第4話 少女と勉強 2
白石と勉強する約束をした翌日、俺はいつも通り少し遅刻しながら教室に入って席に着いた。隣の席からはこれもいつも通り、熱心に教師の話を聞いている白石がいた。昨日口にするだけあって、彼女の授業に対する姿勢からは真面目さが窺える。俺はというとそもそも遅刻してるから一時間目の授業は全く分からないわ二時間目以降も基本的に寝ているわで碌に話も聞いていない。これじゃあ赤点取るのも当然だわな。
そんな訳で赤点を回避するためにも直々に白石が稽古をつけてくれるようだ。まあ俺よりは格段に頭がいいことは普段の様子からもわかるが、できるなら優しく教えてほしい。昨日の様子だと赤点回避だけじゃなく平均点以上をとるように要求されそうな気がする。厳しくないといいなあ……。
授業が終わって放課後になった。白石との約束通り図書室に向かうと、昨日の席と全く同じ位置に彼女は座っていた。本来は勉強を教えてもらう俺が先に来るのが筋だが、龍太と雑談をしていたため仕方ない。決して一秒でも多く勉強時間減らしたかったとかそーいうのではない、断じて。
白石はすでに俺に勉強を教える際に使うであろう教材をテーブルの上に広げている。ちらっと見ただけでも5、6冊はある。早速回れ右したい気分になったがそうも言ってられない。おとなしく席に着こう。
「すまない、遅れた」
「遅い、本当に教わる気があるのかしら」
「それ全部やらせる気なら帰りたい」 ←小説作法で句点は云々
「今夜は寝かさないわ」
「もう少し甘い雰囲気の時に言ってくれ……」
全然うれしくない。早く帰ってベッドにダイブしたい。まあ元はといえば俺が普段からまじめに勉強してないのが悪いが。ここで帰るのはさすがに白石に失礼なので、しっかりと勉強に向き合おう。
「それで、今日は何の教科を勉強するんだ?」
「今日はとりあえず貴方がどれくらいできるか知りたいから、この小テストをやってもらえるかしら」
そう言って白石が取り出したのは国語・数学・理科・社会・英語の5教科の小テストだった。どうやら白石が自作したようだ。
「おい、これ中学の内容じゃないか?俺高校生なんだけど」
「ちゃんと義務教育を受けてきたか確認したいのよ」
「失礼な、いくら赤点取ってるからと言って中学レベルの学力しかないと思われるのは心外だ」
「あら、なら満点取ってみなさいよ」
「望むところだ」
白石は俺を過小評価しすぎだ。いくら勉強ができないからと言って、中学の問題をやらせるのは見る目がなさすぎる。ここはひとつ、俺の地頭の良さを今一度白石に見せつけるべきだな。
そう思いながら俺は小テストを手繰り寄せて早速全問正解目指して頭をフル回転させた。
「嘘だろ……」
「嘘でしょ……」
俺たちは異口同音に言葉を発していた。俺と同じく白石の視線もつい先ほど俺が解いた小テストに注がれていた。驚いた理由はその点数を見れば明白だった。解く前までは満点を取ると意気込んでいたにもかかわらず、解いてびっくり、すべての教科において50点にも満たない点数を記録してしまったようだ。
「…ねえ、これはどういうことかしら」
「何か文句でも?」
「文句しか出てこないわ。何よこの点数。貴方どうやってこの学校に入ってこられたの?」
「……正直俺も予想外だった。なんだよこの点数。俺どうやって入試を突破したんだ?」
過去の自分の頭が不思議でたまらないのと同時に今の自分の頭に幻滅した。俺ってこんなにも頭悪かったっけ……。
「と、とにかく私もこの結果は想定外だわ。ほんのお遊びで作ったのに、これはかなりの重傷ね」
「面目ない」
白石が頭を抱えている。俺の頭の悪さに絶望しているらしい。おかしい、こんなはずじゃないのに……。
「とりあえず今日は一つの教科に絞って勉強しましょ。得意な教科はあるかしら」
「ゲームなら得意だな」
「日本語から先に教えるべきかしら……」
「冗談です。英語なら少しはできる気がする。」
「気がするってのはよくわからないけれど、じゃあ英語からやりましょうか」
そういって白石はテーブルの端から英語の教科書と英単語帳を手繰り寄せてページを開く。俺のクラスの英語を担当している先生が使っている教材だ。
「小テストの結果を見る限り、単純に語彙力が不足してるみたいね。最初にこの英単語帳で単語を復習して頂戴。それが終わったらもう一度この教科書を一からやり直しね。」
「うへー、めんどくさい」
「めんどくさくてもやらなきゃいけないのよ、留年してもいいの?」
「それは嫌だ」
とりあえず指定された課題をやるしかない。まず英単語帳をひらいて過去に見たことのある語句のおさらいや初めて見る単語の意味を勉強していく。こんな風に新しい言語を勉強をするのは割と好きだ。普段使っている日本語を変換して外国人にも伝わるようにできるのは魅力的だ。かといって勉強が楽しいかといわれるとまったく楽しくないけど。
二時間近く勉強しただろうか。時計を見ると6時を指し示していた。ふと窓を見ると空は少し暗く、ところどころ星が輝き始めている。普段勉強しない俺がこんな時間になるまで集中できたのは自分でも驚きだ。目頭を押さえながら白石のほうを見るとちょうど彼女も首をぐるりと回していた。俺が勉強をしている間、彼女もずっと自分の勉強をしていたようだ。
「今日はこのくらいでお開きね」
「そうだな、お前のおかげで初めて勉強とは何なのかについて少し理解できた気がする」
「哲学の勉強をした覚えは一切ないのだけれど。貴方この二時間で何を悟ってるんですか……」
白石が呆れていた。まあただ単語帳を眺めていただけで何を分かった気になっているのかと言われればそれまでだが、俺的には割と新鮮な体験だった。
「今日は助かった。おかげで勉強がはかどったよ」
「とは言ってもほぼ私は何もしていませんけどね」
「それでも助かったよ、けどなんで俺の勉強を見てくれてるんだ?お前にメリットなんてないだろ」
俺がそういうと白石はちょっと複雑そうな顔をした。感情の種類は俺には判別できなかったが。
「まああなたが赤点をとって留年するのを放っておくのは気分が悪いですからね」
「まだ留年してないぞ」
「時間の問題でしょ?」
「……」
否定できないのが悔しいところだ。お、俺だってやればできる子なはずなんだぞ!
心の中で言い訳するほどむなしいことはないので、今はとにかく頑張るしかなさそうだ。
「では明日、今日と同じ時間に数学をやるわよ」
「え、明日もやんの?」
「今日の勉強楽しかったって言ってなかった?」
「いやあ、それとこれとは話が別―」
「何か問題でも?」
「これっぽっちもございません」
解放してくれる気配はなさそうだ。まあこういうのは毎日の積み重ねが大事なんだろう。甘んじて受け入れるしかない。
「とにかく、遅くまで付き合わせてすまなかったな。お前一人で大丈夫か?ついて行ってやろうか?」
「どさくさに紛れて家の場所を突き止めようとか、とんだクズですね」
「そういう意味で言ったんじゃないんだけどなぁ…。でももうかなり暗いし送っていくよ」
「い、いいですから。一人で帰れますから」
「お前は俺が嫌いなんだろうけど、これだけは我慢してくれ。女の子をこんな時間に一人では帰らせられない」
ただでさえ白石は美人だ。不審者が多いこのご時世、杞憂だとも思うが女の子一人で帰ったらどんな目に合うか分からない。ここは絶対に譲れない。
「別に嫌いってわけじゃ。……分かりました。ではお願いします。正直この暗さは少し心細かったので」
「普段あれだけズバズバ言うくせに、そういうところは素直だな」
「普段は素直じゃなくて悪かったですね」
若干不機嫌になってしまった。まあ悪い意味で言っているのではないことは理解しているようで、怒ってはいないが。
「ありがとうございました。ここで大丈夫です」
学校を出てから俺は白石を家の近くまで送った。この時間帯ともなると怪しい人が出てきてもおかしくなかったが、やはり杞憂だった。無事に白石を自宅まで送ることができたのでよかった。
「じゃあ、俺はこれで。また明日」
「はい、また明日」
そう言って俺も家に帰ろうとしたがふと視線を感じてもう一度後ろを振り返ると、そこにはなぜかまだ白石が突っ立っていてこちらを見つめていたが、俺が振り返ったことに気づくと急いで家に入って行ってしまった。あいつ何してんだろ。まあいいやと思いながら今度こそ俺も帰路についた。
書くのがとにかく遅い…




