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朝食

 清々しい青い空に目を細める。その空はよく見ると細いグリッドが刻まれており、人工的に作られた照明パネルだという事が見て取れた。照明パネルは巨大なバブル・ドームの屋根すべてを覆い、自然の晴天のような明るさをもたらしていた。それがおそらくは植物育成用に作られているせいか、自分にとっても心地よいあたり、かえって腹が立った。


(先月から地上と通信が取れなくなってな。物資運搬用のロボット潜水艦まで姿を見せなくなっちまった。会社に何かあったんだとは思うが、何にせよこのままじゃ食料が尽きて飢え死にが先か、あるいは――)


 昨夜、あの男「ウィード」から聞いた話によると、この海底ドームは陸の孤島……いや陸ではないか。海の孤島、いやそれでは普通だ。深海の孤島……なんだか語感がしっくり来ない。

 とにかく、このドームは脱出不可能な密室のような状態にあるらしい。


「早起きだな」


 プレハブ小屋の窓からウィードが覗いていた。相変わらず聞こえてくる川のような以外は無音であるこの空間において、人の声はよく通るものだ。


「何もねぇだろ。ドーム内には農園と環境維持設備しかねぇからな」

「この汚い小屋も維持設備なの?」

「その通り。なんせ俺も、管理人ってより整備機材みてぇな扱いだしな」


 室内に引っ込んだウィードを見て、なんとなく私も小屋の中へ戻った。テーブルの上にはシンプルなハム・チーズ・トーストが乗った皿が二枚、湯気のたつコーヒーの入ったカップがふたつ置かれている。


「なにこれ」

「なにって朝食だよ。あ、まさかお嬢ちゃんメシは土と水が良かったか?」

「植物だって土を捕食したりはしないよ。私が聞いてるのは、客に食事出してる余裕あるのって話。食料の補給絶たれてるんでしょ?」


 とりあえず椅子に座り、コーヒーをありがたくいただく事にする。熱いコーヒーが香りとともに胃に流れ込んだ事で胃腸が目覚めたのか、急に空腹感が強くなり、お腹の虫が鳴ってしまった。声をあげて笑うウィードを見ると足を踏みつけてやりたい気分になったが、流石に朝食を出して貰っている手前我慢してやった。


「あーまぁ、うん。二人だと倹約してもあと一ヶ月はたねぇけどな。いいから冷めない内に食え。腹すかせてるガキなんて見たくねぇんだよ。コーヒーも飲んでるんだし、食えるんだろ? 人間のメシ」

「……基本的には人間と同じ扱いで構わないよ」


 いっそ毒でも入ってた方がまだ腑に落ちるところだが、結局はそんな事もなく。トーストを少しかじると、口の中でハムとチーズの旨味と混ざりあい、ほっぺたにジーンと響くほど美味しかった。空腹にまかせて夢中になってトーストをたいらげた後、我に返ってウィードの方を見ると、彼は黙って私の顔を覗き込んでいた。


「なに? 人の顔じろじろ見て」

「お嬢ちゃんはよ、昨日の……」

「ちょっとまった。お嬢ちゃんお嬢ちゃんって呼ばれるのはなんか馬鹿にされてる気がする」

「あーまぁ、分からんでもねぇけどな。じゃあお嬢……いや、おめぇさんの名前を聞いてもいいか? 俺は昨夜も言ったがウィードだ」


 名前。そうか、それはそうだ。普通誰かと話をする際には名前を呼ぶものだろう。しかし昨夜生まれたて早々ゴタゴタのままにウィードの家に転がり混んだ私には、名前をつけてくれる人も、そのタイミングすら無かったのだ。


「ミドリってのはどうだ?」


 ウィードが言った。何を言ってるのか分からず目をぱちくりさせていると、もう一言。


「名前ねぇんだろ? そんな顔で黙りこくってりゃ分かるっての。ほら、緑の精霊とか言ってたしミドリ、分かりやすくてよくねぇか?」

「…………………ウィードは、人間の赤ちゃんに『ヒトちゃん』って名前をつけるタイプ?」

「んあ、気に入らないか? じゃあもっと捻って…… ローズ……とか」

「私に薔薇要素ある? 咲かせられない事もないけど」


 ふと、部屋の中にかかっている鏡を見た。そこに映っているのは足まである長い緑の髪の少女。緑の瞳、土色の手足、体を覆う緑の服は髪から繋がっておりどうやら身体の一部のようだった。少なくとも、薔薇や赤を連想させる要素はない。


「あー、じゃあ緑色成分で…… 緑色…… ベジタブル…… ベジタリアン……?」

「やっぱりミドリでいいや」


 これ以上ひどい名前が出てくる前に妥協した方が良さそうだ。あと別に私は菜食主義者ではない。ミドリ、うん、単純で馬鹿っぽくはあるが分かりやすくて悪くないかもしれない。特別名前にこだわる気もないし、良しとしてやろう。

 お互い朝食を食べ終えて一息。ウィードが皿を洗う音を聞きながら、私は窓越しの人工の青空を見るとはなしに見ていた。そうしているうちに、ぼんやりと心のうちに生まれた思いがある。外に出たい、本物の青空を見たい。それはロマンチックな願いのようにも聞こえるが、実際には切迫した問題だった。こんな何もない閉鎖空間でオッサンと二人きりで過ごすなんて、非生産的極まりない。これといって夢や使命がある訳ではないが、まずはここを出る事、次に好物のダブルベリークレープを食べる事を目標に……


「……好物?」


 私はクレープが好きだ。それは間違いない。だが、昨日この場所で生まれた私はクレープなんてものを食べたこともなければ、見たこともない筈だ。それがどうして……


「おう、これから仕事に行くんだがよ。ミドリも一緒に来るか? どうせ暇だろ?」


 頭に靄がかかったような気分の悪さを、ウィードの言葉が、正確に言うとその言葉への怒りが消し去った。暇とはなんだ、もう少しものの言い方があるだろう。いや実際暇なのだけれど、なんだかムカついたので、手のひらに果物を生成して額めがけて投げつけてやった。


「ひぁっ!? なんだよいってぇな……って、何だこりゃ!?」

「見れば分かるでしょ。梨だよ。朝食の礼だと思ってとっておいて。食料それも果物は貴重だろうしお釣りがくるぐらいじゃない?」

「お、おう。ありがとうよ。っていうかやっぱりおめぇさん、不思議な力があるんだな。昨日の指をこうニョロニョロ~ってやってたやつとか、さっきも『薔薇を咲かせられないこともない』とか言ってたし。気になってたんだ」


 大ぶりの梨をしげしげと眺めながら、ウィードは何か考え事をしているようだった。確かに私は『都合よく』植物を操る事ができる。けれどその事を伝えてしまえば、人間は私を…… 私を、どうするんだ? 何だかまた頭がもやもやしてきた。


「その力を見込んで頼みたい事があるんだけどよ。まぁその前に見せておかないといけないモノがあるからな、来いよ」


 しかしその時見せたウィードの表情はなぜか申し訳なさそうで、予想していた表情と全く違った事からだろうか。気がつけば私は首を縦に振ってしまっていた。

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