第十三章 ハジ村異変顛末 3.病人
(「……マモル、何か城跡みたいな場所へ出たぜ」)
(「砦の跡のようだな。大分朽ち果てておるが」)
(「猿が入って行ったのはあそこだよな?」)
(「間違い無いよ」)
マモルの【隠身】内に潜んだ――普通の【隠身】にはこんな事はできない――三人が目撃したのは、小さな野菜の切れっ端を抱えて木々の間を移動する小猿であった。その姿を追って来たところ、放棄された砦の跡のような建物に入って行ったのである。
(「ゴブリンとかの気配は無いですね」)
(「だったら、ちゃっちゃと砦の中に入るか?」)
(「う~ん……一応偵察してからの方が良いと思う」)
(「だが……偵察しようにも、入口はあの崩れかけた階段だけだ。登ろうとすると軋んで音を立てるのではないか?」)
(「それか、でかい音を立ててボコッと崩れるかだな」)
(「僕が登って中を覗いてみるよ。二人はここにいてくれる?」)
徐に靴を脱ぎだしたマモルを、木登りでもするつもりなのかと思って見ていた二人であったが……マモルの行動は彼らの予想を斜め上に裏切っていた。
何と……ピョコンという感じで飛び上がると、ペタっと砦の壁に貼り付いたのである。……丁度、アマガエルが木の葉に飛び乗るように。
(……あぁ、二人とも口を開けて固まってる。無理もないかな……)
今回マモルが披露したのは、【跳躍】と【吸盤】というスキルである。どうもカエルやヤモリに関する知識から習得したスキルらしい。尤も【跳躍】の方は、カエルだけでなく自分を襲った魔獣の動きも取り入れているようだが。ついでに言うと、【跳躍】は――ジャンプしていた時に突然解放されたのには驚いたが――普通に使用できるスキルだが、【吸盤】の方は素手素足でないと発動しないという癖のあるスキルであった。まぁ、その分効果は大きいのだが。
そのままカエルかヤモリのようにペタペタと壁を這い登って行き、窓からスルリと中に入る。背中に突き刺さる視線が痛い。
薄暗い室内を【暗視】と【熱感知】を使って見ると、奥の方に横たわった人影が見えた。小猿はその人影を心配そうに覗き込んでいる。
やがて小猿がマモルの姿に気付いたらしく、キーっと毛を逆立てて唸り声を上げる――が、それでも人影の傍を離れようとはしない。
「……アメデオ……誰か……何か……来たのかい……?」
横たわっていた人影から、弱々しく問いかける声が発せられた。
黙ってその様子を眺めていたマモルは、徐にマジックバッグからポーション――カーシンから貰った効果の高いもの――を取り出すと、コロコロと小猿の方へ向けて床の上を転がした。
しばし迷ったようにそれを見ていた小猿であったが、やがてポーションの瓶を拾い上げると、そのまま主人らしき人影へ手渡した。
「これは……ポーション……?」
「えぇ。回復用のポーションです。とりあえず飲んで下さい。お話はその後で」
マモルがそう言うと人影は驚いたように身動いだが、やがて――何か観念したように――ゆっくりとそれを飲み干した。その頃にはマモルは二本目のポーションを小猿に手渡している。どうやら小猿――アメデオという名前らしい――はマモルに対する警戒を解いたらしく、大人しくポーションを受け取って主人に手渡した。
「本当は続けざまに飲むのは良くないらしいですけど、お見受けしたところ、そんな贅沢を言っていられるご様子ではないようです。覚悟を決めて飲んで下さい」
マモルがそう言うと、人影は弱々しく頷いて、二本目のポーションを口にした。
「そのまま少しお休み下さい。喉が渇いているようなら、水をお出ししますけど?」
「あぁ……ありがとう……大丈夫です……少し……休ませてもらいます……お言葉に甘えて……」
弱いが規則正しい寝息を立て始めた事を確認して、マモルはマジックバッグから出した果物を小猿に与える。小猿はすっかりマモルを信用したらしく、大人しく果物を食べている。
(さて……下の二人を呼んで来ないとね……)




