第三章 シガラ 1.紹介先へ
若返ってこちらの世界に転移した事が明らかになった時、マモルは一つの目標を立てていた。
――折角の新しい人生なんだから、気儘に好きなように生きてみたい。前世では参加できなかったあれこれにも、積極的に関わってみたい。……何もできずにただ傍観するだけの立場には戻りたくない。
しかし現状に鑑みるなら、前世では縁の無かった面倒事に関わってしまったような気がする。かと言って、実際問題としてここで唯一人冬を越すのが難しそうなのも事実である。
折良くというべきか、闖入してきたお姫様から、シガラという町の顔役に当てた紹介状も受け取っている。別に封もされていなかったので、開いて中身を確認してある。信書開披罪? 何ですかそれ?
中身はシャムロという人物に宛てて、紹介状を持参したマモルという子供の事を宜しく頼むとだけ書いてあって、「迷い人」云々については一言も触れていない。明かすかどうかはマモルが自分で判断しろという事なのだろう。それとも、迂闊に文字に認めて、手紙が人手に渡った時の事を懸念したか。こちらの可能性も無視はできない。
しかし、それよりも何よりも、マモルとしては手紙が普通に読めたという事の方が重要であった。敢えて手紙を開封したのも、何よりこの件を確認したかったからである。
「……面白いな。文字は英語のアルファベットみたいな感じなのに、普通に単語の意味が解るし、文章も普通に書く事ができるみたいだ。意識すれば日本語での読み書きもできるけど……逆に言えば、意識しないとできないって事か……」
ステータスボードにあった【言語学 Lv5】の効果だろうか。ともかく、姫君たちとの会話に続いて、この世界での読み書きの能力も保証されているらしい事に安堵する。
「これなら、町へ行っても困る事は無いか。あと気になるのは、僕の身許とかを詮索されないかって事だけど……こればかりは行ってみない事には判らないしね」
曲がりなりにも姫君が保証してくれた相手だし、そうそう理不尽な真似にでる事も無いだろう。何なら冬の間だけ町へ降りて、春になったらまた戻ってくればいい。勿論他に面白そうなところがあれば、そっちへ行くのも吝かでない。
斯くの如き思案の結果、マモルは山を下りる事にした。
この地に転移してから二十日後、ユーディス姫たちとの邂逅から数えて十日後の事であった。
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「ふむ……」
シャムロという人物は困惑しているようだった。
それはそうだろう。旧知の仲とは言え、今はここの領主に追われる身のユーディス姫が、あろう事かこの子供の事を頼むという――それだけしか書いてない――紹介状を持たせて、一人の少年を差し向けてきたのだ。
これが他の人物なら、何か裏があるのではと勘繰るべきなのだろうが、あの姫様に限ってはその必要は無い。表裏の無い為人と言うか、そんな悪知恵が廻るような才覚の持ち主ではないのだ。この手紙も、単純にこの子の事を慮っての事だろう。なら、尚更にこの子の素性と境遇が気にかかる。
「この手紙には君の事を宜しくとだけ書いてあるが……?」
これだけでは素性も事情も判らない。判らないので判断の下しようがないという暗黙の要求を受けて、マモルは自分の事情を話していく。勿論、ユーディス姫に話したのと同じ表向きの説明である。
「ほぅ……『迷い人』なのか……道理で……」
ユーディス姫がこの少年の事を気遣う理由は判ったが、しかし、この子の処遇はどうしたものか。姫はあれで結構人を見る眼があるから、この子の為人に問題は無いのだろう。しかし、為人に問題が無くても、この子の処遇に問題が無いという事にはならない。
「それで……マモルと言ったか? 君はどうする……いや、どうしたいのだね?」
「僕はこの国の事を何も知りませんので、まずはその辺りの基礎知識をお教え戴ければと。あと、生活の糧は冒険者なり何なりに登録して得ようと思いますので、厚かましいようですが保証人をお願いできればと」
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