第五章 出会い
「おい、そこのおまえ」
「お前だろ、新入りのくせにナマイキなやつ」
「センパイに対するれーぎってもんを教えてやるぜ」
(は……?)
口々にそう言って凄んでくる子供たちに、マモルは困惑するしかなかった。見れば五~六人の子供たちがマモルの周りを取り囲……もうとして、腰が引けて失敗している。これなら囲みを破るのは、子供の自分にとってさえ難しくない。
冒険者ギルドで見習い登録した四日後の事であった。
「え、えぇと……君たちは? それに礼儀って?」
「新入りにかってなまねをされちゃ、めーわくなんだよ!」
「おれたちに一言のあいさつもなく!」
「かってなまねすんなよ!」
聞く耳を持たぬという感じでいきり立っている子供たちの様子を見て、どうやらこの子たちは所謂浮浪児らしいと察しを付けた。マモルを新参の浮浪児と見て、縄張りを冒された事に腹を立てているのだろう。
……と、いう事は……
(……え? 僕って……ホームレスに見えるわけ?)
そっちの方が数倍ショックで、しばし呆然とするマモル。元から身形には気を使わない方だし、今着ている衣服も――化繊のジャージの上下はさすがに目立ちそうなので――古着屋で適当に選んだものだが……まさかホームレスと間違われるとは思わなかった。服装についてはもう一度考え直した方が良いかもしれない。ちなみにこの町へ来た時には、ジャージの上に盗賊の屍体から剥ぎ取った革鎧と脛当てを着けていた。
虚ろな目をしてぼーっと立っているマモルを見て不安になったのか、
「お、おい、どうしたんだよ?」
「ムシするなよ! おいってば!」
七分三分で腰の引けた様子の子供たち。ただ呆然と立ち尽くすマモル。そこへ聞こえてきたのは威勢の良い叱咤の声。
「お前たちっ! 何を勝手な事をやってるんだいっ!」
・・・・・・・・
えーと……何でこんな事になってるんだろう。
僕は今、町外れの原っぱで、なぜかこの女の子と勝負する羽目になっている。いや、別に取っ組み合いとかじゃなくて、遠投……遠くの的に石を当てられるかどうかで競うらしいんだけど。
突然僕たちの間に割って入ったのは、ヤーシアという大柄な女の子だった。どうやら孤児たちのリーダー格らしい。僕より頭一つ半は高いし、腕っ節も強そうだ。……多分、大人になったら美人になると思うんだけどなぁ……。
ヤーシアは子分たちの勝手な振る舞いを詫びた後で、ケジメをつけるための勝負を申し出てきた。……あぁ、これってやっぱり浮浪児扱いされてるって事だよね。
勝負の方法は、さっきも言ったように投石だった。この町の子供たちは、得意不得意の差はあるけど、大体みんな投石の練習をしているらしい。ドルフさんの教えかな? あの的に当てた方が勝ちって言われたけど……いや……三十メートル以上、下手をすると五十メートル近く離れてるよね? あれに当てろって言うの?
【投擲】スキルが解放されていない現在、僕があそこまで石を飛ばす事自体難しい。このヤーシアって娘は、きっと【投擲】持ちなんだろうな。……あ、こっそり【鑑定】してみたけど、やっぱりそうだ。こりゃ、このままじゃ勝負にならないよね。
心細そうな声色で道具を使ってもいいかと訊ねたら、あっさりとOKを貰えた。よしっ! 言質を取った! これで勝負になる。
ヤーシアが先に投げて、見事的に当ててドヤ顔だ。ふんっ、見てろよ?
僕が取り出したのは投石紐だ。ドルフさんに話を聞いてから、自分で作ってこっそり練習していたんだよ。町外れで【隠身】を発動していたから、誰にも見られてなかった筈だ。練習の甲斐あって、今の僕でも投石紐を使えば、五十メートル先の的を狙う事ができる。
「――当てたっ!?」
「すげーっ! あそこまで届いたぞ!」
「その変などーぐのせいか!?」
僕が見事的に当てたのを見た子供たちは、一転して僕に感心している。投石紐を使ったのを咎められるかと思ったけど、別にそんな事は無いみたいだ。
「やるじゃないか、お前……マモルだっけ?」
ヤーシアが感心したように声をかけてきた。まぁ、その視線は投石紐に釘付けなんだけどね。
「使ってみる?」
「――いいのか!?」
「うん、簡単だよ。そこに石を置いて……そう、そうやって振り回して、タイミングを計って紐を放すんだ。……片方だけ。片方は手首に巻き付けておけばいいから。……放すタイミングを間違えると、石が勢いよく明後日の方向に飛ぶから注意して。……最初のうちは、少し離れた場所でやった方が良いね」
【投擲】スキルが仕事をしたのか、少し教えるとヤーシアはすぐにコツを呑み込んだ。羨ましそうに僕の投石紐を見ているから、作ってあげる事を約束したら、手放しで喜んでくれた。
「と言っても、構造自体は単純だから、材料さえあれば誰でも作れるよ?」
「あ~……その材料ってやつが判らないんだよ」
「いや? だから、単純に紐だけでもいいんだって。革の切れ端に紐を結び付けただけで充分だよ。ただ、見てのとおり凄い勢いで飛んでくから、面白半分に投げないようにね」
僕がそう注意すると、子供たちは真面目な顔付きで頷いた。みんな将来は冒険者を狙っているそうだけど、犯罪歴のある者は登録できないとかで、子供たちは思った以上にお行儀が良いようだ。
……そう言えば、こっちの世界には【生活魔法】の【浄化】があるせいで、みんな身綺麗にしてるんだよなぁ。見た目だけじゃホームレスかどうかなんて判らないくらい……不精者かそうでないかの方が能く判るよね。……あぁ、それだから質素な服を着ている僕が、浮浪児と間違えられたのか……
「マモルは冒険者見習いなのか?」
「うん、教会のカマル神官が保証人になってくれて……みんなは?」
あの神官さんなら、保証人くらい引き受けそうだから訊いてみたんだけど……
「神官さまにそうそう甘えるわけにはいかないだろ」
「おれたちが何かモンダイを起こしたら、神官さまのたちばがわるくなるんだからな」
思った以上にしっかりした考えを持っていた。……僕、深く考えないで保証人になってもらったけど……
「ま、そういうわけで、あたしたちは十三歳の本登録狙いなのさ。あたしは来年十三になるから、そうしたら冒険者としてやっていくんだ」
「マモルは見習いなんだろ? どんなしごとをしてるんだ?」
教会と冒険者ギルドでの事務仕事だと言ったら、全員が微妙な顔をして――それでも一応感心してくれた。……うん、冒険者らしくない仕事だっていうのは解ってるよ。定時出勤、定時退勤。ほとんどサラリーマンだよね、これ。