第6話 少女と打ち上げ
「……やっと終わった」
「お疲れ様」
中間テストから一週間後。すべての教科が返却された俺たちはまた図書室の隅に陣取っていた。テストの結果がすべてわかった時にもう一度集まろうと約束していたのだ。
英語、数学に続き、他の国語、理科、社会も白石に教わりながら順調にこなすことができた。高校では生物、日本史などの暗記科目系を専攻している俺は初日の英語の勉強を生かして難なく突破することができた。そのままの勢いで中間テストで臨んだ結果、今までの俺では考えられないようなスコアをたたき出した。数学以外は優に平均点越え、数学も危なっかしくではあるが何とか赤点は無事回避。しまいには龍太に「変なもんでも食ったのか!?」と心配される始末だ。ちなみに白石は学年3位の座についていた。
「私も予想外だわ、貴方って意外とやればできるタイプなのね」
「意外とってなんだよ、確かに否定はできないけど」
自分でも意外だと思ってるのが悲しい。
「教師もかなり驚いてたわよ。どんな魔法を使ったんだー、って」
「真っ先にカンニングを疑われてたけどな」
この学校には畜生教師しかいないらしい。まあ俺の評判が最悪なのも一役買っているだろう。
「とにかく、白石のおかげで赤点を取らずに済んだよ。本当にありがとう」
「あら、やけに素直ね。変なものでも食べたのかしら?」
「俺の友達と同じこと言うなよ…」
「冗談は置いといて、実際私はほぼ何もしてないわ。この結果は紛れもなくあなたの実力よ」
「それでも焚きつけてくれたのはお前だ。感謝してる。それでお礼とお祝いを兼ねて打ち上げはどうだ?」
「打ち上げ?」
白石は首をかしげている。俺としては名目上打ち上げとはいえ女子を食事に誘うのは気恥ずかしい。だが彼女の手助けがなければ俺は確実に留年コースだった。感謝してもしきれないほどの恩が彼女にはある。
「もちろんどうしてもいやっていうならまた別のお礼を考えるが」
「嫌とは言ってないじゃない。ちょうどテストも終わったから時間に余裕もあるし…。でも、打ち上げってどんなことをするの?」
「ただ食べたり飲んだりするだけ…だと思う。お前、前の学校でそういうのはなかったのか?」
「私は…」
そう言うと彼女は顔を伏せてしまった。髪に隠れて表情は見えない。事情は分からないがあまり触れてほしくないところに触れてしまったことだけはわかった。気まずい雰囲気になりそうなのを感じた俺はすぐさま話題を修正した。
「と、とにかくどうだ?勉強を教えてくれたお礼ってことで」
「…ではお言葉に甘えていこうかしら」
再び顔を上げた白石の表情はいつも通りだった。さっきの暗い雰囲気は微塵も感じられない。正直この流れだと断られたらどうしようかとも思ったが白石は了承してくれたようだ。よかった。ここで断られてたら俺の寿命がストレスでマッハだった。
「じゃあ今から行こうと思ってるけど、時間は大丈夫か?」
「ええ。問題ないわ」
そう言うと白石はさっさと図書室を出て行ってしまった。だから場所知らないだろ……。苦笑いしながら俺もすぐにその背中を追った。
「ここがファミレス?」
「そう」
学校を出た俺たちはその足で前回ゲーセンに来た時に訪れたショッピングモールにやってきた。ここには多種多様な料理店も完備されていて、学生御用達の店から高級店まで揃っている。俺はというと、しがない学生の身分のためたまに龍太と行っているファミレスに足を運んだ。
だが意外なことに白石はこういったお店に来るのは初めてらしい。そう言えばゲーセンも初めてだと言ってたなあ…。案外世間知らずなのかもしれない。今も店内を見廻してはそわそわしている。
俺たちは店員に連れられて二人掛けのテーブルに案内された。店員はカトラリーの入った入れ物を置いて、一礼した後に自分の持ち場に戻っていった。俺は手元にあったメニューを白石に渡した。
「この中から選ぶのね。メニューがいっぱいで悩むわ」
「好きなのを選んでいいよ、支払いは持つから」
「え、でも…」
「最初からそのつもりだったし、気にしなくていいぜ」
「…わかったわ」
白石はおごられることに抵抗があるのか若干渋っていたが俺が半ば強引に押し切ると納得してメニューに視線を落とす。そのままページをめくると、気に入ったものがあったのかこちらにも見えるようにページを広げた。
「これがいいわ」
「カルボナーラな、わかった」
「あと、このどりんくばーというのは何かしら」
「これはジュースやコーヒーを飲み放題にできるサービスだな。あそこにドリンクサーバーっていうのがあってだな……」
実物を指しながら俺は白石にドリンクバーの仕組みを説明した。説明を受けた彼女はいまいち理解していなかったようだが、まあこういうのは実際に見せるのがいいだろうと思って店員を呼んで手早く注文を済ませた。それから店員に渡されたグラスを持ってドリンクサーバーの前まで行って「コーラ」と書かれているボタンを押してジュースを注ぐ。それをみた白石は見様見真似で自分のグラスを片手におそるおそるウーロン茶を注いでいく。おろおろしている彼女を微笑ましいと思いながら眺めてると不意にこちらを向いて睨みつけてくるので俺はすごすごとテーブルに戻った。
「「乾杯!!」」
料理を待つこと十分、白石の前にはカルボナーラ、俺の前にはハンバーグ定食が並べられていた。俺たちはグラスを手にもって労いの意味もかねて乾杯をした。そのままコーラを一口あおってから料理をいただく。アツアツのハンバーグに特製のデミグラスソースをかけ、ナイフで一口大に切ってから頬張る。口内にあふれ出す肉汁に思わず口角が緩む。白石もご満悦のようだ。一口分のパスタをフォークで巻き取りながら口に運んで、幸せそうな顔をしている。この笑顔を見れただけで奢った甲斐があったというものだ。
食事を終えた俺たちは少しだけ休憩してから店の外に出た。時刻はちょうど6時くらいだろうか、水平線に沈みかけた夕日を眺めながら俺たちは帰り道をゆったりと歩いていた。
「しっかし、お前本当に頭いいのな。まさか学年3位取るとは思わなかったよ」
「勉強は日々の積み重ねよ。貴方だって今回の件で身に染みたでしょ?」
「仰る通りで。でもお前のはそんなレベルで片付けられるレベルじゃない気が…」
「だって私、友達いないから。勉強に割ける時間が多いのよ」
「褒められたことじゃないぞ…」
悲しい一面を見てしまった。まあ俺も人のことは言えないが。
「前の学校でもそうだったのよ。最初こそみんな珍しがって声をかけてくれるけれど、私の愛想の悪さにみんな離れていくの」
「……」
「勘違いしないでよ。私は友達が欲しいなんて一度も思ったことない。これまでもそうだったし、これからもそう。何も変わらないわ」
彼女は彼方にある夕焼けに目を向ける。気高さと儚さを兼ね備えたその姿は俺の目には美しく見えたが、同時に一抹の寂しさも見えた。俺はどこかで彼女が強い人間だと思っていたが、その強さの根源を垣間見た気がする。だが、俺にはその強さが本当に正しいものなのかどうかはわからなかった。強さに絶対的正しさがあるのかもわからない。
「では、ここで」
「おう、じゃあな」
「ええ、また明日」
いつもの交差点で白石と別れる。去り際の彼女の顔はどこか寂しさをにおわせていた。俺は何とも言えない気持ちを抱えて途方に暮れてしまった。
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