第十二章 セト 2.セトの町(その1)
「よぉマモル、お前すぐ顔に出るくせに、能くあんなスラスラ嘘八百を並べたよな?」
「え~? 別に嘘ってわけじゃないよ? 幾つか黙ってた事があるだけで」
「世間じゃそういうのを嘘って言うんじゃないのか?」
「偽証と黙秘は別物だよ? 後者は法律で認められた権利だし」
「まぁ、その事はもうよいではないか。それより、マモルがギルドカードを提出した時、魔法の事について気付かれなかったようだが……?」
「あ、はい。まだしばらくはバラさない方が良いって、カーシン様が隠してくれたので」
「なるほど……そのような事もできるのだな……」
ソーマはいたく感心しているが、これは【肖る者】の効果で習得した魔法スキルが【肖る者】のサブスキル扱いになっているためで、【鑑定】では表示されないのである。それ以前に、ユニークスキルである【肖る者】については、やはりユニークスキルである【ステータスボード】で隠蔽している。
ただし、【鑑定】を欺くスキル自体は本当に存在しているため、マモルの言う事も間違いではない。――単に事実でないだけである。
恐らくは近いうちに明かす事になるだろうが、今のマモルはまだユニークスキルの事を喋るつもりは無かった。
「それはそうとして、折角だからこの町で必要なものを揃えておいた方が良くはないか?」
ソーマの提案には、マモルもヤーシアも異存は無い。ソーマはともかく、マモルもヤーシアもほとんど着の身着のままで町を飛び出して来たのだ。マモルの荷物はマジックバッグに収納してあるとは言え、そもそも旅支度自体を整えていない。カーシンの館で幾ばくかの道具などは融通してもらえたが、準備万端とはほど遠い状態なのである。……携帯食料だけは、盗賊のアジトから大量に入手できたが。
「だったら、共用品は勿論、各自で必要なものも買っておこうか」
なぜかマモルが預かっている財布から、各自に銀貨十枚ほどを渡して買わせる事にしたのだが……
「……ねぇヤーシア、食糧は共用品として別に買い込むからさぁ……ここは女の子らしく身嗜みとか、そっちの方の品を……」
身嗜みって何ですか――という勢いで食べ物ばかり買い漁るヤーシアを窘めたマモルであったが、
「はぁ? 目立つわけにいかないってのに、めかし込んでどうすんだよ?」
という、至極尤もな反論を受ける事になった。
「目立たないようにって、顔を態と泥で汚したりする子もいるんだぞ?」
整った顔立ちの女の子では、人買いなどに目を付けられないようにと、態と顔を汚す事もあるらしい。そんなヤーシアも、体付きこそ女らしくはないが、顔立ちは――少し勝ち気そうなところはあるものの――それなり以上に整っている。体験談なのかと思いきや、
「あたしは大丈夫。そんなヘマはしない」――と、力瘤を拵えてみせた。少女ながらも体格は良いため、力瘤もそれなりなのがコメントに困る。
「まぁ、めかし込むとかではなくても、拙者もマモルも着替えは必要であろう。ヤーシアも着替えくらいは揃えておかねばな。いざという時に服を着替える事ができるかどうかは大きいぞ?」
妙に実感の籠もった声で言われると、さすがにヤーシアも頷かざるを得ない。何か追われる経験でもあったのだろうか?
「服もそうだけど、防具の店にも行かなきゃだろ? 折角紹介してもらったんだし」
三人の事情を考えると、武器や防具の充実は喫緊の課題であると言えた。しかしその一方で、できればマモルとヤーシアは目立ちたくないという事情もある。冒険者ギルドの職員に相談したところ、それならと紹介されたのが、カエルのような魔獣の革でできた防具であった。薄く軽いが弾力があって丈夫であり、これだけでも流れ矢くらいなら防げるという。チョッキのように仕立てたものを鎧下に使う事も多いそうだ。
それに加えてもう一つ薦められたのが、スライムを加工したプレートである。こちらも軽い割に硬くて弾力性に富むため、プレートメイルの材料に使われるらしい。加工に際して魔術を使う必要があるので高価だが、一枚くらいなら手が届くので、冒険者がブレストプレートに使う事も多いのだそうだ。試しに見せてもらったそれは、現代日本なら硬質プラスチックと呼ばれそうなものであった。これを前記のカエル革に仕込んでおけば、大抵の魔物や盗賊からは身を守れるだろうという。
防具屋を見つけて注文したところ、
「あ、明日にはできるんですね?」
「まぁな。防具っても袖無しのチュニックみてぇなもんだ。魔獣の革なんでちぃっと面倒だが、今まで何度も手がけたもんだしな。スライムプレートの仕込みを入れても、明日の昼前にはできあがってらぁ」
「よろしくお願いします」
――という次第で、思ったより早く防具の調達が終わりそうな気配であった。
「防具はいいけどさ、武器の方はどうすんだ?」
ヤーシアの視線から、どうやら問題にされているのは自分らしいと気付くマモル。大概の相手ならスキルで片付ける自信はあるが、ヤーシアが問題にしているのはまさにそのスキルの事だろう。見習いとは言え冒険者の自分が武器を持たないでいては、魔法かスキルを持っていると疑われても仕方がない。一応短剣は腰に帯びているが、これはどちらかというと解体や調理に活躍しているのが現状である。ヤーシアにしても、短剣くらいは持っていた方が良さそうだ……。
「……何かお薦めの武器はありませんか?」
「坊主みてぇな子供にお薦めの武器っつってもなぁ……」
しばし考えあぐねていた店主が、これならどうだと持ち出したのはショートソードであった。直訳すると短剣になるが、実際には短剣と剣の中間的な長さになる。日本刀で言えば、小太刀というのがサイズ的には近いだろうか。
「これなら鉈代わりにも使えるしな。割と短かくて軽いから、坊主みてぇな見習いでも何とか振り回せるだろ」
「そうですね……これを戴きます。あと、そっちの子にも何か短剣を」
ヤーシアの短剣も買い求めたところで、今度はソーマが俎上に上がった。
「そっちの兄ちゃんはどうすんだ? 見れば浪人さんみてぇだが……魔物相手の冒険者稼業だと、もうちっと短めの方が良かぁないか?」
ソーマが使っているのはやや長めの片刃の剣……と言うか、いっそ日本刀と言った方が適切な形状の刀剣であった。対人戦闘には向いているが、叩き斬るのではなく引き斬る事を念頭に置いた造りであり、魔獣の厚い皮膚を斬り裂けるかどうかはちと怪しい。また、魔獣を相手に山林に分け入る冒険者は、障害物の多い場所でも取り回し易いカットラスのような短めの、しかし刃の厚みが充分にある重厚な片手剣を使う事が多い。武器屋の親爺はその点を懸念したようだが、ソーマは使い慣れている武器を今更替える気は無いようだ。
「お心遣いは忝ないが、拙者はこれに慣れているのでな。今更得物を換えても、上手く使いこなせるかどうか判らぬ」
「まぁ……そういうのもあるか。けどな、サブの武器を持っておくなぁ、冒険者なら常識だぜ?」
「なるほど……少し考えさせてもらいたい」




