第九章 軍資金 4.埋蔵金(その3)
「いえ先生、確かに碑文の解読はそうですけど、僕らが今問題にしているのはフォスカ家の埋蔵金なわけです。姫様のご先祖がこの碑文を解読できた、もしくは碑文を参考にして暗号を作ったのなら、元になったのはこの国の言語である筈です」
「む……それは……そうか」
マモルの指摘に力づけられたのか、ユーディス姫の目にも期待の色が浮かぶ。
「次に文字についてですが……二つの要素の組み合わせになってますよね?」
日本人であるマモルの目には、碑文の文字は漢字のように、偏と旁から成っているようにみえた。左側、偏に当たるものが片仮名のト・ス・ヒ・フに似た四種類、旁に当たるものがアルファベットのb・g・i・o・r・v・yに見える七種類である。
マモルの慧眼に舌を巻きつつカーシンが答える。
「その通りだ。右側の七種類は、我々が使っているアルファベットに似ておる。これをbiogrvyと並べ替えて、biography(伝記・一代記)の事ではないかと言い出した者もいたが、そこから先が続かずに廃れたな」
それは知らなかったという顔付きの一同。
「ついでに言うと、左側の四文字は古代の魔術文字に似たものがある。それぞれ地・水・火・風を表している。これは儂が気付いたのだが、他にこの説を唱えている者はいないようだな。……儂のように黙っておるだけかもしれんが」
ほぉと感心の色を深める一同。マモルも感心の体である。
「……左側がそうだとすると……右側の成分も、何かの共通点に基づいて選ばれた可能性がありますね。この文字を見て何か気付く事は?」
「それが皆目判らんのでな。これまで解読に挑んだ者は、何れも力尽きておる」
ここでマモルが思い出したのは、地球で使われていたフォネティック・コードの事である。これはコミュニケーションズ・コード・ワードとも言い、元々は無線での通信や連絡などで聞き間違いの危険性を減らすために、アルファベットの各文字を一つの単語で言い表したものである。例えば、能く知られているNATOフォネティック・コードでは、aをアルファ、bをブラボー、cをチャーリーなどと言い換える。
こちらの国にもこのような言い方は無いかと訊ねてみたが、そういったものは無いとの返事が返ってきた。寧ろ軍事的な興味を持たれたようで、逆に仔細を問い返されたりした。
「そうすると……例えば、七つで一纏まりの何かってありませんか?」
この質問には幾つかの答えが返ってきた。有名なものは神殿で、碑文のあるカノン神殿を始めとして、七つの代表的な神殿があるのだという。碑文の謎に取り憑かれた者たちがこれら七つの神殿を巡ったが、成果は上がっていないらしい。
「それ以外だと……何があるかな?」
「マボナ戦役の七英雄?」
「あれは精々百年前だろう。碑文どころかフォスカ家の言い伝えより後だ」
「北の七つ星は?」
「調べた者がおったが、成果は得られなんだようだな」
「一週間は?」
「これも同じく調べた者がおる。外れであったのも同じだな」
「だったら……」
意見百出したものの何れも決め手に欠け、何より碑文が単なる文字表であるとするなら解読の努力は無駄骨という意見が大勢を占め、やがて議論も沈静化した。
――そんな中、独りマモルは考えていた。
(七つと言えば虹の七色が思い浮かぶけど……誰も言い出さないな。丁度それぞれの単語の頭文字になると思うんだけど……?)
赤(Red)、橙(Orange)、黄(Yellow)、緑(Green)、青(Blue)、藍(Indigo)、紫(Violet)――と当て嵌めてみるとピッタリくる。なのに誰も言い出さないのはなぜだろう……と、考えていて思い出した。
(……そう言えば、虹を何色と見なすかは、民族や文化によって違うんだっけ。もしもこの国の文化が虹を七色と見なさないのであれば、姫様のご先祖も当然そうだっただろうし……これは偶然かな?)
何となく言い出しかねているうちに、マモルは肝心な事に気が付いた。
(……いや、そもそも仮説を持ち出したところで、検証する方法が無いよね?)
答え合わせができないのなら、何も焦ってこの説を持ち出す事は無い。そう考えてマモルは黙っている事にした。




