第六章 角手 1.試作
〝チビッ子のうちは隙を衝いて逃げる事を考えるべきだ〟
冒険者登録の時にドルフから言われたこの言葉は、その後もずっとマモルの頭にこびり付いていた。日本で入院生活の長かったマモルは、自分の運動能力には欠片ほどの自信も幻想も抱いていない。ドルフの言葉に両手を挙げて賛同したのである。
そうなると、問題はいかに効率良く〝隙を衝く〟事ができるかにある。虚を衝く事に失敗すれば相手の怒りを買うのは必定。それはそのまま我が身に降りかかってくるのだ。
(癇癪玉とかは効果高そうだけど、肝心の火薬の作り方を知らないしなぁ……非力な子供でも何とかできるとなると……やっぱり角手かなぁ……)
角手とは所謂忍者の武器で、刺の付いた指輪のようなものである。刺を拳の外側に出して殴るための道具……に見えなくもないが、実際の使い方はその逆で、指の腹側に刺がくるように嵌めた手で相手の手首を掴んだり、あるいはビンタを喰らわせるようにして使う。一見しただけでは武器を持っているように見えないため、不意を衝く効果は高い。その分威力はお察しなのであるが、子供が隙を衝いて逃げるために使うのなら、そこまでの威力は考えなくていい。
(……うん、構造も単純だし、頼んで作ってもらっても、そんなに高くはならないだろ)
こういった判断の下に、マモルは角手の製作を依頼する事にしたのである。
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「よぉ、マモルじゃねぇか。今日は何かのお使いかい?」
「あ、いえ。今日は僕個人の用事です。作ってもらいたいものがあって」
本日マモルが訪れたのは、鍛冶屋兼鋳物師兼鋳掛け屋……要するに、金属加工関連の何でも屋のような事をしているエーモンという男の工房であった。彼もシャムロの部下のようなものらしいが、膝を痛めて以来荒事からは手を引いたと言っている。尤もドルフなどに言わせると、膝を痛める前のエーモンは、普段はともかく暴れる時には手に負えないくらい暴れたらしい。しかし現在では気の好い何でも屋の職人であり、住人からも便利重宝に頼られている。
「うん? 作ってほしいもの? ペン立てか何かか?」
「いえ……こういうものなんですが」
そう言ってマモルが差し出した設計図を見て、
「何だ? ……こりゃ鉄拳か? これを嵌めて人をぶん殴ろうってのか?」
感心しないという目付きのエーモンであったが、
「あ、いえ、逆です。ここが指の腹に来るように嵌めて、捕まった時に相手の腕とかを掴んでやると……」
「……ほぉ……相手は痛みに一瞬驚いて、掴んでいる手を放すって寸法か……」
「放さなくても握りが緩めば、振り解いて逃げる事はできるかなぁ、と」
う~んと感心したエーモンは、角手の試作を了承した。
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マモルから試作の依頼を受けてから三日後、エーモンはシャムロの家を訪れていた。
「……それで、こいつがその試作品ってやつか?」
「へぇ。マモル坊の言う事じゃ『角手』っていうらしいんですが、試しにあっしが使ってみた感じでも、不意を衝くにゃあ充分使えそうで。……嬶にゃぶん殴られましたが……」
シャムロはちらりとエーモンの顔の痣に目を遣ったが、この話題には深入りしない事に決めたらしい。
「……刺が外向きになるように嵌めて、殴る事はできるのか?」
「そっちは上手くありやせん。殴った拍子に輪っかが回って、刺の位置がズレちまう事があるんで。指一本に嵌めるようになってるせいですかね」
「ふん……完全に不意打ち特化か」
「組み討ちなんかの時ゃ、腕を取るだけでも痛めつけられそうですがね」
「……チビッ子どもが人買いに攫われたりしねぇように、持たせておくってのはありかもな」
「へぇ。あっしもそれを考えたんで」
「安くあがりそうなのか?」
「剣と打ち合うわけでもねぇし、鋳物で充分でやすからね。何なら木を削っただけでも作れそうですし。案外チビッ子にゃあ、そっちの方が軽くて使い易いかもしれやせん」
シャムロはしばらく考え込んでいたが、やがて顔を上げると、
「この件はカマルにも相談してみる。チビッ子どもの安全確保と言ってやれば、あいつの事だ、乗ってくるだろう。……マモルにはいつ渡すんだ?」
「へぇ。坊にゃ明後日渡すようにしています」
「よし。その時は俺も立ち会う事にする。そのままマモルを冒険者ギルドまで引っ張って行こう。お前にも同道してもらうぞ?」
「へぇ、承知しやした」