召喚
蒼井には前世の記憶がある。『剣聖』と呼ばれ、それでもなお剣を握り高みを望み続け、最後はフグに当たって死んだ男の記憶だ。
それだけではなく、前世の自分の身体能力を、全て受け継いでいる。そのため、マラソンの時は必ず、「残像だけで走っているように見せかける」という非常識なことをやっていたのだ。
そして、なぜかまた異世界転移させられたようなのだ。目の前に座っている老人の服装が、明らかにさっきまでいた地球の人間の服装とは違うからだ。
「さて、勇者殿」
勇者と呼ばれたことにも驚く。クラスメートの中には興奮した面持ちの人もいるが、大抵の人は困惑した表情だ。しかし、それに続く言葉でほぼ全員の気持ちは引き締まった。
「この国、いや、人類を救って頂きたい」
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「いくつか質問があります」
口を開いたのは委員長の片野だ。
「なんじゃ」
「まず、ここがどこなのか。僕らが勇者とはどういうことなのか。ということについて、教えていただきたい」
「ふむ……まずはこの国の状況について話せねばならんな」
老人ーーーーーこの国の王様らしいーーーーーの話によると、こういうことらしい。まずこの国のある大陸の北の方には魔王と魔族と呼ばれる者が住んでいる。そして、魔族と人間は長きにわたり戦ってきた。いつもは小競り合いしか起きないのだが、最近魔族や魔物の数が増え、いつ攻め込まれてもおかしくなかったらしい。そのうち、魔王から「半年後に人間を滅ぼす」との宣告があり、人類滅亡を阻止するために、勇者として蒼井たちが召喚された、という。
「分かりました。しかし、私たちは全く戦ったことがありません。どうすれば良いのでしょうか」
「それについては心配するな。まず、召喚したときに君たちには特別な力というものが備えられた。そして、それは半年も訓練をすればかなり伸びることも、保証されている。特別な力については……マーリン、説明を」
王の隣に立っていた老人が前に進み出ると、口を開いた。
「皆さんを召喚したときに、自動で特別な力というものが備わっていると思われます。『ステータス』と言えば、自分の力については確認できます」
あちこちから「ステータス」という声が聞こえる。蒼井も「ステータス」と口に出してみた。すると、目の前に半透明な板が現れ、そこにはいろいろなことが書かれていた。
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蒼井健斗 16歳
伸びしろ:測定不能
体力:測定不能
魔力:測定不能
速度:測定不能
パワー:測定不能
スキル:無し
総合戦闘力:測定不能
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スキルは無しだが、それ以外が測定不能という結果に驚いた。
「あー、測定可能なのは10以上1万以下ですので、測定不能と表示された方がもしいらっしゃいましたら、それはおそらく適性が無い可能性が大変高いです」
マーリンの話を聞いて、ようやく分かった。おそらく、体力と速度、パワー、総合戦闘力は1万を上回っており、逆に魔力は10にも満たないのだろう。前世で剣ばかりやっていたから、ある種当然だ。
「では皆さん、ステータスの発表を願いたい」
マーリンの言葉で順番に発表をしていく。蒼井の番が来た。
「スキルは無し、それ以外は測定不能だった。多分、魔力はゼロだろう。他のことは分からない」
そう言ったものの、周りの反応はかなり薄い。
「ゴホン、それでは次の方」
マーリンに促されて次、その次と発表は進んでいく。全員の発表が終わったあと、城の部屋に連れて行かれ、休んで良いと言われた。
この程度で疲労は感じないのだけれど、などと考えていると、個室がノックされた。ドアを開けて応対する。メイドの人がいた。
「なんでしょう」
「マーリン様がお呼びです。どうぞいらっしゃって下さい」
そのメイドが歩いていくので、ついて行く。何の話か大方予想はつく。ステータス低すぎだから、どっか行けとでも言われるのだろう。別に構わないけれど。
マーリンの部屋について、開口一番告げられた言葉は予想通りだった。
しばらく暮らせるだけの金は渡すから、出て行って欲しいということだった。
もちろん、クラスメートと一緒にいたくはあるものの、正直のんびりと自由に暮らしたい。そのため、その願いを受けることにした。
結局、今晩の宿を見繕ってもらい、しばらく暮らせるだけの金、金貨10枚を受け取った。聞いた話をもとにすると、銅貨は約1円、銀貨は約100円、金貨は約1万円の価値らしい。食事は比較的安く銀貨3枚でそこそこのものが食べられるが、服などは比較的高く銀貨30枚はするらしい。宿代は一泊銀貨50枚ほどなので、二週間以内にいい仕事を見つけないといけないようだ。
とにかく、金貨10枚を受け取り城を出た。旅立ちを祝福しているのかは分からないが、星がまるで満開の桜のように空に散らばっていた。