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なりゆき乱世~お姫さまと埋蔵金~  作者: 唖鳴蝉
第三部 旅と謎解き 篇
41/56

幕  間 ジン・ケイツ

(ふむ……八方塞(はっぽうふさ)がり――と、まではいかないようだが……)



 この近在で最大勢力を誇るケイツ家の当主ジン・ケイツは、部下からの報告に眉を(ひそ)めた。禿頭(とくとう)に深い皺の刻まれた(おも)()し、垂れ気味の()(もと)が一件柔和な印象を与えるが、その眼の奥には油断のならない光が見え隠れしている。既に老境に差しかかってはいるが、その威光は依然として()(ちゅう)に、そして他の領主たちに及んでいる。

 そんなケイツが眉根を(ひそ)めている原因は、第一にマモルとかいう少年の事が()く判らない事、そしてそのために、フォスカ家残党の動きとマナガ家の動きが今一つ読めない事にあった。


 マナガ領に潜入させていた密偵が、ユーディス姫の脱走騒ぎの直後に魔動通信機で連絡してきたので、事の経緯についてはマナガより早く知る事ができた。暗夜の術が使われた事から察すると、噂に聞く魔導師の仕業に相違無い。しかし密偵からの報告では、それに先だって攪乱(かくらん)と救出が行なわれたらしい。

 あまりに手際の良い奪還劇に、必ずや手引きをした者がいる――闇魔法と襲撃のタイミングを合わせるためにも、先行して偵察の任に就いていた者がいた筈だ――と睨んで疑わしい者を調べさせたところ、あの騒ぎ以来行方をくらませている冒険者がいると聞いて色めき立った。

 これぞ本命と思って調べさせたところ、冒険者とは言っても見習いの子供、しかも姫が捕らわれる三月も前から町にいた事が判って、一旦は無関係かと思われた。ところが、この子供がどうやら――隠してはいるが――シャムロの紹介でやって来たらしい事が判明し、再び疑惑の目で見られる事になった。それに何より、あの一件からこっち姿を消したのは、この子供ともう一人の子供以外にいないのである。



(しかし……たかが子供にこれほどの事ができたとは思えんが……)



 話をややこしくしているのが、当の子供――マモルというらしい――の人相がまるで判らない事である。あれこれと訊き込みをかけてみたらしいが、その回答がまるで一致しなかったのだ。ある者は栗色の巻き毛に青い瞳だと言い、ある者は子供とは思えぬ長身だと言い、ある者は長い黒髪で険のある茶色の瞳、頬に傷のある容貌だと言い、ある者は赤毛で女のような顔立ちだと言い、ある者は白髪に黒い眼で目立つからすぐ判ると言い……二十件の回答が(ことごと)く食い違った辺りで、密偵もそれ以上の訊き込みを放棄した。


 住人たちが少年の風貌を隠そうとしているのは明白である。ただし、単に本当の顔付きと違う事だけを述べているのなら、〝隠すより現る〟というやつで逆に容貌を突き止める事もできる――述べられなかった要素を抽出すればいい――のだが、どうも住人の中に知恵の回る者がいるらしく、風貌の一部だけを正しく述べたりしているらしい。そのせいで(かえ)って手掛かりが掴めなくなっている。



(に、しても……民たちはなぜにこうまでして少年の事を隠すのだ?)



 (がん)是無(ぜな)い子供を守るためというには、少し度が過ぎているような気がする……。


 実は――本人は気付いていなかったが――マモルは住人たちの間で人気者となっていた。年端もいかない、しかも遠い国から流されてきた「迷い人」の子供――町の住人ほぼ全員にバレているところが哀れである――が、幼いながらも懸命に生きようとしている。元々孤児たちに同情的好意的なシガラの住人だけあって、マモルにも温かい目が注がれていた。しかもこの子供、教会とギルドで書記という上級職に就いた後も、暇を見付けては小さな雑用を引き受けていた。ニコニコとして、働く事、働ける事、動ける事が楽しくて仕方がないと言わんばかりに。

 それだけでも目をかけられる理由としては充分であるが、女子供の身を守るための武器――(かく)()投石紐(スリング)――を考え出し、それをギルドに――アイデア料も取らずに――提供したという。これで好意を抱かない者などいない。


 こういった事情を知らない者からすれば、町の者たちの庇護っぷりは、何か事情があっての事としか思えない。……例えば、先代領主の係累であるとか。


 そう考えていたケイツであったが、もう一つ、説得力のある説明を見落としていた事に気が付いた。



(まさか……マナガの密偵と勘違いされているのか?)



 シガラの代官として赴任した当初から野望を抱いていたマナガは、周辺に侵攻するための戦費を捻出するために、シガラの町にかなり厳しい税を課していた。当然、シガラの住人はマナガに対して根深い反感と不信感を抱いている。だからこそ、マナガもシガラの町を捨てて、新たにタマンに居城を築いたのだろう。


 ともあれ、そんなマナガの密偵だと誤解すれば、マナガに対する嫌がらせだけのために、訊き込みの邪魔をするというのはありそうな話である。



(ふむ……子供の筋から手繰(たぐ)るというのは、これ以上は無理か……)



 マナガが周辺の領地を併呑した事でそれなりに安定しかかっていた状況が、ユーディス姫の脱走で再び不安定になってきている。



(この後、ユーディス姫はどう動く?)



 それ次第でこちらの対応も変わってくる。


 マナガの首か? これについてはマナガの側も警戒を強めているだろうし、こちらから介入できる事はほとんど無い。


 反マナガ勢力の(きゅう)(ごう)か? これはこれで面倒だが、監視を強めておけば遅れを取る事は無い筈だ。そもそも()く言うケイツ自身が、ユーディス姫を旗印に押し立てて、反マナガ勢力を糾合しようと(はか)っていたのである。その(もく)論見(ろみ)も今度の一件で(つい)えたわけだが。


 そしてもう一つ……軍資金の確保という事も考えられる。――実はこれが問題を複雑にしている一因であった。



(フォスカ家にはあの埋蔵金の噂があったからな。マナガに対するスタンスに(かか)わらず、姫を狙っていた者は多い筈。その連中がすんなりと諦める筈も無い。今も虎視(こし)眈々(たんたん)と情勢を窺っているであろうからな)



 この地の太守として、野望を抱いて秩序を乱す成り上がり者のマナガを放っては置けない。既にケイツの心中では、マナガを潰す事は確定事項である。ただ、少しばかり面倒なのは、小賢しいマナガが東の覇者であるウォード家と手を結んでいる事だ。遠交近攻の策を(もく)()んでいるのだろう。こちらが()(かつ)に動けば、その背後をウォード家に()かれかねない。しかし……



(……大義がこちらにある以上、ウォード家は動こうにも動けぬ筈。天下を狙うウォードにとって、私利私欲のための戦というのは外聞が悪いであろうからな。なればこそ、フォスカ家の領地回復という名分が欲しかったのだが……)



 ユーディス姫を手に入れ損なった以上、この戦略案は修正を迫られる。



「……いっその事、カーシン師に共闘を申し入れるか?」

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