第十六章 ナワリ 3.遺宝
百年以上封鎖されていた空所ではあったが、カーシンが慎重に調べた限りでは、空気に濁りや汚染は無いようだ。一同は警戒しつつ先へ進む。魔獣がいる可能性は低いだろうが、罠などがある可能性は絶無ではないのだ。
「お、おいっ! 宝箱だっ!」
「落ち着いてよヤーシア。中に何が入っているかは判らないんだよ? ひょっとしたら、かつての当主の干涸らびた屍体が納められていたりして……」
「お……脅かすなよ……」
エジプトのピラミッドなどでは充分想定され得るケースであるが、ヤーシアはそこまで考えていなかったらしく、聞いた途端に熱意が萎む。代わって好奇心を掻き立てられたらしいのはカーシンであった。
「マモル、それはお主の国の話なのか?」
「えぇ……太古の君主の墓地などでは、そういう事もあるようです」
「ふむ……実に興味深いが……今はこれを調べる方が先だな」
公私を弁えた態度で、カーシンは積み上げられた二山の箱を調べていく。
「……怪しいところは無いようだ。……姫」
「うむ」
重々しく頷くと、勿体ぶった様子でユーディス姫が箱の蓋を開ける。
「ぅおおっ♪」
「ほほぅ……これはこれは……」
「正真正銘の埋蔵金でしたね」
箱の中には金の延べ棒と覚しきものがぎっしりと詰まっていた。【鑑定】をかけてもそう表示されるから、間違い無しのお宝である。
黄金の輝きに目を奪われている一同を尻目に、カーシンはさっさともう一山の箱を開けていく。内心で「いいのかなぁ」と思いつつも、マモルもそちらに移動した。
「はて……何じゃ、これは?」
中を覗いたカーシンが困惑の声を上げた。箱にぎっしりと入っていたのは、くすんだ色合いのペレット状のもの。【鑑定】をかけても正体が判らなかったらしい。
一応自分でも【鑑定】をかけてみたマモルが、表示された結果に凍り付いた。
「マモル……? どうしたのだ?」
マモルの様子がおかしいと見たカーシンが、気遣わしげに声を掛けた。
「……あぁ、大丈夫です。……【鑑定】の結果に……少し驚いただけですから……」
「む? マモルにはこの正体が判ったのか? 儂の【鑑定】では表示されなんだが?」
「……ひょっとして、僕が『迷い人』である事が関係しているのかも知れませんね。僕の世界の知識が、【鑑定】の結果にも影響しているのかも」
【鑑定】がこの世界の知識や情報に照らして対象の正体を解説するのだとしたら、異世界から渡ってきたマモルの【鑑定】は、向こうの世界の知識や情報も参照して解析を行なうのかもしれない。
「ふむ……そうすると、マモルの【鑑定】は妄りに話さん方が良いかもしれぬな。……それはそれとして、マモルの【鑑定】では、これは何と出ておるのだ?」
「――爆薬です。極短時間に急速に――音が伝わる以上の速さで燃焼する事で、急激にガス化して膨張。爆風を生じさせて周囲にあるものを吹き飛ばします」
「――む!」
想像した以上の危険物だと解って、カーシンの表情が一気に硬くなる。
「……あぁ、大丈夫です先生。この爆薬は誤爆を避けるために、特別な方法でないと爆発しないように調整されています。見たところここには雷管……爆発させるための器具が無いようですから、このままではこれは燃えにくい燃料でしかありません」
マモルの説明を聞いて、ふぅーっと深い溜息を吐くカーシン。見れば額にはうっすらと汗が滲んでいる。
「……あまり年寄りを脅かさんでくれ。久方ぶりに寿命が縮まったわい」
「……すみません」
「しかし……そうすると……これはこれで問題じゃな」
「えぇ。放って置くわけには無論いきませんし、さりとて回収したところで使いようが無い。多分それだから、姫様のご先祖も持て余したのではないかと……」
「それはそうだが、問題はそこだけではないぞ? 姫の先祖がこれをどこで手に入れたのか、そして、使い方が解らなかったのだとしたら、なぜこのような場所に隠しておいたのか」
「……これが持つ危険性を理解していた――と?」
「そう考えるより他はあるまい。国一つ購い得るとまで言い残しておるのだからな」
う~むと考え込む師弟二人。ともかく、残りの箱も開けてみようという事になったが……
「爆薬だけですね。雷管らしきものはどこにも。爆薬の他にあったものと言えば……」
「そのコインのようなものが一枚だけ、か」
「はい」
しばしふむと考え込んでいたカーシンであったが、他の面々が遠巻きにこちらを窺っているのに気付くと、胆を括ったように頷いた。
「マモル、とりあえずそのコインはお前が持っておけ。ここを発見した功績に鑑みれば、姫もそれくらいはお許しになるであろう。その他の爆薬については、儂とお前とで洗い浚い回収していくぞ」
「はい」




