第十一章 盗賊退治 5.急の段(その2)
「いや。推測だが、こやつらは落ち武者……と言うか脱走兵ではないかと思う。それも恐らくは輜重輸卒の類であろう。自軍の旗色が悪くなった時点で、荷物を横領して逃げ出したのではないかと。……敗走する輜重部隊を襲った夜盗という事も考えられるが、全員の武具防具が揃っていた事を考えると、脱走兵の可能性が高いと拙者は思う。そっちの袋には、防具は入っていなかったのだろう?」
誰かが持ち逃げしないように埋めて、互いに見張っていたのだろうというのがソーマの見立てであった。なお、軍資金が銀貨と銅貨ばかりなのは、現地での支払いの便を考えたためだろうとの事。
ソーマの推測は合理的であり、ヤーシアもマモルも納得できるものであった。
「で、こいつをどうすんだ? マモル」
「う~ん……当面僕たちには必要無いし……やっぱり姫様たちに押し付ける? 銀貨は少し戴いておくとして」
「けどさマモル、どうやって持ってくんだ?」
「押し付けようって言い出したのはヤーシアじゃないか……そうだね。最初に送ってもらった場所まで戻れば何とかなるんじゃないかな。通信の魔道具は預かってるし、あの場所なら転移のマーカーも設置してあるみたいだし」
マモルの提案は、しかし不機嫌なヤーシアによって一蹴される。
「やっとここまで山を下りて来たってのに、また二日もかけて戻れって? 冗談じゃないよ。あたしは御免だ」
転送地点まで直行するならもう少し早く行けるだろうが、そこから再び山を下りる手間は変わらない。一応マモルは簡単な転移マーカー――使用後に消滅する使い捨て――の設置法を習ってはいるが、上手くできるがどうかは解らないし、その場合も再度転送されるのは最初の転送ポイントである。そこから再び山を下りるとなると……
「まぁ……僕もあんまり気乗りはしないかな。ソーマさんは?」
「別段急ぐ必要もあるまい。ものは武器と携帯食料だからな。腐るようなものでも、喫緊に入用なものでもないだろう。カーシン殿と連絡は取れるのであろう?」
「あ、はい。……そうですね、一応報告だけは入れておきますか」
「おい待てマモル。下手に連絡なんかしてみろ。あのお姫様がさっさと持って来いって言い出すぞ、きっと」
「それは……あり得るかな……」
「うむ……否定はできぬな。あのご気性であれば」
「だろ? ここは知らんぷりして先に行こうぜ」
「あ、でも……ちょっと寄り道しても構わないかな?」
「へ? どこに寄るんだよ」
「ちょっとね……」
・・・・・・・・
「……あの……これは?」
「ですから、貴方たちの村を襲った夜盗の贓物です。迷惑料とでも思って下さい」
「で、でも……あたしたちが貰っていいものでは……」
「あの夜盗たち、どうも兵隊崩れだったみたいです。脱走のドサクサ紛れに軍需物資を掻っ払ったみたいですね。そんな事をするくらいだから、どうせ持ち主の軍隊は負けて散り散りバラバラですよ。文句を言ってくる者はいないと思います。それに、こんな事があった以上、村の防衛力は必要でしょう?」
マモルがヤト村へ持ち込んだのは、夜盗たちが使っていた武器にマジックバッグの中身を少し足したもの、それに携帯食料と銅貨の一部であった。そしてそれらに加えて……
「こちらの食糧ですけど、夜盗どもに巻き上げられたものじゃないんですか? アジトの隅に置いてありましたけど」
「……はい」
「あのクズども、遠慮無しに食い荒らしたみたいですけど、残っていた分はとりあえず全部回収してきましたから」
「……重ね重ねありがとうございます。このご恩は……」
「あ、そういうのは気にしないで下さい。こっちで勝手にやった事なんで」
「で、でも……」
「あ、それじゃ……もしもフォスカ家に縁ある人を見かけたら、一杯の水と一杯の麦粥でも渡してやってくれませんか?」
暗に自分たちがフォスカ家縁故の者である事をにおわせて、マモルたちは村を後にした。
「なぁマモル、あれって何の意味があるんだ?」
「別に意味なんて無いよ? 迷惑を被ったみたいだし、被害分は弁済すべきだろ?」
「だとしても、最後のフォスカ家云々はどういう事だ?」
「変に身許を嗅ぎ廻られても迷惑ですしね。面倒を姫様に押し付けただけですよ」
「ふむ……そういう事にしておくか」
「ところでさぁマモル、この後冒険者ギルドに行くんだろ? 盗賊たちの討伐報告はすんのか?」
「討伐報告……って、何するのさ?」
「盗賊を片付けたら、ギルドから報奨金が出るんだよ。賞金が懸かってる事もあるしさ。討伐証明をギルドに提出して、ギルドがそれを確認したら貰える筈だぜ」
「討伐証明……って、何さ?」
「さ、さぁ……そこまではあたしも知らないけどさ」
しどろもどろになるヤーシアであったが、ここで時の氏神よろしくソーマが割って入る。
「確か盗賊の討伐証明は、右の掌を切り取って持って行くのではなかったかな。ギルドに報告して後、職員が事実関係を確認した上で、報奨金が支払われた筈だ。賊がギルドカードを持っていた場合は、それも提出したと思うが」
そんなものは切り取っていない。ついでに言うと、確認までの間足止めされるというのも、マモルたちにとっては迷惑な話である。
「……駄目じゃない」
「う……報奨金は無しかよ……」
「まぁ、今回は諦めるのだな、ヤーシア。それなりの金子は得られたのだし、欲をかいても仕方がなかろう」
「そうそう。下手に討伐報告なんかして、目立つのもよくないしね」




