第十三章 ハジ村異変顛末 5.カーシンの館
カーシンの館を辞して十日後、ひょんな事から再び館に舞い戻る事になったマモルたちを、ユーディス姫は興味津々で迎えた。
「マモルが珍しい客人を連れてくると聞いて待っていた。久しいな、ゼム」
「これはユーディス様……斯様な醜態をお見せして、お恥ずかしゅうございます」
「気にするな。病の時は誰しも同じようなものだ。この館でゆるりと休むが良い。……この館の主は私ではないのだがな、度量のある人物ゆえ、文句は言わぬ筈だ」
「言うべき事を全て先に言われてしもうたが、構わぬよ。ゆるりと休んでいくが良い。……その猿もな」
「はい。忝のうございます」
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「さてマモル、説明してもらうぞ」
好奇心満々にマモルを問い詰めるのはユーディス姫だが、マモルとしても別に意図してやらかしたわけではない。全ては偶然のなせる業である。だが、その説明では承服できない者もいるわけで……
「じゃあマモル、あの変なスキルは何なんだよ?」
「変なスキルだと?」
事ここに至ってはやむなしと判断したマモルがカーシンと目交ぜで合図を交わし、自分の事情を開陳していく……予てカーシンと打ち合わせたとおりに。
「……詳しい事情は割愛するけど、ちょっと変わったスキルを持ってるんだ。そのスキルのせいで、僕は普通の人よりもスキルを覚えるのが早いみたいなんだ。ただ問題は……今のところ覚えたスキルの大半が、人間のものじゃないって事なんだよね」
あまりと言えばあまりなカミングアウトに、目を見開いて硬直する一同。
「……じゃ……じゃあマモルは……その……」
「人外のスキルを使いこなせる、と?」
「まぁ。あまりお見せできないスキルが多いですけど」
「……例えば、どんなんだよ?」
「そうだね……例えば【臭撃】っていうスキルだけど……イタチの最後っ屁って知ってる?」
「――もういい解った。この件はこれまでにしよう」
これ以上この話を突くと碌な事にならないと察したユーディス姫が、力業でこの話題を棚上げにする。同じ事を本能的に悟ったヤーシアも、その流れに乗ってもう少し穏当な方向へ話を持って行く。
「じゃ、じゃあさ、マモルも【転移】とか使えんのか?」
「さすがにそれは無理だよ。必要なレベルが違い過ぎるもの。カーシン先生からは初級の魔法を教わったけど……もぅ……嫌になるくらいショボくてさぁ……」
何やら遠い目をし始めたマモルを見て、思ったほどにチートなスキルではないようだと察する一同。
「覚えるきっかけにはなるようだが、上達するには普通に努力が必要なようだな。珍妙なスキルの方は、マモルが子供の時から観察してきた内容が元になっておるようだから……少なくとも十年以上の積み重ねがあるようだ」
「十年!?」
カーシンの推測を聞いた一同は、呆れたように声を上げる。実際にはそこまでの事はないのだが、マモルが子供の頃から動物の観察に明け暮れていたのは事実である。
「まぁ、それとは別に、マモルには【転移】の際のマーカーの打ち方だけは覚えてもらった。今回のような時のためにな」
「……酷くややこしい手順で、滅茶苦茶に苦労しましたけど……」
復帰したマモルが虚ろな表情でカーシンに愚痴る。
「だが、こういう事態になってみれば、覚えておいて損は無かっただろうが。今後もこういう事があるであろうし、更に精進して覚えてもらうぞ」
「えぇ~……」
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「それで……相談したい事というのは?」
仲間からの追及が終わった――ヤーシアからは水臭いのなんのと散々に詰られた――後、マモルはカーシンの書斎を訪れていた。
「ゴブリンを退治した時、中にゴブリンシャーマンが混じってたみたいなんです。闇雲にファイアーボールをぶっ放すだけだったんで、サクっと始末しちゃいましたけど。問題はその後で……何か……ゴブリンの魔法を習得しちゃったみたいなんです」
「――何だと?」
千年近い歳月を生きたカーシンにとっても、前代未聞の珍事であった。
「ゴブリンの魔法を? ……確かに……理屈の上ではあり得ん事ではないか……」
「僕が自分のステータスを見る事ができるのはお話ししましたよね? それで確認してみると、【ファイアーボール(人)】と【ファイアーボール(ゴブ)】というのが並んでいて……」
「……(ゴブ)……のぅ……」
「あと、なぜかゴブリン語?での詠唱もできるみたいです。何となく頭に浮かんでくるというか……」
「それは……また……」
グギャゲギャと喚いているマモルの姿を想像して頭を抱えたカーシンであったが、それでも興味自体は抱いているようだ。
「まぁ……余人に気付かれぬようにしておけば問題はあるまい……多分……」
事態が事態なので、カーシンの口調にも躊躇いが窺える。
「もう一つ。ステータスを確認したら、なぜか【闇魔法】が追加になってるんですけど」
「む? ……そう言えば、姫を奪い返した時に使ったな……」
「やっぱりその時でしょうか?」
「他に使って見せてはおらんからな。何が使えるようになった?」
「範囲魔法の【ダークネス・フォール】です」
「む? ……あれは初級ではなく中級の魔法なのだが……他には? 無しか?」
「えぇ、それだけです。……で、試しに使ってみたんですけど……」
「うむ?」
「僕が使うと……〝闇の帳が下りる〟なんて事にはならず……一m四方が暗くなる程度で……」
ちなみに、この国の一メットはほぼ一メートルに相当する。
「……それは……また……闇魔法の中級が使える者なら、もう少しサマになる筈なのだが……」
マモルの報告を聞いて呆れたような感心したような表情を浮かべるカーシン。そんな状態では却って人目を引く事請け合いである。
「ふむ……初級中級関係無く、目にした魔法から覚えるか。……初級とか中級とか言うても、所詮は人の決めた括りに過ぎんからな。そういう事もあるのかもしれんが……これは中々難しく、かつ面白い事になってきおったな」




