第二章 逃げ出したお姫さま 2.身の上話(笑)
「なるほど……『迷い人』か……」
「あたし、初めて会いました……」
迷い人――って言ったよな、この人。この世界では稀に出現するらしいけど……普通に知られている事なのか? ……少し探ってみるか。
「はい。変な霧に迷い込んで、気付いたらここに……自分のいたところと違うようだとは判っていたんですけど……ここがどこなのかは……」
「何という村に住んでいたのだ?」
……村じゃなくて、一応は市だったんですけど……どう答えようか。もしも過去に転移者がいたとしたら……
「ニホンという土地です」
こう答えておけば無難だろう。もしも過去にも日本人が来ていたら、何らかの反応があるかもしれないし。
「ニホン……聞いた事の無い地名だな。サティは知っているか?」
「いえ、あたしも聞いた事がありません」
年下のお姉さんはサティさん、男勝りのお姉さんはユーディさんと名告った。サティさんはともかく、ユーディさんの方は本名かどうか怪しいけどね。僕も一応名前だけは名告っておいた……マモルとだけ。
「私もだ……ひょっとすると、マモルは別の大陸から飛ばされて来たのかもしれないな」
「名前もこの辺りでは珍しいですし、遠くから飛ばされて来たのは確かみたいですね」
おぉ……この世界にも「大陸」という概念があるのか。……いや、問題はそっちじゃなくて……
「あの……この国は何という……」
「あぁ、この国……と言うか、ここから近いのはマナガ領だな。……かつてはフォスカ領と呼ばれていたが……」
ユーディさんは苦々しげにそう言ったけど……追っ手とか言ってた事と考え合わせると、戦国時代とか下克上とかいう感じなのかな?
「まぁ、私の事はいい。マモルはこういう地名に聞き覚えはあるか?」
……自分の事って言っちゃったよ、この人。……無自覚に口が軽そうな二人だな。こっちの事情についても、明かす情報は絞っておいた方が良いか……
「いえ……残念ながら」
「そうか……とすると、やはりかなり遠くから飛ばされて来たようだな」
……さっきから気になってるんだけど、この二人の言う「迷い人」って、この惑星表面上の転移の事なのか? 僕みたいな異世界転移じゃなくて?
「あの……さっきおっしゃった『迷い人』って……?」
「む? マモルは聞いた事が無いのか? この辺りでは時々現れるのだ。どこからともなく飛ばされて来たらしい者たちがな」
「……僕の故郷では、『神隠し』っていうのがありました。突然姿を消してしまう人が偶に出るんで……」
「おぉ、ならばやはりマモルは、その……『神隠し』に遭ったのだろうな」
「……それって……遠くに飛ばされるものなんですか……?」
「あぁ。判っている限りでは、別の大陸から飛ばされて来た者もいたようだ。マモルもかなり遠くから飛ばされて来たようだから、その点は覚悟しておいた方がいいぞ」
「……そんな……」
うん。我ながら中々の名演技じゃないかな。こう、力無く俯いたりしてね。
そんな僕を気の毒そうに眺めていた二人が、口々に僕を慰めようとしてくれる。好い人たちだ。少し危なっかしいところもあるけど。……罪悪感が湧き上がってくるなぁ……。
「……やはりシガラの町へ行くべきだな。マモルの故郷についての情報を集めるにも、ここで引き籠もっていてはどうにもならないだろう」
「そうですね、姫様……お嬢様のおっしゃるとおりです」
――あ、姫様って言っちゃったよ、サティさん。ま、そんな些事には突っ込まないのが、大人の気配りってやつだね。
「……でも、町に行っても、僕のような子供にできる仕事があるでしょうか?」
――後で知ったんだけど、この世界では、十を超えたら子供でも働くのが当たり前なんだそうだ。そのせいなのか、ユーディさんは僕を面白そうに見た後で、冒険者登録を勧めてきた。
「……荒事には全然自信が無いんですけど……?」
「いくら冒険者ギルドでも、子供にそんな事をさせるものか。見習いのうちは町の雑用が精々だ」
……それなら大丈夫かな?
冒険者として登録できるのは本来十三歳からだけど、孤児救済政策の一環として、登録年齢を十三歳から十歳に引き下げているらしい。尤も、十三歳未満は見習い扱いで、登録に際して保証人が必要だとの事。
「保証人については心配要らん。紹介状にその事も書いておこう」
それからは、こちらの世界……と言うか、この国の事情を色々と聞かせてもらえた。姫様たちの事情は訊かなかった。僕が聞いてもどうにもならないだろうしね。
・・・・・・・・
翌朝起きてみると、もう二人はいなかった。残されていたのは約束の紹介状と手描きの地図、それと干し魚の代金には多過ぎるような金貨だけだ。紹介状の方は後で読ませてもらうとして……僕を起こさなかったのは、見送ってほしくないって事なんだろうな。自分たちがどっちに行ったのか、知られたくなかったんだろう。けど……【嗅覚強化】を使えば、大体の方向くらい判るんだけどね。
ま、二人の希望を忖度して、跡を跟けるような無粋な真似はしないけど。
次話は約一時間後に公開の予定です。