第二章 逃げ出したお姫さま 3.もう一つの出会い(その1)
珍客と言うか闖入者と言うか、思いがけなくも訪れた二人の客が発った後、マモルが最初に取りかかったのは、二人に食い荒らされた保存食の補充であった。
実は食糧の備蓄という点では、マモルのマジックバッグには既に大量の魔獣の肉が確保されている。何しろマモルは、なぜかは判らないが魔獣とのエンカウント率が嫌になるほど高い。おまけのこの連中、マモルを敵視しているのか餌と見なしているのか、出くわすやいなや間髪を入れずに襲ってくるのである。幸いにして、【隠身】で翻弄してから忍び寄って不意討ち――という、あまり他聞の宜しくない方法で何とか仕留めてはいるのだが、そのせいで肉やら何やらは大量に入手できている。ついでに毛皮や何かの素材も。
なのにマモルが安心できていない理由の第一は、マジックバッグの保管性能がどれだけあるか確信が抱けないからである。【鑑定】の結果によれば、収納している限り時間経過は無視できるとあるのだが、それを鵜呑みにしていいものかどうか。保存が上手くいかなかった場合に備えて、普通の保存食も必要であろう。
第二は、こうして得られた食糧が肉ばかりという点である。蛋白質と脂肪はそれなりの量が確保できたとしても、エネルギー源としての炭水化物は確保できていない。いや、正確に言えば、僅かばかりの山芋のようなものがあったのだが、それは全てが食い尽くされた。
なので補充は喫緊の課題なのだが……
(何か目まぐるしくて疲れちゃったな。……折良く天気も好いし……少しぐらい昼寝したって、罰は当たらないだろ)
という判断の下、日向ぼっこがてら数時間の不貞寝……もとい昼寝を楽しんで目覚めたところ……
「はは……何だこれ……?」
スキルが二つ生えていた。
それも【光合成】と【窒素固定】という、人外まっしぐらのスキルが。
「……うん……多分、日本にいた頃に習った生物学の授業内容だな……」
些か微妙に感じるところも無くはないが、スキル自体は有用かつ優秀なものだ。スライムから習った【融解吸収】と合わせて、これで食糧問題は題解したも同然……
「――って、喜んでもいられないか。冬になると曇りがちになるし、大体、草も木も枯れたり葉を落としたりするのは、冬が光合成に向いた季節じゃないからだろうし……そもそも、光合成の効率とかが不明だしな」
――という堅実な判断の下、その後も食糧確保にこれ務めていたところ、
「……何だろ? 何か向こうの方で言い争っているような声がするな……?」
前回の二人組が立ち去ってから三日目の事、新たな客(?)がマモルの住まう山を訪れたのであった。
・・・・・・・・
(う~ん……こっそり様子を見に来たけど……絵に描いたようなラノベ風展開だな。盗賊らしき集団に捕まった女の子と、女の子を人質に取られて動けない若者。正直、面倒事には関わりたくないんだけど……あの盗賊たち――盗賊だよね?――がまた僕の塒を見つけて荒らすような事になったら……)
考えたくもない展開である。これは転ばぬ先の杖案件だろうかと考え始めたところで、マモルはある事に気付いてしまう。
(……あの子が着ている服、何となく見覚えがあるんだよなぁ……サティさんとか言ってたっけ、あの姫様の侍女みたいな人)
どうもあの二人に会ってから、何か自分の運勢が変えられたような気がしないでもない。とは言えあの二人の関係者なら、このまま見殺しというのも寝覚めが悪い。
マモルは一つ溜息を吐くと、水筒片手に立ち上がった。
「うん……女の子を押さえている盗賊っぽいのは背が高いし……女の子は賊の胸くらいの背丈しかないから……頭を狙えば誤射の危険は無いよね」
何やら物騒な台詞を呟くと、マモルは水筒の水を口に含み、勢いよく吹き出した。
「がっ!」
「何っ!?」
「――!」
「ぐわっ!」
人質をとっていた盗賊の目を高速の水滴が射抜いたかと思うと、そのまま頭蓋を貫通したらしく、賊は一声上げただけで即死した。
仲間の死に動揺した賊の片割れが隙を見せたのを見逃さず、若い男が間合いを詰めると、一刀のもとに斬って捨てた。油断無く辺りを見回していた男は、得体の知れぬ攻撃が飛んで来た方向に目を凝らす。
(あ……こりゃ、【隠身】を続けてると却って怪しまれるかな……)
そう判断したマモルは物陰で【隠身】を解除すると、ゆっくりと姿を現した。一応各種の探知スキルを用いて、他に賊らしき者がいない事は確かめてある。
次話は一時間後に公開の予定です。