第十一章 盗賊退治 2.破の段(その1)
化鳥の如き勢いで駆けつけた三人の目に映ったのは、盗賊か落ち武者か野伏せりか……とにかく、いかにもそのような姿の五人の男たち――何れも追い詰められた獣のような凶相である――が、粗末な身形の村娘を羽交い締めにしている光景であった。他に二人ほどの娘がいるが、一人は地に伏せたまま動かず、もう一人はぐったりとして男の方に担がれている。
――誰がどこからどう見ても、拐かしの現行犯であった。
「何だっ! 手前たちゃ……ガッ!」
問答無用とばかりにヤーシアの投げた石が、抜き身を提げた賊の顔面に命中する。当たり所が悪かったらしく、その男はそのまま倒れ伏した。
「野郎――ぐわっ!」
いきり立って襲いかかって来た二人は、ソーマが各々一刀の下に斬り捨てる。
「ち――近寄るな! 寄るとこいつらの命は無ぇぞ!」
偶々娘を羽交い締めにし、あるいは担ぎ上げていた二人が、悪役お定まりのような挙に出るが……
「がっ!」
「ぐっ!」
突然その二人が呻き声を上げてその場に崩れ落ちる。
【隠身】を解いてその場に姿を現したのはマモルであった。手には金槌を持っている。
「全く……問答無用で殺っちゃったら、訊問する事ができないじゃない。二人とも、もう少し考えてから動いてよね」
不機嫌そうな口調のマモルに、ヤーシアもソーマも頭を掻いている。
「悪っ! ムカついちまったもんで、ついな」
「兵の風上にも置けぬやつと思い……浅慮であった」
「あ、あの……助けて戴いて……」
「悪いけど、そっちの事情は後で。二人はその捕虜を縛っといて」
言い捨ててマモルはゆっくりと倒れた三人に近づく。こっそり【鑑定】を使って死亡を確認してから、改めて屍体を検めた。
(ふぅん……大したものは持ってないし……食い詰めた落ち武者って感じかな? 洞窟で見つけた屍体のような、おかしなところは無いみたいだな。……あ、ギルドカードがある……)
「よぉマモル、縛っといたけど、こいつらどうすんだ?」
「あ、そっちへ行くよ」
マモルは気絶したまま縛られた二人のところへ行くと、二人の顔を足蹴にして叩き起こした。見かけに反して容赦の無い子供である。
尤も、平和な日本で入院生活を送っていた頃の遊行寺護ならまだしも、こちらへ来てから日に一~二度のペースで魔獣に襲われていれば、いい加減胆も据わろうというものだ。害意を持って襲ってくるなら、魔獣も盗賊も同じである。殺される前に殺す、それだけだ。
ついでに言うとこれはこの世界では一般的な認識で、ヤーシアもソーマもマモルの振る舞いを、別におかしいとは思っていなかったりする。
「ぐっ!」「がはっ!」
「起きた? 質問に答えてくれる?」
「何だっ! 小僧っ!」
「縄を解きやがれ! 俺たちを誰だと――ぎゃあっっっ!」
喚いていた男の片割れ、その片目に無造作に短剣を突っ込んで眼を抉ると、泣き喚いている男の口の中にその短剣を突っ込む。もう少しで喉笛を突き破りそうになるまで。
「ひ……ふが……ふぇ……」
「僕が聞きたいのは返事であって、喚き声じゃないんだよね。喋れないんなら用は無いんだけど?」
態と短剣をゆらゆら動かすと、男は涙を流しつつ頷いた。その様子を確かめると、マモルは残る一人の男を離れた位置まで連れて行くように指図する。逃げるようなら斬り捨てろと言って。
「さぁて……お仲間のいる場所、人数、装備……洗い浚い吐いてもらおうかな」
すっかり心折れた様子でマモルの質問に答えた男であったが、去り際のマモルの言葉に震え上がる事になった。
「じゃあ、これからもう一人のお仲間さんにも話を訊くけど……話す内容に食い違いがあったら、二人とも殺すからね」
バネ仕掛けの人形のように顔を上げた男は、嘘じゃねぇ、信じてくれと泣き喚いていたが、マモルは一顧だにせずそのまま次の男の訊問へ向かう。
幸いにしてもう一人の男も既に――マモルの訊問ぶりを目にして――心挫けていたらしく、素直に喋った内容は大筋で一致していた。
改めて娘たちに話を訊いてみると、彼女たちは山間にあるヤト村という寒村の住人らしい。麦などはほとんど穫れないが、炭焼きや木挽きで生計を立てている村だという。
そこへこの頃夜盗の類が出没するようになって、食い物を寄越せの女を差し出せのと言い出したので、いっその事村を捨てようかという話になっているのだそうだ。
村の場所や山を下りる道について聞き出した後で、
「よぉマモル、こいつらどうすんだ?」
「拙者としては役人に引き渡すのを勧めるが……問題は役人がいるかどうかだな」
この頃の戦乱で、各領主は兵士や役人を町や村から引き上げてまで、自軍の強化に走っている。最寄りの町へ行ったところで、役人がいるかどうかは疑問であった。
「冒険者ギルドに差し出すって手もあるけどな……どうする?」
「素直に喋れば命は取らないと約束したからね。命までは取らないよ……僕はね」
そう言うと、賊が持っていた剣を娘たちの前に置く。彼女たちの前にいるのは、縛り上げられて抗う術を封じられた賊の生き残り。
「お……おい、まさか……」
「や、止めてくれよ……なっ? なっ?」
娘たちが無言で剣を取るのを確認すると、マモルは黙って立ち上がった。
「おい……いいのかよ?」
「後は向こうの問題だからね。助ける価値があると思えば助けるだろうし……」
振り返りもせず立ち去る三人の背後から、断末魔の悲鳴が二つ聞こえた。
「……あの様子だと、随分非道な真似をしていたみたいだね。因果応報ってところじゃない?」
「だが……敢えて娘たちに手を下させなくとも、よかったのではないか?」
「う~ん……そうかもしれないけど……覚悟を見せてほしかったですからね。僕たちが今からやる仕事に値するだけの」
「仕事……?」
「あれ? あの賊たちが言ってたでしょ? まだ十五人ほどの仲間がいるって。ヤーシアはそいつらを野放しにしておくつもりなの?」
「――それじゃ、マモル……」
「潰すに決まってるよ。反対?」
二人の賛意を確認して、マモルたちは賊のアジトへと向かった。




