第7話 少女と夏休み
中間テストも終わり、じめじめとした梅雨も過ぎて本格的に夏の季節がスタートした。世間一般に倣って俺たちの学校ももうじき夏休みに突入する。うだるような暑さに耐えながらいつも通り少し遅刻気味に教室に滑り込むと、クラスもいつもよりどこか浮足立っていた。今日を過ぎれば明日からは夏休みだ。これでやっと勉強の日々から解放される!学校という牢獄に閉じ込められた俺たちが唯一学生という枷を外して自由に過ごすことができる時間だ。夏といえば花火に海水浴にお祭り。別に彼女がいるわけではないが夏らしさを満喫するためには外せないイベントだろう!俺は未だ見ぬ明日に心を湧き立たせながら、席に着いた。
「今年は部活と大会で課題手伝ってやれないや。すまないな」
「ええ……」
HRが終わって俺はどんよりとした気持ちで前の席の龍太と話していた。朝来たときは最高な気分で授業を受けていたのに、一転して最悪な気分だ。その原因はもちろん、HR時の教師による爆弾発言だ。俺が通う学校は最近巷で話題になっている「自称」進学校だ。この「自称」というのが厄介なもので県内のトップクラスの進学校に追い付け追い越せの精神で、どの学校よりも厳しい校則、どの学校よりも大量の課題を生徒に課してくる。
その結果俺の夏休み大満喫計画が一瞬にして崩れ去ったのである。去年は龍太が俺の面倒を見てくれたおかげで早々に課題を終わらせ予定通り夏を満喫できたが、今年は龍太が部活で余裕がないらしい。そういやこいつ県大会のレギュラーに選ばれたとか言ってたな。さすがにそんな奴に勉強を手伝ってくれとは言い難い。
「まあ仕方ないか。大会頑張れよ」
「おうよ、今年くらいは自分で頑張れよー」
白石ほどではないにせよ龍太も学年50位に入るくらいには頭がいい。文武両道を地で行く龍太を羨ましく思うこともあるがそれよりこんな友人を持てたことに対する感謝のほうが強い。まあ口には絶対に出さないけど。
「あ、代わりってほどでもないけど」
「なんだ?」
「白石さんに頼んでみたら?」
「な、なんでだよ」
「前に言ってた友人って白石さんだろ?俺の友達がお前と白石さんが一緒にいるのを見かけたって言ってたぜ」
ドキッとした。まさか一緒にいるところ目撃されるとは。できる限り警戒しながら行動したはずなんだけど……。顔に脂汗を滲ませながら答えた。ここはきっちり否定しておかないと。信じてくれるかどうかは別として。
「み、見間違えじゃねーの?俺とあいつが友達なんて万が一にもねえよ」
「確かに」
速攻で信じてくれた。おい、そこは否定しろよ。
「まあいいや。予定が空いたら俺も手伝ってやるからさ。できるところまでは頑張れよ。じゃあな」
「あ、ああ。サンキューな」
こういうところは本当に気づかいができる男だ。俺が追及されたくないことを敏感に感じ取った龍太は早急に話を打ち切って部活に向かった。
「何か用かしら」
龍太が教室を出ていくのを見計らっていたのか白石が声をかけてきた。そう言えばこいつ隣の席だった……。今更ながら白石の話題について触れた龍太を恨めしく思った。
「いや、夏休みの課題について少々議論をだな……」
「友人にずっと頼んでたとか言ってたじゃない」
「ぐっ……」
そこまで聞かれていたのか。俺は歯噛みしながら反論する。
「今年の夏は自分一人で頑張るつもりなんだよ」
「中間テスト前の勉強態度でまともに終わるとは思えないのだけれど」
「そういうお前はどうなんだよ」
「もう終わらせたわ」
「嘘だろ!?」
夏休み初日に終わらせたとかいうやつは聞いたことあるが、夏休み前に課題を終わらせる奴は聞いたことがない。こいつはどこまで勤勉家なんだろうか。
「夏季休暇の課題なんて一週間も前から受け取っていたじゃない。その間に十分終わらせられるでしょう」
「そんなことするのはお前くらいだ……」
まあこいつの勉強態度自体は俺も見習うべきだろう。今年はだるいなーと思いながらどうするべきか途方に暮れていると、さっきの龍太の提案が脳裏をよぎった。
「もう終わってるならその解答写させてくれね?」
「堂々とカンニングしようとするその精神が理解できないわ……」
白石が呆れている。おそらく中間テストから何一つ学ばなかったことを嘆いているのだろう。
「いや、今一度考えてみてくれ。夏休みの課題っていうのは量が膨大なだけで勉学にはなんの意味ももたらさないものばかりだ。現に自由研究や読書感想文なんてものは何の役に立つんだ?これに時間を割く暇があるなら一問でも多く数学の問題を解いていた方が圧倒的に有意義だ」
「時間ができたからと言って数学の問題を解くことなんて絶対ないでしょ」
ばれていた。確かに時間に余裕ができたからと言ってそれを勉学に向けるなんて考えもしないだろう。同様に「部活やってなかったら東大行けたわー」とかのたまうやつも信用してはいけない。部活によって拘束されていた時間がなくなったからと言って別のことに目を向けるわけがない。こういうたらればの話をして自分を大きく見せようとするようなやつとは友達にならないようにね!
なんか思考が彼方へ飛んで行ったのでいったん冷静になろう。
「じゃあもう何でもいいから手伝ってくれよ。このままだと大変な目にあうぞ、俺が」
「自分を人質にするとは斬新な手口ね……」
全然冷静じゃないが、なりふりかまっていられない。人にものを頼むときは恥も外聞もプライドも捨てて全力で頼み倒すのが俺のモットーだ。
「ま、まあ少しだけなら見てあげるわよ。また堕落されても困るし。」
「まじか。貴様は神か、いや、どちらかというと悪魔だわ。思い返してみたら中間の時とか鬼だったわ」
「神でも悪魔でも鬼でもないのだけど。人にものを頼むときの態度を教えてあげましょうか?」
めちゃくちゃいい笑顔なのに目が笑ってない。説教モードになりそうなのを察知した俺は今度こそ真面目な態度で話す。
「すまない、俺の勉強を見てくれないか」
「真面目な態度で言われると気持ち悪いわ」
「どうすりゃいいんだよ!?」
白石がくつくつと笑う。どうやらからかわれていたようだ。ひとしきり笑ったあと、白石はこちらをみて
「いいわよ。ただし、私は教えるだけだから」
といった。中間の時点でもう手に負えないと思われていると思ったが、さすがに安請け合いし過ぎでは?
俺の視線の意味に気づいたのか、彼女は
「あなたには借りがあるから」
と空を見つめながら言った。そんなにするほど俺は彼女を助けただろうか?と思ったが彼女の中で完結している事柄に俺が口を挟む権利はない。
「じゃあいつも通り学校の図書館でいいか?」
「うーん、夏休みまで学校に行きたくはないわ」
「それならとっておきの場所があるぜ」
「?」
彼女は首をかしげていた。彼女は見当がついていないようだが俺は「明日になってからのお楽しみだな」と言って、その日は解散となった。




