第七章 姫君奪還 3.更なる混乱
阿鼻叫喚とまではいかないが、ちょっとしたパニック状態になった街道筋。そこを更なる異変が襲う事になった。
「な、何だ!?」
「お日様が!」
「真っ暗闇だ!」
「畜生っ! 何も見えねぇっ!」
一天俄にかき曇ったかと見るや、街道筋は鼻を抓まれても判らぬほどの闇に閉ざされた。
「――闇魔法だっ!」
「一体誰がっ!?」
突然の天変地異に度肝を抜かれはしたものの、闇魔法という声に何となく事情を察するマモル。多分、自分たち以外にも姫君の奪還を狙っていた勢力があったのだろう。それが一気に事を起こしたに相違無い。
この後どうなるのか気にならないわけでもないが、今は自分たちが面倒から逃れるのが一番。
即座の判断で【暗視】と【熱感知】、ついでに【反響定位】まで発動したマモルは、暗闇をものともせずに人混みを縫って駆けて行く。まごまごしているヤーシアを見つけると、
「ヤーシア! こっち!」
「ひゃっ!? ……マ、マモルか、脅かすなよ」
「いいから、こっち!」
「お、おぅ……」
ヤーシアの手を引いて駆け出すマモル。とりあえず、一旦はこの騒ぎの場を離れた方が良い。町に戻るのはしばらくほとぼりを冷ましてからだ。
――そう思って駆けて行くマモルは、暗闇の中自分たちを追ってくる者がいる事に、そして自分たちを待ち構えている者がいる事に、少しも気が回らなかった。
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騒ぎに紛れて脱出したユーディス姫たちであったが、どこへ逃げるという当てがあるわけではない。今はともかくこの場を離れる事だ。ただそれだけを考えて、武人の嗜みとして身に付けた【暗視】スキルを頼りに走っていたユーディスの目に、どこかで見たような少年の姿が映った。この暗闇の中を誰にもぶつからず、しっかりとした足取りで駆けて行く――逃げ行く先が判っているかのように。
ユーディスは半ば無意識に、その子供の後を追っていた。
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「先生! お姉ちゃんと姫様が!」
「む……何がどうなっておるのかまるで解らんが……確かにユーディス姫とサティのようだ。しかし、二人を先導しておるあの少年は……?」
「カーシン殿、あの少年は姫君と何やらの関わりがあるらしく思えますが」
「ソーマ殿、それは確かなのか?」
「いえ、仔細は存じませぬが、少なくとも拙者たちがあの少年に救われた事と、その時に姫君たちの行方を、おぼろげにではありましたが示唆してくれたのは事実」
「ふむ……なればこの脱走劇にも、あの少年が関わっておると見てよいか。現に二人を引き連れて脱走しておるのだしな」
――間違ってはいないが、大間違いである。
この騒ぎを引き起こしたのがマモルであるのは間違い無い。しかしそのマモルは、まさか自分の後ろを姫君たちが追っているなどとは考えてもいない。姫君たちを引き連れて脱走――などというのは、マモルの筋書きには載っていない。
載ってはいないのだが、マモルのすぐ後ろを姫君たちが追っている現状を見れば、示し合わせての脱走劇としか見えないのも事実である。ゆえに、彼らを待ち構えている救出者らしき一味の判断も、それなりに筋の通ったものであった。
「ともかく、ここから先は予定どおりに。二人ほど増えたが問題は無い」
――いや、当の二人からすれば大問題であるのだが。
「ソーマ殿、露払いを頼みますぞ」
「お任せあれ」
予め【暗視】のスキルを付与されていたソーマという男が、闇の中をするすると走り出ると、混乱して闇の中を右往左往している兵士たちを斬って捨て、マモルたちを迎える準備を整える。
「お姉ちゃん! 姫様! こっち!」
「サティ!?」
「早くしろ!」
「「え? え? え?」」
「転移するぞ。準備はいいか?」
「大丈夫です! 四人とも回収しました!」
「「え? え? え?」」
「よし、転移!」
斯くしてマモルとヤーシアは、済し崩しに新たな局面へと放り込まれる事になったのであった。




