第十六章 ナワリ 2.進入
「ここが埋蔵金の隠し場所かっ!」
「姫様……あくまでその可能性があるというだけですから……」
鼻息も荒く転移陣から歩み出たユーディス姫を、こっそり溜息を吐いたマモルが出迎える。何度か釘を刺しているにも拘わらず、姫が勝手に期待しているのだから、仮に外れてもマモルのせいではない。せいではないのだが、外れたら普通に文句を言ってきそうな気がする。得てしてお偉いさんとはそういうものだと、かつて見舞いに来た叔父が遠い目をしていたが、今になってその理由が理解できた。
「解っているとも。解っているのだがな、マモル、私をマナガに売り渡したナワリの連中の鼻っ先で、埋蔵金を掻っ攫ってやれると思うと……つい、矢も盾も堪らなくなってな」
……姫にはそれなりの理由があったようだ。あったようだが、現時点では埋蔵金の所在はあくまで仮説なのは変わらない。外れた時のとばっちりの怖さが倍になったような気がして、マモルの憂鬱も倍になった。
ふと見ると、いつの間にか姫は洞窟の入り口に立って、眼下にナワリの村を見下ろしている。マモルにはその視線に込められた想いのたけは解らないが、一つだけ解る事がある。
「……姫様、万一誰かの目に付くと拙いですから」
「おっと、そうだな。では行くとしようか」
・・・・・・・・
この世界のダンジョンとは、魔力あるいは魔素が濃厚に集積した場所にダンジョンシードが到達し、そこで発芽・生長したものを指すという。ダンジョンのある、もしくはあった場所は、立地的に魔力や魔素が集まり易いため、それらを好む魔獣も集まり易いらしい。実際に今回の探索でも、一行は何度も魔獣に遭遇していた。
しかしながら、一行はほぼ全員が【暗視】を持っている――もしくはカーシンから付与されている――上に、マモルは更に【熱感知】や【遠隔触覚】、場合によっては【反響定位】まで使える。魔獣の存在を事前に察知するなど朝飯前であった。奇襲の心配が無いとなれば、カーシンやソーマは無論、ユーディス姫ですら人並み以上の武技の持ち主なのだ。襲いかかる魔獣をサクサクと斃して、マモルがそれをサクサクと回収して、順調に行程を稼いでいた。
「……ん? ちょっと待って下さい」
警戒を兼ねて発動していたマモルの【遠隔触覚】が、小さな違和感を感じ取った。似たような感覚には憶えがある。ヤト村を襲った夜盗たちのアジトで、マジックバッグが埋められていたのを察知した時だ。
「……カーシン先生、この壁がちょっと怪しいです。何か奥に空洞があるようです」
【遠隔触覚】と【反響定位】を利用した地中探査で空洞を確認し、マモルがその事をカーシンに告げる。カーシンに土魔法を教わってからは、それも併せて使用する事で、感度と精度が向上している。
「ふむ? ……なるほど。擬装してはあるが、この壁はどうやら土魔法で造ったもののようだな」
「土魔法? ダンジョンの壁ではないと?」
「うむ」
「あ、あの……あそこの隅に描かれているのは、フォスカ様の家紋ではございませんか?」
恐る恐るといった体で重要な指摘をしてのけたのは猿楽士のゼム。衰弱から持ち直した身をおしての参加である。その肩には病み上がりの主人を気遣うように、小さな猿が乗っている。
「――家紋だと!?」
「どこですか!?」
「あの……あそこの隅に……」
ゼムが指し示す場所に目を凝らすと、目立たないようにではあるが、確かに何やらマークのようなものが見える。丁度、心無い旅行者が鍾乳洞の壁を引っ掻いて残した落書きのような……
「丸に……右下がりの平行線?」
所謂「丸に二つ引き」の紋を斜めにしたような形である。
「確かに……我がフォスカ家の家紋だ……」
余談だがこの世界の家紋とは、ヨーロッパの紋章とは違って家代々に受け継がれるものである。旗印や武具などにも家紋を染め抜き、あるいは焼き印を押す事が多いため、比較的単純な形状のものが多い。フォスカ家の家紋もその例に漏れず単純なものであった。密かにヨーロッパ貴族の紋章のような派手々々しいものを期待していたマモルは、内心で少しガッカリしていたりする。
「ふむ……この壁の向こうに何かあるのは間違いないようだな」
「お宝か!?」
「それは先に進めば解るだろう……【ブレイクウォール】」
言うが早いか、カーシンは土魔法でその壁を崩した。崩れ落ちた壁の向こうに現れたのは、
「……確かに空洞だ。マモルの言ったとおりだな」
「では諸君、行くとしようか」




