第9話 少女とカラオケ
「こんなもんか」
あれからさらに30分後。最後の文章を締めくくると原稿三枚による感想文が出来上がった。白石にコツを教えてもらってからは詰まることもなく順調に進めることができた。感謝感激雨あらしだ。いや、あられだっけ?まあどっちでもいい。これで夏の三大課題、読書感想文を撃破することができた。ちなみに他二つは自由研究と夏の友だ。もう四天王、もとい三天王といっても過言ではないだろう。三天王ってなに?
だが書いている途中にどうしても呑み込めないものを抱えていた。それは本の結末だ。この本は主人公が人を信じられなくなった悪逆の王様に、人を信じる心というもの教える物語である。幾多の困難を乗り越え、最後には主人公は王様に人を信じることの素晴らしさを身をもって説くことができた。ここまで聞くとハッピーエンドな物語だと誰もが思うだろう。だが道中主人公は一度心が折れて、諦めかけている。しかも自分の都合に友人を巻き込んで命の危険をさらしたうえで、だ。
自分勝手に起こした行動は自分が責任を取るべきなのは世の常だ。自分がとった行動が正しいか正しくないかは重要ではない。尻ぬぐいができるかどうかだ。だがこの主人公は一度にせよこの責任を放棄しようとしている。その時点でこいつの人間性は推して知るべきだ。人間はすべての人とかかわりを持つことなどできない。だからせめて、自分の手が届く距離にいる人だけでも助けたいというのが俺のモットーだ。俺がこの主人公に共感できないのはそれに起因するのだろう。
「どうしたの?」
知らず知らずのうちに昔を思い出してしまい、顔が強張っていたようだ。白石の声で我に返り彼女のほうを見ると、不安そうな顔をしていた。俺は小さくかぶりを振る。白石は不思議そうな顔をしていたがそれについては触れずに作業に戻っていった。
関係ない事を考えていないで俺も課題を早く終わらさないといけない。とりあえず手近にあったものを引き寄せると今度は各教科のワークだった。うへーと思いながらもこつこつと解き始める。時折白石に教えてもらいながらどんどん解いていった。よく考えたら俺教えてもらってばっかだな。たまには教師と生徒という立場を逆転してもいいのではないか?それであんなことやこんなことを教え込んだりできるのでは?ちょっといいですね……。
そんな妄想をしながら白石のほうを見るとそんな雰囲気を一切感じさせないぐらいに自分の勉強に集中していた。どうやら期待しても無駄みたいですね……。というかそもそも白石に教えること自体無理だな。勉強以外なら教えられるんだけどなー。
そこまで考えてふと思いついた。ゲーセンすらも行ったことがない白石はおそらく一般的な「遊び」と呼ばれるものをあまり経験したことがないのではないか。思い出してみれば打ち上げにも参加したことがなかったぐらいだから前の学校でも友達自体あまりいなかったのだろう。
「おまえ、行ったことない場所とかあるか?」
「は?」
しらっとした目で言われた。そんな目で見ないでもいいじゃん……。
「いや、ゲーセンとかも行ったことないらしいし、他に行ったことない場所あるかなーって」
「なんでそんなこと貴方に話さなきゃならないのですか?」
「俺が知りたいからだな」
「……」
面と向かって言われるとなんて返せばいいかわからないのだろう。白石は数秒間押し黙った後、観念したようにため息をついた。
「そうですね。自慢じゃないですけど私は友達が少ないので、どこかに遊びに行くという経験がないのです。だからおそらく一般的な高校生が体験するようなことを私はほとんど知りません」
それを聞いて少し悲しくなった。今でさえ俺と彼女との関係が友達と呼べるかはわからないが、それでも俺はこの子の悲しい姿を見たくない。会って数か月しかたっていないやつがなにを、と言われるかもしれない。それでも、もう二度と俺のような孤独の味を感じてほしくない。俺はもう諦めてしまった世界を、彼女には諦めてほしくない。気づいたら俺は白石に話しかけていた。
「この後どっか遊びに行こうぜ」
「まだ一割も夏休みの課題終わってないんですけど……」
「高校二年生の夏は一度きりだぞ。こんなことやってる場合じゃない」
「どの口でそれが言えるのですか……」
白石がさっきと同じため息をついている。俺は白石にもっといろんなことを知ってほしいだけで、決してそれを口実に勉強から逃げたいわけではない。最近心の中で言い訳しか言ってないのは絶対に気のせい。
「気晴らしにカラオケにしようぜ」
「私、最近の歌とか知らないのだけど」
「大丈夫だって。君が代とか歌っとけば問題ない。何なら俺のワンマンショーでもいい」
「やっぱりあなたが楽しみたいだけじゃない……」
白石がぐちぐち言っている間に俺はてきぱきと自分で持ってきた課題をカバンの中にしまう。白石ももう諦めたのか、着々とテーブルの上を片付けていく。うむうむ、物分かりがよくて助かるなあ。単に呆れられてるだけかもしれないが。
☆
場所はかわって某カラオケ店。夏休み初日ということもあって、多くの学生でごった返している。いや、勉強しろよ。夏は受験の天王山だぞ。浮かれている奴らは往々にして「9月から本気出すわー」とか言いながらどんどん時間が過ぎて気づけばセンター試験まで残り一か月とかになってるんだ。その時になってから後悔すればいいんだ……。まずい。今俺が通っている道がまさにそれだ。
とりあえず自分のことは棚に上げて颯爽とレジで受付を済ます。ゲーセンの時と同様、白石は物珍しそうに店内を眺めていたが、個室に入ると大音量で流れるBGMに顔をゆがませていた。
「ゲームセンターの時と同じね」
「こういうもんだ。慣れろ」
「横暴ね……」
とりあえず手近にあったソファに腰掛ける。ついでにわきにあったテーブルに勉強道具がもろもろ入ったカバンをぶん投げる。更には夏休みを地獄にする勉強という記憶をも彼方にぶん投げる。砲丸投げの選手ばりにいろんなものをぶん投げた俺は代わりにデンモクを手元に引き寄せる。適当に履歴や人気曲を見ながら歌えそうな曲を予約していく。
白石はいまだに部屋にあるものをきょろきょろ見渡したり、俺の手にあるデンモクを不思議そうに見つめたりしている。
「それはどうやってつかうの?」
「これで自分の歌いたい曲を検索するんだ」
そういいながら俺は白石にデンモクを手渡す。受け取った白石は数分間格闘した後ようやく使い方が分かったみたいで、今は曲の検索に夢中になっている。
そんなことをやってる間に俺の予約した曲がかかり始めた。テーブルに置いてあるマイクを手に取って俺は意気揚々と立ち上がる。自慢じゃないが歌には少し自信がある。
四分少々の間熱唱して、息の上がった俺はそのままソファに座り込んだ。久しぶりに歌ったからちょっとのどが痛い。そう言えば歌っている間白石はどうしてたんだろうと彼女のほうを見ると、目が合った。ずっと俺のほうを見ていたのだろうか。カラオケってそういうもんじゃないと思うんだけど……。あとこっち見ないでくれよなんか恥ずかしいから。
「ほら、お前も歌えよ」
ごまかすようにそう言うと、彼女もはっとして、いそいそと曲を選択し始めた。
「あなたが意外にもうまかったから驚いてただけよ」
「意外は余計だ」
クスリと彼女は笑った。複雑な気持ちで彼女を見ていると、ちょうどイントロが鳴り始めた。彼女もマイクを手に取って構え始めた。
「……うまくね?」
白石が歌い終わった後、自然に口から漏れていた。プロかと勘違いするレベルの歌声に一瞬コンサート会場に来たのかと思ったほどだ。彼女は歌い切った満足感からか、少し頬が上気していた。
「そう?あまり歌は得意ではないけれど、歌うと楽しいわね」
ちょっと得意げな感じでそういった白石とは対照的に俺は少し恥ずかしくなった。カラオケに来る前にあれだけ粋がってたのにいざ蓋を開けてみれば彼女のほうが何倍もうまいときた。てかそんなにうまいならあらかじめ言っといてくれよ……。ただの痛いやつじゃねえか……。俺が誇れる数少ない特技も奪われた感じがして恨めし気に白石のほうを見るが、彼女はどこ吹く風で次の曲を入れ始めた。俺より楽しんでるじゃねーか。
☆
自尊心を傷つけられた後も数十曲歌い続けた俺たちはちょうどいい時間になった頃合いを見て店を出た。ちなみに彼女がトイレに行ってる間に会計を済ますという超絶かっこいいスマートエスコートをした。惜しむらくは雰囲気のいい高級レストランとかではなくカラオケだったのが残念だ。
「今日は本当に楽しかったわ」
「それはよかった」
急に連れまわした割には彼女は楽しそうな表情だった。その笑顔を見れただけで遊びに行った甲斐があったというものだ。
「楽しかったけれど、明日からはきちんと勉強しますからね」
しっかりくぎを刺されてしまった。俺はそれに力なくうなずくと、彼女は満足したように夕焼けの沈む方向に足を踏み出した。
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