第六章 角手 2.採用
エーモンに角手の試作を発注してから五日後、エーモンの仕事場を訪れたマモルは、そこで思いがけない人物と対面した。
「あ、シャムロさん、こちらにいらしてたんですか」
エーモンをマモルに紹介したのはシャムロ自身だし、エーモンがかつてシャムロの部下として鳴らしたという事も聞いている。なのでシャムロがここにいても不思議は無いのであるが……しかし色々と多忙な筈のシャムロが、昼日中から場末の工房にいるというのは珍しい。
「うむ。面白いものが出来上がったと聞いたのでね。マモルの発案だそうだな?」
「発案というか……僕の故郷で使われていたものを作ってもらえないか、お願いしただけですよ」
そう言ってマモルは無言で控えていたエーモンに視線を巡らせる。もの問いたげなマモルの視線を受けて、エーモンは一つ頷くと、マモルに小箱を手渡した。
小箱の中から角手を一つ取り上げマモルは、徐にそれを中指に嵌めた……突起の部分が内側に向くように。子供の指に合わせた角手は、大人には少し小さ過ぎるものの、マモルの指には丁度良く収まった。軽く指を曲げたり手を振ったりして、位置がずれない事を確認する。
「中指に嵌めて使うのか?」
興味深げに訊ねたのはシャムロ。
「え、え~と……別に決まってはいないと思いますけど、指の位置とか握力とかを考えると、中指が使い易いかな――と」
「ふむ」
シャムロが角手に興味を示しているのは解るが、なぜ興味を示しているのかは今一つ解らない。しかし別に咎めるべき筋合いは無いし、そもそも自分には関係の無い事だ。そう考えていたマモルは、
「あ、エーモンさん、お代は……」
「おぅ、その事でちぃと相談があるんでな」
「はい?」
・・・・・・・・
五分後、なぜかマモルはエーモンとシャムロに連れられて、冒険者ギルドへの道を歩んでいた。
「えーと……僕はなぜ……」
「よぉマモル、おっさん二人に連れられてどこへ行くんだ?」
からかうような口調で語りかけてきたのは、投石紐を作って以来何かと話す事の多いヤーシアであった。
「僕にも能く判らないんだけど……あ、そうだ。ヤーシア、これあげるよ」
懐から角手を二、三個取り出すと、そのままヤーシアに渡す。
「何だこりゃ? 指輪にしちゃ物騒な……あぁ、こうやって嵌めて殴んのか」
「違うよ。突起は内側に回して……そう、そうやって、自分を捕まえようとした相手の腕を力一杯掴んでやるんだよ」
「……あぁ、そうすっとこいつが食い込んで痛めつけるってわけか。面白そうじゃないか」
弾んだ声を上げたヤーシアであったが、やがてふと思い付いたように、
「なぁマモル、これ、もう少し無いか? チビどもにも渡してやりたいんだけどよ」
「あぁ。その件で今からギルドに行くところだ」
意外にもヤーシアに答えを返したのはシャムロであった。意表を衝かれたように見上げるヤーシアに、
「このところ子供たちを狙う人買いどもが彷徨いているみたいだからな。教会や冒険者ギルドとも相談して、女子供の護身用に配ろうかという話になってる」
「その試作品は鋳物だが、何なら木で作っても間に合うしな」
シャムロに続いてエーモンも口を開く。
「――そうか……指に布切れ巻いて、その中に小石でも入れておけば、同じようなものは作れるしな」
「そういうこった。出来上がるまではそんなもんで代用しとけ。こっちでもなるだけ急いで作るけどな」
「解った! ありがとよ、おっちゃん!」
一言礼を云って駆け出すヤーシアを見送って、
「あのー……?」
「そういう事だ。さっきも言ったように、このところ女子供を狙った人買いの動きが煩くてな。万一の場合の自衛用に何か用意する必要があるかと、頭を悩ませていたところなんだ。投石紐も悪くはないが、あれはあくまで遠距離用だしな」
「投石紐を広めたのも、お前だってぇじゃねぇか」
「広めたと言うほどじゃ……広まってるんですか?」
「おぅ。今じゃガキどもは大概ぶら下げてんな。見習いや駆け出しの連中にも広まってらぁ」
「へぇ……」
少し説明を追加しておくと、シガラの町では先代領主のフォスカ氏が運動した結果、冒険者ギルドの見習い制度が整備された。そのお蔭でやや年長の孤児たちの一部には冒険者見習いとしての道が開け、孤児問題の緩和に一役買った。紹介状を貰えなかった――あるいは遠慮した――孤児たちは十三歳からの本登録を狙うようになったが、犯行歴があると冒険者登録できない――これも先代領主が主導した改革の一つ――ために、行状を改める子供が多くなった。
そうすると町の住人も、今までのような厄介者としてでなく、将来の冒険者候補として孤児たちを見るようになる。加えて教会や冒険者ギルドがそれなりに指導しているため、シガラの子供たちは年齢の割にそこそこ有能であるとの評判が立つようになった。
ところが、そうすると今度はその子供たちを狙って人買いなどが暗躍を始め、子供たちの自衛武器の用意は喫緊の課題となっていた――というのがこれまでの事情であった。
「ははぁ……」
「さっきも言ったように、この角手というのは不意を衝くのには持って来いの上に、構造も簡単なので費用も安く上がる。鋳物でなく木でも作れそうだし、そうなると軽くもできるから、小さな子供にも扱えるだろう」
今から冒険者ギルドで、教会の代表者であるカマルも交えて、その件に関する会合があるのだという。
「で、発案者であるお前にも来てもらおうってこった」
「まぁ……そういう事なら構いませんが……代官様とかも来られるんですか?」
「あ~、駄目だ駄目だ、あの代官は新領主の腰巾着で、税金の取り立てしか頭に無ぇよ。町の事ぁシャムロの旦那ほか、各ギルドの責任者や教会が寄り合って決めてんだ」
領主マナガが治めていたここシガラの町でも、マナガの評判は芳しくない。マモルはその事を心に留めておいた。
これにて第一部終了です。次回から第二部に入り、話が動き出します。