらも、カウィの手はしっかりとアスファの手を握っていた。その事実がアスファには嬉しい。


「それにしても、お前、戦えないこいつを連れて街をうろつくなんて無防備すぎるぞ。マーディンの治安はいいほうだが、それでも用心するに越したことはない」


「こいつ言うなよ。俺、一応あんたより一つ年上なんだからさー」


 ぶつくさ文句を言うジアーを、カウィは一刀両断する。


「使えない男に用はない」


「ひでー」


 ふと、アスファは空を見上げた。風の様子がおかしい。急に空を見上げたアスファに、ジアーが首を傾げた。


「どうしたんだ? アスファ」


「風が……怯えている……」


「何だと?」


 カウィも空を見上げるが風魔法の素養がないため変化を感じ取ることはできない。その時、ジアーが突然声を上げた。


「痛っ!」


「どうした?」


 慌ててアスファはジアーに駆け寄った。ジアーは右手で左手首を押さえている。


「この感じ……あいつがいるのか……?」


 呆然と呟いたジアーの言葉の意味がわからないアスファは、ジアーの左手首に手を伸ばした。しかし、その手は乱暴に振り払われた。


「触るな!」


 ジアーにしては珍しい態度にアスファが驚いた一瞬の隙に、ジアーはアスファを突き飛ばして駆け出した。


「ジアー!?」


 慌てて追いかけたが、人混みに紛れ金色の髪をすぐに見失ってしまった。



 ジアーは人混みの中を走っていた。この感覚。左手首の痛み。間違いない。あいつがこの街に来ているのだ。


「くそっ……逃がしてたまるかよ……!」


 がむしゃらに、右も左も考えず、とにかく走った。行き先は簡単、左手首の感覚が教えてくれる。路地裏の角を曲がったその先に、黒い外套に包まれた人影を発見する。


「見つけた……!」


 走りながら腰に差していた短剣を抜く。王家に伝わる精霊の加護を秘めた短剣だった。そのまま人影に突進する。人影がジアーの接近に気づいた時には、すでにジアーは相手の懐に飛び込んでいた。

 体当たりの勢いそのままに短剣ごと人影にぶつかる。だが、その瞬間、ジアーの胸に灼熱感が走った。


「ぐあっ……!」


 そのまま吹き飛ばされて地面に仰向けに転がった。激烈な痛みに視線を向ければ、胸が大きく裂けている。痛みを堪えて自分が刺したはずの人影に目を向ければ、どうやら動けずにうずくまっているようだ。呼吸が荒い。外套の隙間から闇色の長い髪が零れている。


「ざまーみやがれ……」


 悪態をつくも喀血した。ゴボッ、と血の味がせり上がる。傷は深く、出血が止まらなかった。


(俺……このまま死ぬのかな……)


 死にたくない、という強い思いがジアーの胸に去来する。それなのに、血と一緒に何か温かなものが身体から抜け落ちていくのがわかる。


(死にたく……ねーよ……)


 その思いを最後に、ジアーの意識は途切れた。


***


 一方、アスファとカウィもジアーを追いかけて街中を駆けていた。風がアスファに教えてくれる。風魔法の気配と血の臭い。アスファの胸を焦燥と恐怖が支配する。


「魔・風・動、『飛翔』!」


 大きく飛び上がったアスファに、慌ててカウィは叫んだ。


「待て! 一人で先走るな! 僕も連れて行け!」


 だが、アスファは止まらなかった。風の速度で路地を飛び越えて、その光景を見つけた。


「ジアー……?」


 石畳に広がる血だまり。うずくまる人影。血だまりの中に血まみれで横たわっているのは、紛れもなくジアーで。


「ジアー! しっかりしろ!」


 叫んで慌てて駆け寄った。出血が多い。意識がなく、呼吸も弱い。どう考えても助からない。


「魔・水・静、『治癒』!」


 それでも諦められなくて、回復魔法を施していると声をかけられた。


「お前、魔導師か……その子供はもう助からない……代わりに俺を治せ……」


 声はうずくまっていた人影だった。よく見ると手で右の脇腹を押さえており、指の間からは短剣の柄が覗いているではないか。そこからポタリ、ポタリと血が滴り落ちていた。


「それ、ジアーの短剣……」


「そうだ……この子供にいきなり刺された……わかったら、俺を治せ……」


 見覚えのある短剣の柄にアスファが呟くと、人影は苦しい息の下で自分を治せと再度迫った。


「ここに来る途中、強力な風魔法を感じた。貴方は魔法使いだろう。自分で治せるはず」


「はっ……賢いお嬢さんだ……だが、こっちにも事情があってな……精霊の加護を受けたこの忌々しい短剣のせいで今は魔法が使えない……抜けば大量出血で死ぬ……だから、抜かずに治せ……」


 黒い外套の隙間から覗いているのは闇色の長い髪。体格からいって、どうやら男性のようだ。


「生憎とジアーのほうが重傷だから、治療を止めるわけにはいかない」


「だが、その子供は助からない……諦めろ……」


 諦めろと言われて、はいそうですかと引き下がるわけにはいかない。しかし、魔力の残りも少なかった。


(考えろ……ジアーの命が助かる方法……できれば二人とも助けられれば……)


 必死で考えて、考えて、考え抜いた末に導き出したアスファの答えは──外法の秘術を行使することだった。生命の理を侵すその魔法は、人の道に外れた『外法』として禁忌とされてきた。だが、どう考えても二人を同時に助ける方法はそれしか思いつかなかった。特にジアーの容体は一刻を争う。迷っている暇などなかった。


「待っていろ、ジアー。今、助ける……魔・秘・廻、『御魂繋ぎ』」


 蛍火のような燐光がジアーと男の身体を柔らかく包み込んだ。アスファの金色の瞳が炯々と輝き出す。光に包み込まれたジアーと男の傷の出血が止まった。男の脇腹から短剣が押し出され、カラン、と乾いた音を立てて石畳に転がる。二人の傷は明滅する燐光に包まれて、光と同調するように急速に治癒していった。


「馬鹿な……!? その魔法は……それに、その瞳……貴様、まさか……!?」


 男が呆然としたようにアスファを見た。アスファも男を見る。目が合った。


「金色の瞳……!?」


 アスファは驚愕した。自分以外にも金色の瞳を持つ人間がいたなんて。男は苦悶の表情を浮かべていてさえ美しい面差しをしていた。年の頃は二十代半ば。長い闇色の髪に金色の瞳を持つ──魔王だった。

 瞬時にアスファはその事実を悟った。どうしよう、本物の魔王だ。人を呼ばなければ。否、逃げるほうが先かもしれない。そう思うのに、身体が思うように動かなかった。魔力を使い果たしてしまったのだ。


「貴様に恨みはないが……俺以外に金色の瞳を持つ者がいるのは危険だ……その命、貰い受ける……」


 ユラリ、と男が立ち上がる。一歩、一歩、踏み締めるように歩を進める男の身体が突然傾いだ。本当はまだ動けるような状態ではないのだ。


「忠告する。まだ動くな。傷は治り切っていないのだから……」


 今にも途切れそうな意識を精一杯の気力で繋ぎとめて、アスファは口を開いた。


「助かりたくて必死か……? お嬢さん」


「違う。本心から言っている。さっきの魔法は三人の命を繋ぐもの。私たちは三人で一つ……離れたら死ぬ。誰か一人欠けても死ぬ」


 男の瞳が見開かれる。アスファの言葉が事実だと分かったが故に。


「アスファ!」


 名前を呼ばれた。カウィが来てくれたのだ。そう思って安堵した瞬間、アスファの意識は闇に呑まれたのだった。

アスファは間違いなく天然です。

なんと物語序盤で魔王登場。

次回は一体どうなるのか。乞うご期待(?)。

2021/03/08

レイアウトを変更しました。

2021/03/13

加筆・修正しました。

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