第四章 冒険者ギルド 2.見習い指導
「はぁ……何だか疲れた……」
「ははっ、新入り、災難だったな」
迂闊にも軽率にも不用心にも、バランティスの素材などという代物を素材買い取りカウンターに持ち込んだばかりに質問攻めにされ、ようやくの事で解放されたマモルが一人で――カマル神官は用事があると言って先に帰った――黄昏れていると、笑いながら声をかけてきた男がいた。壮年に差しかかった頃だろうか。赤い鼻が目に付くが、目許は柔和で気の好い人柄のようだ。
「自分の軽率が招いた結果ですからね、仕方がないです。……申し遅れました、見習いに登録したばかりのマモルです。この辺りの事情には詳しくないので、色々とご指導を戴ければ幸いです」
「おぅ、噂どおりの知性派だな。俺はこの町でC級冒険者やってるドルフってもんだ」
「よろしくお願いします。……あの、知性派って?」
「ん? 見習いへの登録早々にギルドの事務仕事を任されるような逸材を、他に何と呼べってんだ?」
「いえ……簡単な読み書きと計算ができるだけですよ?」
「それすら満足にできねぇ連中が多いんだよ、冒険者ってやつぁ」
読み書きできるだけで知性派って、そこまでなのか――と、内心で驚くマモルだが、地球の中世でも識字率は似たようなものだ。さほど驚くには当たらないだろう。
「そんなところに読み書き計算ができる見習いがやって来りゃあ、そりゃ評判にもなろうってもんだ。なのにその知性派が、あろう事かバランティスの素材を持ち込んだとあっちゃあ、評判が突き抜けるのも仕方ねぇだろうが」
「いえ……ですからあれは屍体を偶々見つけただけで……」
「あぁ、そうだってな。けど、ネタが割れるまでは皆が思ってたからな、あの小僧は何者だってな」
「何か……ご期待に添えずにすみません」
「なぁに。けど、バランティスの屍体を見つけたって事ぁ、バランティスが棲んでるところを抜けて来たって事だからな。その運の好さと度胸、それに加えて目端が利くとなりゃあ、やっぱり将来が楽しみって事だ」
「あぅ……」
色々と後ろ暗い事を抱えているマモルとしては、あまり目立つのは好ましくない。とは言え、見習いとは言え冒険者として登録した身。戦う技術の一つくらい、身に付けておくべきだろうか。
「止めとけ。少なくとも見習いのうちは、下手な背伸びは怪我の元だ」
ドルフに言わせると、チビッ子のうちは隙を衝いて逃げる事を主眼に置くべきだという。
「覚えるとすりゃ【投擲】だな。この町の孤児どもは大抵身に付けてんぜ。あとは……強いて言やぁ、捕まえられた時に手を振り解く技ぐれぇか」
「【投擲】ですか……」
子供の頃、人並みにキャッチボール程度はやった。だが、【肖る者】のレベルが低い現在、道具を使う技術は対象外となっているため、既得スキルとしては解放されていない。しかしコツ自体は身体が覚えているから、投げてさえいればそのうち勘は取り戻せるだろう。ただ、所詮は子供の腕力なので、投石紐を使うなどして威力を高める工夫は必要かもしれない。さして複雑な構造でもないし、後でちゃちゃっと作っておくか。
「考えておきます。それで、拘束を抜け出す技術というのは?」
「何、技術ってほど大したもんじゃねぇ。……そうだな、ちょいと付き合いな」
そう言ってドルフがマモルを案内したのは、冒険者ギルド併設の訓練場であった。三人ほどが剣の素振りや組み手の稽古をしている。
「おぅドルフ、そのチビッ子は新入りか?」
「あぁ、噂の知性派だ。捕まった時に逃げ出すコツを教えてやろうと思ってな。誰か付き合っちゃくれんか?」
「よし、俺が行こう」
素振りをしていた男が気軽に返事をすると、稽古を中断してやって来た。
「すみません、お稽古中のところ……」
「なに、見習いの指導は大人の義務みてぇなもんだ。気にするな」
「いいか? 能く見てろ……ってほど大したもんじゃねぇがな」
ドルフが見せてくれたのは、要するに相手のバランスを崩す技術と、自分を捕らえた相手の手首を捻る技術であった。
(……柔道と合気道の初歩みたいなもんかぁ。合気道だと、確か手首を極めた後は投げたり引き倒したりして制圧した筈だけど……こっちは完全に逃げ出すための不意打ちって感じだな)
「解ったか? なら、一遍やってみな」
ドルフに促されて、マモルは自分でも同じように復習ってみた。幸いに道具は使わないので、【肖る者】が何か仕事してくれたらしい。イメージどおりに身体が動く。病弱だったので柔道も合気道も習った事は無いが、テレビや動画で試合を見た事は何度もある。恐らくその経験も加味されているのだろう。スムーズな動きでドルフのバランスを崩して倒す事ができた。
「――おぉっ? 一発で覚えるたぁ、大したもんじゃねぇか」
「全くだ。近来の逸材だってギルドが騒いでいたなぁ、間違いじゃなかったみてぇだな」
「いえ、偶々ですよ。ドルフさんが仕掛け易い位置にいてくれたから上手くいっただけです」
「そりゃそうだが……そこまで気付くチビッ子はそういねぇぞ? やっぱり大したもんだわ」
チートを使っている自覚があるのと目立つのは不本意なのとで、頻りにこっちを持ち上げてくる大人たちに困惑しつつも、マモルは頭の片隅で考えていた。
(……角手とかあったら、手を振り解いて逃げる時に便利じゃないかな……?)