第八章 魔術師の館 2.ユーディス姫
一同の視線を浴びる事になったユーディス姫であるが、何を今更と言わんばかりの口調で答えた。
「それは無論、裏切り者のマナガめを討ち取って、我がフォスカ家を再興するのだ」
自信満々に言い切るユーディス姫であったが、
「裏切り者? ……そう言えば、詳しい経緯を伺っていませんでした」
あんたは事情も知らずにあんな大それた真似をしでかしたのかい――と突っ込みたくなるが、そこはさらりとスルーするのが大人の気配り。ユーディス姫のフォスカ家とマナガの確執について、口々に要約してくれた。
それによると、ダズ・マナガは元々フォスカ家からシガラの町に派遣された代官であったが、周辺の小領を征服・吸収して力を付け、主家であるフォスカ家を滅ぼした。現在はシガラを離れて、新たに造ったタマン城に居座っているという。
「その折りに、フォスカ家へ使えていた儂の弟子たちも多くが討ち取られての……」
正面からの戦いでなく、内通と不意討ち、毒まで盛っての虐殺であった事が腹に据えかねているらしい。カーシンも弟子たちの弔い合戦を考えているようで、各地に散った高弟たちを密かに呼び集めているという。
「そこまでの事情は解りましたが、姫様がお付き一人だけを連れて動いていたのはなぜなんです? それに、捕まった時の経緯は?」
マモルがそう問うと、途端に姫が決まり悪げな様子を見せた。訊けば旧領の村人たちの協力を得んものと、匿ってくれていた商人の制止を振り切って飛び出し、当てにしていた村人の通報を受けてやって来たマナガの兵に捕らわれたらしい。
「村の者ども……姫様の恩も忘れて……」
サティは怒り心頭のようだが、マモルの見立てではこれはユーディス姫の方に問題がある。
「はぁ……確たる力の裏付けも無しに、領民に協力を求めても駄目ですよ。彼らだって自分や妻子の命が懸かってるんですからね。空証文に命を張るほど馬鹿じゃないでしょう」
「なっ! 空証文とは何だ!」
「違うとでも? 纏まった兵力も、立て籠もるべき城砦も、兵糧も、軍資金も無いんでしょう? それでどうやって一国の領主を討つと? お伽噺と思われても仕方ないじゃありませんか」
「――くっ!」
「で、でも、非はマナガの方にあります! 姫様は……」
「大義がどちらにあろうと、大義で腹は膨れませんよ。現実の裏付けが無い理想論など、青臭くて虚しいだけです」
十やそこらの子供とは思えぬシニカルな物言いに、周りの大人たちは呆気にとられている。一体この子は何者だ?
「大体、何で姫様ご自身が出向く必要があったんです? 配下を派遣すれば済む事でしょう」
「……私の他にはサティしかいなかったのだ。私自身が出向くしか無いだろうが」
「違いますね。その場合は、信用に足る配下が揃うまで、鳴りを潜めておくのが定法です。匿ってくれた商人さんとやらも、そう仰ってませんでした?」
「ぐ……」
「大将が供回りも揃えずに動いてどうすんですか。そういうのは、後を任せられる後継者とか、代わりが務まる者が育ってからするもんです」
「姫様の代わりになる者などいません!」
「だったらこの戦はお終いです。姫様一人が討ち取られただけで瓦解するような勢力では、お家再興など夢のまた夢ですよ。お父上が姫様を逃がしたのも、そういう先見あっての事でしょう。それを姫様が台無しにしてどうすんですか。お父上が命を懸けて教えてくれた事を、何も学んでいないんですか?」
「………………」
容赦の無いマモルの弾劾叱責に、既にユーディス姫の残機はゼロとなっている。
沈黙した姫の傍らで侍女のサティは悔しげに俯き、カフィはそんな姉を見てオロオロし、ソーマとヤーシアは感心したようにマモルを見ている。
己の半分ほどの歳の子供にやり込められて、考え無しの姫も今回は充分凹んだと見て取ったカーシンが、話を少し建設的な方向へと導く。
「それで……姫でなくマモル殿であれば、この後どう動くのかな?」
「マモルでいいです。……そうですね。その前にお訊ねしますが、マナガが勢力を確立したのは最近――ここ十年ほどの間なんですね?」
「フォスカ家を攻めたのが昨年、その前のあれこれを含めても……十年は経っておらんな」
「なら、占領地への支配体制はまだ未確立と見ていいですか?」
「そうよな……どこまでの体制を基準とするかにもよるが……まぁ、そう見てよかろう」
「もう一つ。マナガの元々の臣下ですけど、占領地を支配するに充分な人材は足りてます?」
「いや……旧領主の家臣なども登用して、どうにか回しておるのが現状だ。そういう意味では、人材は足りておらんな」
「なるほど……敵は今、手を広げ過ぎた状態というわけですね。だったら、付け入る隙はあるかもしれません」




